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2-14 元勇者、食事を振舞う



  †



 夜。

 暗くなった森の中に、焚火を囲み、談笑する集団があった。

 つい数時間前まで絶望的な空気に包まれていた狐人たちである。


「おっ、う、美味ぇぇぇ!?」

「肉が凄い柔らかいぞ、噛めばホロホロと崩れていく」

「こんな美味いシチュー、食ったことが無い!!」

「お替り!」

「俺もだ!」

「わたしにもちょうだい!!」

「ぼくも食べる!」

「まだある! まだあるから、並んで! ちゃんと並んでちょうだい!!」

「そこ、割り込まない。一番最後に並びなおし」


 リオン特製シチューを食べた狐人たちの反応は爆発的なものだった。

 一口目で目を丸くし、二口目で天を仰いで涙し、三口目からはもう止まらない。必死で皿を舐めているものまでいる始末である。


「無理もないか、ついさっきまでまともな料理なんて夢でしかなかったようなもんだからなぁ」


 お替りに並ぶ列を見ながらしみじみと呟くのはフレッドである。そういう彼も、ちゃっかりと二杯目を確保している。

 隣に腰を下ろしているギルが尋ねた。


ほひふへっほ(おいフレッド)はんはんは(なんなんだ)はひふふぁふぁ(アイツラは)ひはふふぁい(規格外にも)ふぉほははるはろ(程があるだろ)

「ギル。せめて口の中の物を飲み込んでから喋れ。何を言ってるのかわからん……ま、俺も同じ気持ちだけどな」

「……ゴックン。本当に、あの嬢ちゃんたち何者だ? あっという間に、全員の怪我を治しちまったぞ。銀色の方は塞ぎ込んでどうにもならなかった奴らを励ましてくれた」

「いやいや、それを言うならリオンの方もやべぇぞ。これ何の肉か聞いたか?」

「いや……めちゃくちゃ美味いよな。いくら噛んでも味がなくならないし、風味が抜群だ。強力な魔獣の肉だと思うが」


 その肉を食べることのできる魔獣は大体において、強いものほど美味い傾向がある。


暴乱巨王牛タイラントオーロックスだそうだ」

「タイラン……まじか? 小型の(ドラゴン)と喧嘩できるっつう、あの巨牛か?」

「リオンはそう言ってた。あとこのシチューに使われてるミルクだけどな」

「待て。やめろ。聞きたくない」

妖精霊乳(フェアリーズ・ミルク)だとよ」


 ギルは天を仰いだ。


「【伝説級】アイテムじゃねぇか……この皿一杯で、王宮とか買えるんじゃねぇか?」


 ギルはかつて、人の街に降りて冒険者をしていたことがある。この集落の狐人では珍しく、世間一般的な物の価値について理解があった。

 他の狐人たちは、何やら凄いミルクと肉で出来た凄く美味いシチューとしか認識していなかったが。


「だったらあの鍋一杯で国が買えるかもな」

「冗談に聞こえないから怖えよ、くそっ」


 そんなことを言い合う狐人二人の傍に、パンが大量に入った籠を抱えたリオンがやって来て、そのパンを二人に差し出す。


「おう、食ってるか。これも食っとけよ」

「……パンを受け取るのがこんなに怖いと思う日が来るとは思わなかったぜ」

「このパン、どんな小麦を使ってるんだ? また【伝説級】じゃないだろうな」

「いや、高級だけど市販品の小麦だよ。デカい街の市場だったらすぐ見つかるようなヤツ」


 ギルとフレッドはほっと胸をなでおろし、パンを受け取った。

 【無限収納】のなかに入れられていたアイテムは時間の経過を受けない。パンは香ばしく、まだ湯気を立てていた。


「柔らかく……すごいしっとりとしてるな。こんなパン、初めて食った」

「はっはっは。そりゃそうだろう、何せ火竜の焔(ドラゴンフレイム)で焼き上げた逸品だからな」


 ピシッと音を立てて、ギルたちの身体が硬直した。


「……どらごん、なんつった?」

火竜の焔(ドラゴンフレイム)。昔な、ちょっとした縁で料理好きの竜と知り合うことがあってだな。そいつに焼いてもらったことがあるんだ。人に化けて街でレストランやってるんだぜ、そいつ」

「やっぱりとんでもないパンだった!」


 ギルが叫んでフレッドは無言でこめかみを抑えた。

 竜が焼いたパンなど、素材がどうあれ好事家なら金貨で取引するだろう。


「まだたくさんあるから気にするな」

「気にするよ! ったく……ほんとうに規格外だな、お前は……」


 呆れたようにギルが呟き、そして居住まいを正した。


「リオン。本当にありがとう。お前たち親子が来てくれなかったら、俺たちは一体どうなっていたことか……」


 ギルの言葉は、予想される未来についての不安だった。


「家も無い、物も道具も何もないこの生活で俺たちはもう、ギリギリだった。まともに料理と言えるものを食べたのは、あの襲撃の日以来だったかもしれん。山の中で身を護る術も少なく、薬も無くて、このままだったら俺たちは……」

「あー、待った待った。まだ、急場を凌いだだけだぜ。これからのことを決めなきゃだ」


 リオンは、近くにいた狐人の子どもたちにパンの入った籠を渡し、皆に配るように頼んだ。そして【無限収納】から自分の分のシチューを取り出し、フレッドとギルの隣に座る。


「飯なんざ、食えばなくなっちまう。俺たちだって何時までもここにいる訳じゃない。早急に、生活の基盤を整える必要がある」

「それはそう……なんだが」


 フレッドとギルが、目を合わせた。


「恥ずかしいのを承知で言えば、俺たちはこの後、どうすればいいのか全くわからんのだ。リオンたちのお陰で、怪我は治った。腹も膨れて弱った体も今なら十分に動き回ることができる。だが、それをどう使えばいいのかが判らない」

「今まで状況が酷すぎた。今日の食い扶持にも困る有様で、その場凌ぎを繰り返していただけだ。僅かな貯えも襲撃で無くしてしまったし、どうしたものか……」


 フレッドとギルは、揃って表情を暗くした。

 今まで目の前のことで手一杯だったから文字通り先送りしていた、狐人たちの将来の展望というものについて、リオンがやって来たことによって急遽考えなければならなくなったからだ。


「長老たちも居なくなって、腕っぷしだけは一丁前の俺たちがこの先皆を引っ張って行けるのか……」

「まぁまぁまぁ、そう暗い顔するなって」


 リオンが、フレッドの肩を叩いた。


「つまり、衣食住をどうにかしなきゃってことだろ。服についてはアテがある。オーバリー……ウーゴの街の若い商人なんだが、アイツなら古着屋にもツテがあるから何とでもなるだろ。ほら、衣はどうにかなった」


 そう言って笑って立てた三本の指、その一つを折った。


「そんな金は……」

「金なら気にするなギル。ツケといてやるよ」

「しかし!」

「つーか、五十人全員の治療費とシチューの代金請求するとしたら、古着代なんて誤差も誤差だろ」


 リオンに言われてギルは詰まった。今、彼が……そして彼らが争うように食べているのは超絶高価なおシチュー様なのである。

 流石に一皿お城の価格とはいかないが、ちょっとした貴族の邸宅であれば家具付きで買えるとんでもない代物だ。


「ギル、ここはもう開き直るしかないようだ。どうせ桁外れの恩があるんだ、今更その桁が一つ二つ増えたところで大して変わらん」

「それもそうか……よし、どうせだったら吹っ掛けよう」

「そういうの、本人に聞こえないようにやってくれますぅ!?」


 一連の遣り取りに、三人は笑い声を上げた。


「わっはっは、まったく、リオンお前は面白い奴だ。それで住まいと食い物はどうする」

「あるところから分けてもらうのが手っ取り早いな。フレッド、お前がやってたことをまんま皆でやればいいさ」

「俺がやってたこと――ミーゴ村に隠れ住めと!?」

「許可があれば隠れる必要は無いさ。なぁそうだろ、モーズ村長」


 ギルとフレッドが、はっとして視線を向けたそこには――


「……ごふっ、げふっ、えふっえふっ……ふぇっ?」


 突然話しかけられて、シチューにむせて涙目のミーゴ村の村長、モーズがいた。







ここまでお読みいただきどうもありがとうございます!

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