2-13 金と銀の少女、癒す
†
突然二人の少女の背中に翼が生えた。
目を丸くしているギルに、ソーラヴルが近づき、手を差し伸べる。
「手、出してもらっていいですか?」
「お、おう?」
半分ほども無い身長の少女に、ギルは手を差し出し――握られる。
「あ……ひどい。全身怪我してるし、肋骨が何本か折れてる」
「手を繋いだだけでわかるのか!?」
「痛くて立って歩くどころじゃないでしょう?」
「いや、痛いは痛いが、そんな泣き言言ってる場合じゃ――」
「治しますね」
「えっ」
ぞわり、と眼前の少女から、強い魔力が立ち上った。
黄金色の輝き。まるで朝焼けのような、美しい魔力だ。
それが、繋いだ手を通してギルの身体に流れ込んでくる。
「おっ、うおおお? これ、おおおお……!?」
ギルはその時、確かに聞いた。
身体中全部、皮膚、筋肉、骨、内臓、関節、全てがミチミチ、ギチギシと音を立てて傷を癒している。身体の奥底にこびり付いていた疲労が、黄金色の魔力によってこそぎ落とされてるかのようだ。
ほんの数秒。
たったそれだけで、ギルの怪我は治っていた。
「こ、これは……」
「へっへー、じゃ、次の人治すね!」
ソーラはにっこりと微笑みを残すと、ギルから離れて他の狐人の元へと駆けていく。
「私もやる」
「よし、俺も始めるか」
そう言ってハティから降りたセレネが歩き出す。
そんな娘二人を見送り、リオンは開けた場所に移動して、指を鳴らした。
それだけで【土魔術】によって地面が操作されカマドができあがり、そしてまっ平らな石の作業台が出来上がる。それを【水魔術】で洗い流して――
「フレッド、薪を集めて来てくれ」
「お、おう。それはいいが、何をするつもりだ?」
「ソーラの治療は滅茶苦茶良く効くんだが、」
そこに、ぐぅぅぅぅ……と音が聞こえてきた。
見れば、ギルが腹を押さえて顔を赤くしている。
「……その分、腹が減るんだよ。だから、料理を作る」
そう言いながらリオンは、【無限収納】の中から必要なものを次々に取り出した。
大人がそのまま入るほど巨大な鍋と頑丈な蓋、見るからによく切れそうな包丁。瓶詰の調味料各種。
続いて食材。
ドン、と取り出したのは暴乱巨王牛の各部位の肉である。他にも赤熱人参、鈴生馬鈴薯、清涙玉葱、硬玉菜、物騒芽花椰菜と、それらが山と積まれたカゴが、どんどんと取り出される。
「さ、手の空いてる奴がいたら、野菜の皮を剥くのを手伝ってくれ!」
リオンが叫んだ。
だが、突然目の前で大量の食材を取り出されて、狐人たちは戸惑ってばかり。
そんな中で、まっ先に動いたのはギルだった。
「おう。皮を剥けば良いんだな?」
そう言って、鈴生馬鈴薯を一つ手に取った。
「こいつを使ってくれ。皮がむけたら、一口サイズに切って鍋に放り込んでくれりゃいい」
リオンが取り出したナイフを受け取ると、手際良く馬鈴薯の皮を剥いていく。戦士然とした姿のギルがチマチマと芋の皮を剥く姿は、その巨体に不似合いでとても滑稽だが、見ている狐人たちの心の何かを刺激した。
「お、俺も手伝う。ナイフはあるか」
「わたしも!」
「アンタじゃ皮を剥いてるのか身を削いでるのか判んないじゃないか。アタイに任せな」
「僕も手伝う!」
直ぐに、十人近い狐人たちが手伝いに名乗りを上げた。
ワイワイと賑やかに料理を始める狐人たちを見てリオンは頷く。
「よし、じゃあ俺は肉に取り掛かるか」
そう言って、腕まくりをして包丁を手にするのだった。
†
肉の焼ける芳香が、少し離れたここまで漂ってくる。
そちらをちらりと見ただけで狐人の彼は目を反らした。
「おい、俺たちも手伝おうぜ」
「ああ……いや、俺は……」
友人の誘いを断って、彼は浮かせかけた腰を下ろした。
友人は「そっか」とだけ言って、彼の肩を叩くと賑やかにしている方へと行ってしまった。その背を見送って、言い知れようのない感情が湧き上がる。
「畜生……くそ、どうして……」
呻くように呟く言葉は、誰にも聞かれず風に溶けて――行かなかった。
「まだどこか痛むの?」
彼は、はっとして顔を上げた。
そこには銀色の髪の、翼の少女がいたからだ。
「あ。いや、痛みはもう無い。ははっ、凄いな、あの金髪の娘。さっきまで俺、まともに立つことも出来なかったんだぜ」
先ほどまで添え木をしていた右足を叩く。
集落襲撃で、建物の倒壊に巻き込まれた。足の骨が折れているのに無理してここまで逃げて、ひどく悪化させた結果だった。
「お陰でもう、何とも無い。君たちにはもう、頭が上がらない――」
「何とも無いなんて、ウソ」
銀色の少女は、彼の言葉をさえぎってきっぱりと言い切った。
「いや、本当にもうなんとも――」
す、と付きつけられた指先。
その指し示す先が彼の顔から、胸元に。
「ソーラの治療を受けて物凄くお腹が減ってるハズ。なのにそれを感じないくらい、心が怪我してる」
真っ直ぐに向けられた銀の瞳に、見透かされた。
「そっ――おま、お前に、何がわかる!!!?」
そして彼は、激昂した。
「助けてくれる!? どうにかしてくれる!? ああ、有り難うよ! 涙が出る程嬉しいよ!! だったらどうして、もっと早く来てくれなかった!! くそっ、くそっ! お前ら、フレッドぶちのめすくらい強いんだろ!? あの時お前らが居てくれたら、あの敵だってどうにかしてくれたんだろうが!! なにがどうにかしてくれる、だ!? 今更やって来て、何もかも手遅れじゃないか!!」
分かってる。自分でもわかってる、これはただの八つ当たりだ。
言っていることも支離滅裂。目の前の少女たちに感謝こそすれ、罵声を浴びせるなんて恩知らずも良いところだ。
彼だって子どもじゃない。それくらいのことは分かってる。
だけれども理屈じゃない。張り詰めた物が消えて、溜まっていたモノが吹き出したのだ。
「くそっ! 黙ってないで、何か言えよ畜生!!」
「そんなに自分を責めなくていい」
それまでただ言われるままだった銀色の少女が動いた。
ゆっくりとした動きだったのに、彼は、伸ばされた手を避けることもできなかった。
そして、彼女の胸に頭を抱きしめられる。
「――ッ」
「自分を責めなくていい、クリフ。カーラが悲しんでる」
彼、クリフは驚いて顔を上げた。
「どうして、その名前を」
しかし銀色の少女は答えず、代わりに自らの翼から羽根を一枚、引き抜いた。
ほのかに銀色の光を帯びたその羽根をクリフの目元に当てると――
「……カーラ」
柔らかい白銀の輝きの向こう、透けたその先に、クリフは、自分の傍らに寄り添う、狐人の女性を見つけた。
「カーラ、あの時、俺を庇って……その体……ずっと見守ってくれていたのか、俺を……」
カーラは何も応えない。いや、何かを話しているのだが音が伝わらないのだ。
だがそんなことは、クリフにとって重要ではなかった。
「カーラ、カーラ……俺は、カーラ……! うわぁあああああ」
クリフはカーラに向かって手を差し伸べた。
触れ合うことのできない恋人たちは、それでも確かに互いを抱きしめあう。
クリフの慟哭が響き渡るのを聞きながら、銀色の少女はその場をそっと後にした。
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