2-12 元勇者と双子、助ける
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ミーゴ村での騒動から一時間後、ウイバリーを除くリオンたち親子は森の中を進んでいた。先導するのはモーズ村長に化けていた狐人、フレッドである。
「ねぇパパ。もっと急ごう!」
「ソーラ、フレッドを追い越してどこに行くの」
「そうだった。フレッドさん、もっと速く! 遅いよぉ」
「……俺が遅いのかよ……」
力なく呟くフレッド。
獣人系の種族は基本、純人種より身体能力が高い場合が多い。
狐人種自体、特に筋力に特化した種族という訳ではないが、それでも一般的な純人種に劣ることはまず無いだろう。
そんな彼が本気で走っていて、しかも足場が良くない森の中、リオンはともかく少女のソーラが変えずに追いてくるのは驚きだった。
その上、顔色変えずに会話する余裕すらある。
狼のハティや空を飛べるホルスは言わずもがなである。
なお、セレネは当たり前にハティの上である。
「なんか、俺の娘がスマンな」
「いや、気にしてない……こともないか、ははっ」
「お、おう。それで、あとどれくらいだ?」
前を走るフレッドに問いかけると、彼は呆れた様に答える。
「この速度だったらあと半時間もかからねぇよ。全く、どういう脚をしてんだ。信じられん――本当に純人種か?」
「気にするな。それより、狐人の集落を襲ったって奴について、詳しく話を聞きたい。本当に冒険者だったのか?」
「そうだと思う……が、今となっては確証があるわけじゃ――よっ、ほっ」
目の前を遮る大きな岩を、フレッドは傍に立つ木の幹を蹴って飛び上がり、岩に手を付き乗り越えた。そしてただの跳躍一発で岩を飛び越えるリオンたち一行を見て、深く考えないことにする。
「ミーゴ村でも話したことだが、俺たち狐人は山奥に隠れ住んでいたが、人里に出なかった訳じゃないんだよ――」
生きていくには、様々な物が必要になる。
食料や水は言うに及ばず、衣類や道具類。集落で自作するものもあれば、どうしても手に入らない物もあった。
特に金物。鍋や釜の修理だけでなく、刃物や武器の類はどうしても専門の鍛冶師の手が必要になる。
狐人の集落はミーゴ村からも離れた山奥だが、ウーガの街の傍へと続く隠された抜け道があった。彼ら狐人は純人に化け、山で獲れた幸をウーガで売り、必要なものを買って集落へと戻る――そんな隠れ住む生活をもう、何代も昔から続けていたのだという。
ミーゴ村に狐人集落の話が残っていたのは、かつてはウーガではなくミーゴ村と取引をしていたからなのだろう。
「だが、最近になって集落の位置が純人にバレてしまった。多分ウーゴの街に買い出しに行った奴らが追けられたんだろう。冒険者風の集団が集落の周辺で目撃されるようになり、俺たちは危機感を抱いていた。そんなある日の夜、集落は襲われたんだ――」
「敵の数は?」
「正確なところはわからない。混乱していたし、俺は逃げまどう仲間達を非難させるのに必死だったから。だが、十人かそこらではないと思う。もっと数がいたし、その中には魔獣を使役する奴もいた――」
と、そこでフレッドは言葉を切った。
リオンが今使った言葉に、ふとした違和感を覚えたからだ。
「そいつらは、純人だけだったか?」
「いや。数は多くないが獣人もいた。森羅族や矮躯族も。どこの氏族かまではわからん。純人と半々くらいだったか」
フレッドたち狐人の集落は百名ほどが生活をしていた。
だが、そのうちの半数が襲撃の後、今なお行方不明となっている。
「ねぇ、その、敵の正体はわからないの?」
ソーラがフレッドに尋ねた。
「その後の混乱で、とてもそこまでは……。襲撃で死んだ者もいるが、行方不明なった同胞の多くは連れ去られたんじゃないかと思う。今俺たちは、追っ手に掴まらないよう身を隠しながら森の中で生活している。家も、畑も無い状態でだ。ミーゴの人たちには随分迷惑をかけたと思っているが、背に腹は代えられん」
結局、フレッド達狐人が村人たちと入れ替わったのも、川エビ漁の仕掛けを壊して回ったのも、逃げ延びた狐人たちの為だった。川エビ漁を滞らせ、その実夜の内にこっそりと漁をして、食料を調達するためだったのだ。
「できることなら、襲撃者たちを追いかけたい。仲間が攫われたんだから。だが、生き延びた中で奴らを追跡し、戦うことのできる者は少ない。無事な仲間を魔獣から守る必要もある」
どこか淡々と紡ぐフレッドの言葉の中に、確かな強い、怒りが渦巻いていた。
激発せずに押し隠しているのは、感情のままに動けば逃げ延びた仲間たちが危険に晒されるからだ。
「……気になるな。それだけの人数の冒険者なり武装集団が動くなら、まずウーゴに集まるだろう。だが、そんな様子や噂、ウーゴでは無かったはずだ」
リオンは内心で首を捻った。
それに狐人が攫われ、奴隷にでもされたというならばまずウーゴの街のスラム辺りでそれこそ噂になるはずだ。勿論リオンが見落としているという可能性は否定できないが、そうだとすれば、ますます襲撃者の正体が判らない。
山奥にひっそりと存在する集落を襲撃する行動力、戦闘力、スラムですら噂が流れない程の情報統制力。
「ロクなものじゃない、気がするな」
「なんか言ったか? まぁいい。……この崖を超えたら、俺たちの仲間が避難している場所になる。あっちに迂回できる場所があるから――って、おい」
「おおおーーーハッッ!!」
目の前には切り立った崖。壁の如く岩肌が突き立っている。
だが全く気にせず突撃したソーラが、跳躍一発岩肌に飛びついた。僅かな凹凸を掴んでグイグイと登っていく。
それを見てセレネが、
「ハティ、負けるな」
と無茶振りし、四足歩行動物は困ったように「クゥーン」と鳴いた。
「……わたしが乗ってるから無理? 降りろ? ……フレッド、迂回路はどっち?」
「パパ、先に行ってるからねーッ」
「まったく、アイツは。さぁ、はやく俺たちも行こうか」
アッと言う間に崖を半ばまで登ってしまったソーラ。
僅かたりとも驚いていないリオンとセレネの態度も含め、フレッドはため息を禁じ得なかった。
「……一撃でノされて当然か。さ、行こう。あっちだ――」
†
辿り着いた狐人たち避難場所は、木々が鬱蒼と生い茂る最中にあった。
突然の襲撃で持ち出せた家財など無いに等しい。落ち葉や雑草を刈り取って幾つかの寝床が用意されていて、その上には怪我をした狐人が寝かされていた。
「酷い……」
ソーラが呟く。
そんな彼女の声を聞き拾った狐人の一人が、ソーラの方を見た。何か言おうとして――止めた。だらりと尻尾が垂れている。その顔には服を裂いて作った包帯が巻かれて、膿が滲んでいた。
輝きの無い瞳の子どもたちが、その親たちが、ぼんやりと一行を眺めている。
「フレッド! なんだ、そいつらは!? お前はミーゴ村に潜んでる同胞の指揮官だろうが、ここで一体何をやっている!?」
大剣を背負うひと際体格の優れた狐人がやって来た。全身を包帯で包んでいる彼は、フレッドに向かって怒鳴った。
フレッドは気にする様子も無く肩を竦める。
「こいつらに一目で化けてるのがバレた」
「バレた!? お前がか?」
「こいつら、どうも純人の中でもとんでもない規格外みたいだ。で、何とかしてくれるというから連れて来たんだ、ギル」
「連れて来たって、お前……今、俺たちがどういう状況かわかってるのか?」
ギルと呼ばれた狐人の戦士は呆れた顔だ。
謎の敵から逃げ、隠れているところによくわからない親子連れである。
ギルは、リオンの方を見た。
「ギルだ。敵じゃないようだが、何をしに来た? 茶も出してやれんぞ」
「リオンという。水にも困ってるような有様だからな、期待してないよ。それより、ミーゴ村から連れて来た人たちはどうなってる?」
「あっちにいる。騒がれても面倒だからな、術を掛けてまとめて眠らせてる」
リオンが頷くと、ハティに跨ったセレネが向かった。興味本位で寄って来た狐人たちが道を開ける。
「パパ」
「ソーラ、まだ駄目だ。俺たちは今、ミーゴ村の側だからな」
「ん……わかってるけどぉ」
ソーラが辺りを見回して、うずうずとしているのをリオンは窘めた。
ポン、とソーラの頭に手を乗せると、少しだけソーラの表情が和らぐ。
そしてほどなくして、セレネが戻ってきた。
「父さん、五人全員無事だった。外傷無し。騒がれると困るから寝かせたままにしておいた」
「そうか」
「あえて言えば、若干栄養失調状態。満足な食事が与えられてないみたい」
「余裕があれば十分にメシを食わせてやるんだがな」
ギルが鼻を鳴らして言う。
「んな余裕、どこにも無い。畑も、保存していた食いモンもな」
「今までこの人数、どうやって食わせてたんだ」
リオンが問うと、フレッドが手を挙げた。
「だから、俺たちがミーゴ村に潜入してたんだ。湖で獲れる魚とエビ、お陰で随分と助かったぜ」
「あとは狩りだな。だが狩人自体が少なくなっちまった。警戒も必要だ。だから……」
狐人二人の言葉に、リオンは頷いた。
「ミーゴ村の人たちが無事というなら是非も無い。良し、フレッド。俺はさっき村で、どうにかすると言ったな」
「ああ、言ったが……」
その瞬間、リオンが不敵に笑う。
「さぁソーラ、セレネ。どうにかするぞ――全力、一切手加減無しだ」
「「はい!!」」
ソーラヴルと、セレネルーアが力強く答える。
そして彼女たちは――今まで隠していた、純白の翼を広げた。
ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます!
ソーラヴル「そんな……どうしてあなたがここに!?」
セレネルーア「あなたと戦いたくない」
ウイバリー「何をそんな甘っちょろい事を……理想を抱いて死ぬがよい!」
次回ウソ予告「2-13 降臨、漆黒のウイバリー!」
ウイバリー「ちょ、私の設定が根本的におかしくないですか!?」
セレネルーア「だいたいあってる」
ウイバリー「!?」




