2-9 村の漁士、懇願する
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「余所者だったら信用できる。な、なぁ、アンタら見たところ冒険者みたいだが……頼む、この村を助けてくれ!!」
無精髭の漁士はリオンたちのことを見ると、半ば躓くように慌てて寄ってきて、リオンの足に縋り付いた。
「は、え? いやいや、ちょっと待って、待ってくれ」
「嫌だ、待たねぇ! 早くしねぇとこの村はもうお終いになっちまう! 頼む、余所者のアンタラだけが頼みなんだ! 助けてくれ!」
漁士の声が聞こえたのだろう。民家から様子を窺っていた村人が何人か現れて、胡乱気な目でリオンたちを見た。
「なんだ、ボスゴ。お前まだ諦めてねぇのか」
「馬鹿野郎! 生まれ故郷を、あんな狐野郎どもに好き勝手されてたまるかよ!」
「そーかい。精々気張るこったなァ。そいつらがニセモノじゃなきゃいいけどな」
ボスゴと呼ばれた男と、村人たちの会話を聞きながらリオンと一行は互いを見た。
「ニセモノ? あたし、本物のソーラだよね?」
「――こんなこともあろうかと」
「い、いつの間にか、すり替えられていた、だと……!?」
「本当のソーラを返して」
「悪いのあたしなの!?」
きゃいきゃいと騒ぐソーラとセレネは相変わらずである。
「ふーむ。どうやら川エビがただ獲れなくなっただけ、ってことは無さそうだな。荒れた村の様子といい、何か厄介な理由があるな、これは」
「厄介ごとですか……これは、商談のチャンスでは?」
眦鋭く呟くウイバリーに、底知れない商才を垣間見たリオンだった。
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「わしゃ、モーズと申す。ミーゴの村長をしとるが……ま、恥ずかしながらご覧の有様じゃ。エビの商いなら、申しゃ訳ないがそんな段じゃないがァの」
「そんな村長! あんたまで諦めたらこの村はどうなる!」
「元々この村は、木を切って生計を立てとった。それに戻るだけじゃろ」
「俺が生まれる前の話だ! 村長! あんただって川エビ漁で村が潤うことを喜んでただろうが!」
村の漁士ボスゴに案内されて一行が向かったのは、村長の邸宅だった。村の他の民家と比べると大きく、どうやら村人たちの集会所を兼ねているようだった。
その広間に通されたリオンたちに、白髪の老人は開口一番、そんな言葉を発したのだった。当然、ボスゴとしては納得の行くことではない。
「あー、その。ボスゴさん。この村の行く末はともかく、余所者の俺たちにも状況をちゃんと説明してもらっていいか? さっきから何が何だか……」
リオンが声を掛けるが、激昂しているボスゴは村長に詰め寄るのに夢中で聞いていない。その村長はどこ吹く風で聞き流しているのだから、その態度にまた怒るの繰り返しだ。
「仕方ない。セレネ、頼む」
「ほーい。頼まれた」
リオンに呼ばれたセレネは、椅子を降りてトコトコとボスゴと村長の前へとやって来る。
そして、
「ボスゴさん、落ち着いて」
ボスゴの目を見て、短く、しかし強く、そう言った。
同時にセレネの銀の瞳が青く冷たく光る。
「え? あ、ああ……すまない。興奮し過ぎてたな」
だが、ただそれだけでボスゴは興奮が醒めた様だった。ウイバリーと村長が思わず息を飲む。
「えー。ボスゴさんに村長。改めてこの村の状況を教えてくれないか? じゃないと助けるも何もあったもんじゃない」
「そうだな、説明も無しに連れて来たってのに、済まねぇ。何してんだ俺は……」
頭を振って、ボスゴは椅子に座りなおすとようやくミーゴ村の状況について語り出した。
「話は一ヵ月ほど遡るんだが――この村に、狐人が現れたんだ」
「狐の獣人さん? あたし、見たことないなぁ。ウイバリーは?」
「私も見たことがありません。王都には何人かいると聞いたことがありますが」
ソーラとウイバリーがそんな会話を交わす。
そこに、リオンが説明を加えた。
「無理もない。元々狐人種は、獣人の中でも数が少ないと言われているし、性格的にも他の種族と積極的に交流を持とうとする方じゃない。もっと大きな都市だったらわからんが、ウーゴの街にいるとも、この辺りに集落があるというのも聞かないな」
「そりゃそうだろう」とボスゴが続ける。
「山奥のほうに狐人の集落がある、という言い伝えは昔から村にあった。だが、樵衆が山に分け入るずっとずっと奥だ。魔獣が怖くて近寄りゃしねぇし、あっちも村に近寄らねぇ。俺はミーゴ村に生まれ育ったが、これまで狐人なんて見たことなかったんで、てっきりお伽話や、子どもたちを山奥に行かせないための脅しだと思っていたくらいだ」
そんな希少種族である狐人が、何故かひょっこりとミーゴ村に姿を現した。
「そりゃもう村中が驚いた。子どもはともかく、大人も老人たちも本当に居るとは思っていなかったからな。その晩は村中総出で珍しい客人を持て成そうと大宴会だった。村長も秘蔵の酒を持ち出して、なァ?」
「……ふん。そうだったか忘れたわ」
村長が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「狐人の奴も満更ではなさそうだった。聞けば奴らの集落では水回りは井戸に頼り切りだとかで? 魚なんて初めて食べた、特にこの川エビは絶品だ、なんて喜ぶもんだから、持て成す俺たちだって嬉しくなるもんだ。これ食え、それも食え、ってたらふく飲み食いさせたわけだ。んで、翌日奴は頭を下げ下げ集落に帰って行ったんだが――」
そこでボスゴはため息をついて、茶で喉を湿らせた。
その額には深い皺が刻まれている。
「それから数日後、俺は漁士仲間のネイトに、突然ぶん殴られたんだ」
そのネイトが言うには、ボスゴがネイトの仕掛けた川エビ漁の罠を盗んだ挙句、壊して捨てたのだと言う。当然、ボスゴにはそんなことした覚えが無いので、酷い喧嘩――殴り合いになった。
「周りの連中が取り押さえてくれなきゃ、もしかしたら行くとこまで行ってたかもな。とにかくその時は互いに納得はしてねぇが、拳を納めたんだよ。だが、その数日後、また似たようなことが起きた」
「罠が壊されていて、その犯人としてまたボスゴさんが疑われた?」
リオンの問い掛けにボスゴが頷く。
「そうだ。だけどその日、俺のことを疑っているネイトがずっと見張ってて仕事にならねぇから、俺は湖に入ってねぇんだよ」
そのことを、ネイト自身が証言してくれたのだという。
「あいつは頭悪ぃが、そういう真っ直ぐなトコあんだ。けどよ、じゃあうろついてた『俺』は誰だって話になるよな? やっぱり俺が犯人でネイトもグルだって言う奴らと、何かおかしいって思う奴らとで漁士衆真っ二つに別れちまった。んで言い合いしている真っ最中にだよ、樵衆がやって来てな、言うんだ。『おい、ネイトが仕掛けを壊してまわってるぞ』ってよ。ネイト、そこにいるのによ」
漁士たちは慌てて湖へと出た。
そこではネイトや他数人の漁士たちが仕掛けを壊して周っているところだった。
「俺たちは偽物たちを追いかけまわして……殆ど逃げられたんだが、何とか一人を追い詰めることができた。だが、突然ボンッと音がして奴は煙に包まれた。次の瞬間、そこにいたのは俺と全く同じ顔の奴だった。一番近くにいた俺に化けやがったんだ」
その後、偽ボスゴに化けた何者かは、ボスゴ本人と揉み合いになり、他の漁士が本物を取り押さえたのを頃合いと見て逃げ出した。
「その時逃げるアイツの変化が解けて、狐人の姿に戻ったのを俺たちは確かに見たんだ!」
ボスゴの言葉に、リオンが納得したように頷く。
「なるほど。確かに狐人は変化の魔術を始め、他の種族には無い特殊な魔術に長けていると聞くが、それを悪用しているのか」
「そうだ。奴らはそれ以来、度々村人に化けて悪さをするようになった。漁士の誰かに化けて罠を壊したり獲れたエビを盗んだり。酷い時には、化けた本人と入れ替わって数日家族と暮らしてたなんて話もある」
以来、漁士たちの間では互いへの不信感が募っていった。当然だ、目の前にいる相手が、本物か狐人か判らないのだから。
「川エビの出荷が滞っているのはその為なんですね」
ウイバリーの言葉にボスゴは頷く。
仕掛けは壊され、獲れたエビは盗まれ、犯人と思った相手は偽物で、本物と入れ替わっている事すらある。
これでは気軽に誰かに話しかけることもできない。
「狐人の目的は湖で獲れる幸ばかりみたいだから、樵衆に影響がないのは幸いだがな。だが、それじゃ俺たち漁士たちはみんな廃業だ。頼む、あんたら冒険者だっていうなら、この状況をなんとかしてくれ!!」
ボスゴの悲痛な叫びに、リオンが応えようとした時――
「それはならん! 冒険者など当てにはできぬ!!」
それまで黙って話を聞いていたモーズ村長が突然そう叫んだのだった。
ミーゴ村にやって来た一行は、村の窮地を知る。
援けて欲しいと懇願する村人に向かって、双子が出した結論とは!?
ソーラヴル「狐人と村人の区別がつかないなんて!」
セレネルーア「ひとまず全員ぶっ飛ばせばよくない?」
ソーラヴル「それだ」
ボスゴ「まって」
双子の悪魔が村を蹂躙する次回ウソ予告
「2-10 ミーゴ村、壊滅!!」
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「2-10




