2-6 元勇者と娘たち、奢ってもらう
†
「父さん、お腹空いた……」
「セレネが寝坊するからでしょ? ジゴージトクだよ」
「ぶー」
白狼ハティの上にべたっと寝そべったセレネルーアの文句を、横を歩くソーラヴルが窘めた。そうだそうだとばかりにソーラの肩に止まる黒隼ホルスがピィと鳴き、ハティがそれを睨んで唸る。
いつもの光景に、リオンは苦笑した。
セレネの起床後、身だしなみを整えた一行は予定通りに街へと繰り出した。
太陽はとっくに空高く、時刻としては昼を少し過ぎた頃。セレネが朝食を抜くのはいつものことだが流石に空腹がきついらしい。
「そうだな。買い出しは後回しにして、先に昼飯食っとくか」
「あっ、それじゃあ、あそこに行きたい! こないだウイバリーに教えてもらったところ!」
「あたしもそこに行きたい」
双子の意見に反対する理由も無いので、雑踏を掻き分けて一行はウイバリーお勧めの店へと向かう。そこは大通りから一本裏へと入った、オープンテラスのレストランだった。庶民向けということで、値段もお手ごろだ。人気もあるのか、多くの人で賑わっている店だった。
「なかなかいい店みたいだな」
盛況な店内を見て、リオンは感心する。
オーバリー・ウイバリー兄妹は街のあちこちに出入りしていた経験上、顔が広く噂に強い。彼らに勧めてもらって外れたことは一度も無かった。
テラス席で食事を注文した直後、テーブルの下に控えていたハティが、
「ワフッ」
と一鳴きした。
「あっ、ハティ……とリオンさん! ソーラとセレネも!」
「あーっ、ウイバリー!」
通りを並んで歩くのは、丁度噂の的だったオーバリーとウイバリーだった。
「よう旦那。景気はどうだい?」
兄のオーバリーが手を挙げて挨拶する。
初めて会った頃から数年が過ぎ、背も伸びた彼は大分大人びたように見える。だが、その人好きする笑顔は今も変わることは無い。
一方のウイバリーも二年でやはり、成長した。穏やかな笑みを浮かべて、しかし瞳にはしっかりとした芯がある。巷で評判の美人に育ちつつあるともっぱらの噂だ。
「ぼちぼちかな」
「何がだよ。聞いてるぜ? 昨日、冒険者ギルドで大暴れしたんだって?」
「もう耳に入ってるとはさすがだな」
「へへっ。それが商売のタネだって。丁度いい、ご一緒しても良いかい?」
ウイバリーと双子たちがハイタッチして挨拶するのを見ながら、オーバリーがそんなことを聞いてきた。
「こっちも旦那たちのこと探してたんだ。仕事を頼みたくってさ。前払い代わりに奢るよ」
†
「全く、お前らちょっとは遠慮しろ」
「えー、だってぇ」
「オーバリーが奢りって言った。食べるだけ食べないと損」
テーブルの上には、五人分の食事の跡……に加えて、ソーラとセレネがお替りしまくって積み上げられた皿の塔。この二人だけで優に四、五人分は食べている。
その小さな体に一体どこに入っているのか。満足そうにお腹をさすっている金色と銀色を呆れた様に窘めるリオンだったが、オーバリーは全く気にしている様子ではなかった。
それどころか、
「ん―? 何ならデザートも奢っちゃうぜ俺」
「いよっ太っ腹ッ! アンタが王様!」
ソーラの言葉にわっはっは、と笑うオーバリーである。
「おいおい、オーバリー。いくら何でも……」
「良いんです、リオンさん。私たちがリオンさんにしてもらった恩は、これくらいじゃ返せませんから……」
「だがなぁウイバリー」
ウイバリーの言葉に反論しようとすると、ウイバリーは首を振った。
「あの時のお金で、孤児だった私たちは小さいながらお店を持つことができました。それどころか、その後の店への嫌がらせだってリオンさんやソーラとセレネに助けてもらっていますもの」
そう。オーバリー姉弟は、リオンが渡したあの『お釣り』で店を興したのだ。食品を扱う、小さいながらも繁盛している店である。
その時の縁もあって、リオンたち親子にとって、このウーゴの街で最も付き合いの深い兄弟なのである。
「気にすることは無い。友達なら当たり前だから」
「そうね、ありがとうセレネ」
ウイバリーが隣に座るセレネの頭を撫でた。
(でも父さんのことは別。認めない)
(そうね。でも諦めないから、わたし。お義母さんと呼んでいいのよ?)
(絶対に阻止する)
いつも通りどこか眠そうな顔のセレネと、柔らかく微笑むウイバリーの間で火花が散ったような気がしてリオンは首を傾げた。
さておき、仕事の依頼である。
「それじゃ本題に入ろうか」
食後のコーヒーにミルクをたっぷり入れて一口。
それからオーバリーは、真面目な顔でそう切り出した。
「リオンの旦那は、【収納】のスキルがあるんだよな。しかも氷魔術が使える」
「ああ。その通りだ」
これまでも何度かリオンたちはこの兄弟の依頼を受けている。
だからオーバリーはリオンたちの能力を、ある程度ながら把握していた――リオンが、巷では死んだとされている勇者本人だとはもちろん知らないが、そこらの冒険者では歯が立たないほど強く、しかも多彩な能力を持っているということを。
弱っちそう、などと評したことは遥か昔だ。
「それで、仕入れて来て欲しいものがあるんだ」
「【収納】で仕入れて来て欲しいもの? おっきいの?」
「いや、大きくはないぜソーラ」
「じゃあ、たくさん」
「沢山あってほしいが、氷魔術依頼するのは別の理由だぜセレネ」
頭の上に「?」を浮かべるソーラとセレネ。
【収納】のスキル持ちに依頼するとすれば、大体がそれら二つが理由となるからだ。もう一つ、扱う物が非合法の場合があるが、オーバリーたちがそんなものを扱う筈も無い。
「大きくはなく、たくさんあって欲しいが理由が別? それは一体――」
「それは、エビです」
ウイバリーの言葉に、テラス席のパラソルの骨に止まっていたホルスが首を傾げ、セレネの足元で寝そべっていたハティが興味なさそうに欠伸をした。
「「「……エビ?」」」
†
リオンたちが昼飯をおごってもらっている頃。
ウーゴの街から遠く離れた、王都の一角で一人の男が欠伸を噛み殺していた。
「世は並べて事も無し、か。平和な事だね……」
豪奢な家具を揃えた室内。その小柄な男は、椅子を傾け執務机に足を乗せ、手持ち無沙汰に本を読んでいた。
そこに扉をノックして入って来た部下の報告書を読むと、見る見るうちに退屈そうにしていた瞳に力が宿った。
「……たった二人で突然変異の鬼猿を狩る冒険者少女たち。B級冒険者をも模擬戦で圧倒。特記事項として父親の名前が――『リオン』」
しばらくの間考えた男は、控えていた部下に指示を下す。
「このリオン、及び娘の冒険者たちについて調べてくれないか」
「このリオンなる者が本物と? とすれば偽名も使わないとは思えませんが……」
「あの人は、そういう小賢しいことは考えないよ。珍しい名前でもないし、目立たなければそれで良いと思っていたんだろう」
「ですがこうして私たちに見つかりました」
「見つかってもどうにかできる自信があるってことさ、本物ならね。さ、早くしろ」
「ハッ。畏まりました」
部下は一礼して部屋から出ていく。
報告書に再び目を落として、彼は口の端に笑みを浮かべた。
「今度こそ本物だったら良いんだがなぁ――リオンさん」
彼は、マシュー。
勇者リオンと行動を共にし、壊神討伐を達成したパーティメンバーの一人。
かつてリオンを裏切った、四人のうちの一人である。
ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。
ようやく第二章のメインエピソードが始まりました。
まずは旧知の兄妹に仕事の依頼をされた元勇者とその娘。
彼らの噂を聞きつけた元勇者の元仲間。
さて、物語はどう転がって行くのやら……
いやほんと、ドコに転がってくんだお前らって作者が言いたくなるくらい予定外が起こりまくって
泣きそうだったんだからなマジで!
次回ウソ予告「2-7 ダンス・オン・ジ・エッジ」
セレネルーア「落ちたら終わりのこの舞台……さぁ、踊りましょうか! 死の舞踏を!!」
ソーラヴル「キャラ違うくない!?」




