2-5 元勇者、起床する
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「――んあ、……朝か」
大きく伸びをして、リオンは目を覚ました。
場所はかつての山奥の小屋ではない。ウーガの街で購入した、郊外の一軒家である。
カーテンから差し込む光に目を細め、身を起こそうとして気が付いた。
ベッドの中に、何かいる。
「……またか」
しかしとっくに慣れたリオンはシーツを捲ると、抱き着いて眠る銀髪の美少女の姿を見つけた。セレネルーアである。
セレネはシーツの中に光が差し込んで来たのに反応して、もぞもぞとより暗い方へと入り込んでいく。
「俺は起きるが、セレネはどうする?」
「……寝てる……」
そう小さく答えた娘の頭をポンポンと叩くと、ゆっくりとリオンはセレネから離れてベッドを出た。
セレネは体質なのか、驚くほど朝が弱い。
朝が弱いというか、放って置けば夕方近くまでを寝て過ごすこともあるほどだ。
気合を入れていれば昼間の活動も可能なのだが、ここ数日鬼猿の討伐でウーゴの街を離れていたことと、高位冒険者たちに絡まれた反動が出たのだろう。
特に用事があるという訳でもないので、寝かせておくことにする。
そしてリオンはベッドの傍で丸くなっていた、白銀の毛並みを持つ狼に声を掛けた。
「セレネをよろしくな、ハティ」
ハティと呼ばれた狼は返事の代わりに尻尾を振って応えた。
全く飼い主に似て夜型な奴だぜ、と苦笑しながらリオンは寝室を出る。
欠伸を噛み殺して食堂に入れば、テーブルの上には焼きたてのパンとオニオンスープ、そしてサラダが並んでいた。
香ばしい油がはじける音に耳を傾ければ、ゆるくウェーブのかかった金髪の少女がかまどでハムエッグを焼いているところである。
「あっ、おっはよーパパ。すぐにできるから食べてていいよ」
リオンが入って来たことに気が付いたソーラが手早く皿に、ハムエッグを盛りつける。
テーブルの傍には止まり木があって、その枝に止まっている黒い羽毛の隼が分厚いハムをつついていた。片足で木に止まり、片足で獲物を掴み、嘴でつついて食べる姿に器用だな、とリオンは変な感心を覚える。
「おはようソーラ。相変わらず早いな。昨日遅くまで騒いでいたんだから、今日くらいのんびりしてていいんだぞ?」
ピィ、と隼が鳴いた。
「そうだな、早起きはお前もだなホルス」
「だって、朝になったら目が覚めちゃうんだもん」
紅茶を淹れるソーラに、リオンは苦笑する。
妹のセレネルーアは朝に弱く夜型だが、姉のソーラヴルは逆に朝型だ。一方で日が落ちた頃から船を漕ぎだすくらい、夜が早い。
ということで特に理由が無ければ、朝食の準備はソーラが、昼食はリオンが、そして夕食はセレネが担当するというのは自然な流れだった。
「セレネは? まだ寝てる? ほんと寝坊助さんだねあの子は」
「お前は逆に、眠くないのか」
リオンが問うと、ソーラはうーんと首を傾げた。
「昨晩は珍しく夜更かししたけど、これと言っては……今朝も日の出とともに目が覚めたしね」
昨夜は、絡んできた冒険者たちの奢りで宴会だった。
有り金全部はいくらなんでもあんまりだ、と泣き付かれたので、その場の全員に晩飯を奢らせて許すことにしたのである。
訓練場に居合わせた野次馬たちも巻き込み、酒場を一軒借り切って飲めや歌えのドンチャン騒ぎだったので、流石に高位冒険者たちの全財産とはいかないまでもそれなりの額の出費だったと思われる。
正直リオンとしては大事な娘二人に絡んでくれた以上、有り金全部というのはかなり本気だったのだが、宴会のお代を潔く支払っていたので取りあえず溜飲を下げることにした。
その宴会でソーラは周囲と一緒になって飛んで跳ねて歌って踊ってのハイテンションだった。酒は飲んでいないが、空気に酔っていたのだろう。やんややんやの大喝采に、お得意の軽業を披露する始末である。
静かに窓辺の席で、ハティをボディガードに延々と食事をしていたセレネとは対照的だ。
それでソーラにしては珍しく夜更かししていたので、反動で今朝は遅いかと思っていたが全くの杞憂だったようだ。
日の出の頃には起きて身体を動かし、朝食の準備に取り掛かる。
ソーラもセレネも、いつもと然程変わらない朝を迎えたということらしい。
卵を拾った翌朝には孵り、さらに翌日には赤ん坊から三歳児くらいまで成長していたソーラヴルとセレネルーア。
それから二年ほどの時が過ぎたが、常人ならざる成長を見せて今では純人族の十二、三歳程度の姿にまで成長しているリオンの、大事な家族。
このままでいけば、あと二、三年ほどで成人並みの姿にまでなるのではないかとリオンは考えていた。その想定期間もリオンの根拠の無い勘であって、もっと早まる可能性は十分考えられる。
もし、二人が彼の元を巣立つのであれば。
リオンは父親として、一体何ができるのだろうか――そんなことを、いつも考えている。
リオンは元孤児で、冒険者を経験し、勇者として戦い、山奥へと引っ込んだ男だ。教えることが出来ることも、殺伐としたことにばかり偏っている。
他に何をしてやれるのかと考えて、二人の種族を探そうとしていたのだがどうにも独力では無理そうだ。
「どうしたの、パパ。冷めちゃうよ?」
「あ、ああ。いただくよ」
サラダボウルに手を伸ばしながらリオンは、一つのことを決めていた。
自分で探すことが出来ないのであれば、人に依頼するのも手だ。
「それでパパ。今日は何をするか予定ある?」
「そうだな……鬼猿退治も終えた直後だから、暫くは休息を入れるべきだからな。小麦も少なくなっていたろ? セレネが起きてきたら、昼からは街に買い出しに行こうか」
「やったぁ! なに買ってもらおう!?」
「買い出しだっつうに」
苦笑しながらパンを頬張るリオンは、朝日の様に輝くソーラヴルの笑顔に、
「昨日はよくやったし、まぁちょっとくらいなら良いかな……」
と内心で娘たちを甘やかすことを決めるのだった。
今回はちょっと短め。




