1-1 元勇者、卵を孵す
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†
ぴーひょろろ、と鳥の鳴き声が聞こえたので伏せていた顔をあげた。
青い空に雲が浮いていて、翼を広げた大きな鳥が優雅に空を舞っている。
「あー……いい天気だなぁ」
そのまま彼は、大きく伸びをする。
全身の筋肉が伸び解される感触がした。
「昼休憩にするかぁ」
そう呟いた彼は手にしていた鍬を畑の片隅に突き立てると、いつもの岩の上に座り込んだ。
用意しておいたサンドイッチを【無限収納】から取り出すと、あぐ、と齧りついた。
周囲を見渡す。
背後には家がある。目の前にはこの手で耕した畑がある。黒い土からはぴょこぴょこと芽が出始めていた。
もしあの鳥の視点からだと、人里から離れた山の中にぽっかりと開けた空間がぽつんとあるように見えるはずだ。
それもそのはずで、ここに至る道など存在しない。
「勇者と言われたのも今は昔。俺の今の肩書ってなんだろうな? 世捨て人? 隠遁者? 隠者リオンとかちょっとカッコよくね?」
彼の名前は、リオンという。
かつては勇者として大陸を恐怖に落としいれた壊神と戦い、相討ちとなって死んだとされる人物だった。
各国では壊神討伐の悲願達成のお祭り騒ぎ。
かつて一緒に旅した仲間達が英雄としてもてはやされるのを尻目に、リオンは、この山奥へと隠れ一人のんびり暮らしていた。
それから三年の歳月が過ぎた。
独りで頑張って家も建てた。
森の木を伐採し木の根を取り除き、畑も造った。
元々大工の知識も農作業の知識も、壊神討伐の旅の途中で仕入れたものだった。
魔獣の群れに襲われて壊滅した村の復興に携わってそれで多少教えて貰ったのだがいかんせん生兵法という奴だ。
中々思った通りの出来にならずに気落ちする日々だった。
だが人間やればできるものだ。
家の見てくれも良くなったし、多少なら収穫も出来るようになった――まぁ、街で買った野菜の方が美味しく、そして手間もいらないのだが。
山に分け入れば魔獣や魔鳥に事欠かず狩りをして。
山菜や希少薬草も取り放題。
それらの素材を【飛行術】で一っ飛びした街で売り捌き、生活に必要なものを買い足す。
ここから最寄りの街ウーガには、かつての壊神討伐の旅では立ち寄ることがなかった。そのお陰で勇者リオンの顔を知っている者がいないので楽でいい。街の人たちに、時々やって来る変な冒険者? みたいな認識をされている。
それはいい。
楽でいい。
が。
「寂しいなァ」
もそもそっとサンドイッチを食べ終えたリオンは、空舞う鳥に呟いた。
返事は無い。
「とーぜんだがな。むしろ返事があったら怖いぜ。お陰で趣味が独り言になっちまった」
下手に外をうろつけば、いずれ正体がバレるかも知れない。
そうなったら、権力闘争に巻き込まれる可能性がある。
壊神討伐の旅、終盤あたりは気の緩んだ貴族たちの政争に巻き込まれかけたことが何度もあったのだ。娘をあてがって取り込もうとする貴族の、なんと多い事か。
「そーいったアレコレから距離を置きたかったからこその隠遁生活なワケだが、人里からもちょっと距離置きすぎたかな」
【飛行術】でウーガの街まで、ざっと一時間。
陸路で行けば山を二つばかり超えなければならない。獣道すら無く、道中には危険な魔獣が数多く生息している。
そして周辺に目ぼしい鉱山とか迷宮とかも発見されている訳ではないので、他人がこの場所に辿り着く可能性など皆無に近い。
結論から言えば、つまり寂しい。以上。
余りにも人里から物理的距離を置きすぎた、と思ってしまう。街道沿いとまでは言わないが、行商人が立ち寄ることのできるくらいの距離でも良かったかかも、と。
「戦いばっかりで恋人も居ねぇし……もしかして俺の人生、寂し過ぎ!?」
と、自分自身にボケてみても、誰も突っ込んだり笑ったりしてくれないワケで。
「はぁ……さ、仕事の続きしようか」
力なくリオンは、鍬を手に取った。
†
畑で一番大切なのは、結局のところ土だ。
「――疾風斬!」
剣を一閃させると、放たれた斬撃があっさりと木々の幹を断ち割った。
一拍遅れてザザザと音を立てて倒れてくる。
枝を払って裸にした木は、そのまま【無限収納】にポイ。後で別の場所で適当なサイズにぶった切って放置。乾燥させれば薪、焼けば炭になり、街で売れる。
「ああ、キノコ栽培の原木は……またいずれ」
ヘタこいて有毒種栽培したりしたらシャレにならない。
適当なスペースが出来たら、今度は根っこだ。
【土魔術】で土の中を探知し、異物があれば土を操作し、石とか岩とか根っことかを掻き出してやる。こいつらも【無限収納】行きだ。
そして二回、三回と土を一定の深さまで攪拌。
そして肥料と混ぜ合わせれば取り合えずの形はできる。
「明日は村の方で肥料を分けてもらおう。肉を用意しておくかな」
ウーガの街と違って、そこらの農村だと金貨より物々交換の方が手っ取り早いこともある。何を植えようか、水はどうしようかと考えながら魔術で地面の探知をしていたら、リオンは足元の奥に変な反応があることに気が付いた。
「なんだ、岩かな? 邪魔だな」
【土魔術】でそいつを地面の奥から引っ張り出して――
「……これは」
土まみれだったからか、一瞬、それがなんだかわからなかった。
ずっしりと重たい、涙滴型のそれは、リオンが両手で抱える程のサイズである。土を拭ってやると真っ白な表面が見えて、ようやく思い至った。
「卵かこれ!」
それも恐らく、サイズからして何か魔獣の卵なのだろう。
「しかしどうして地面に埋まっていたんだ? この辺りを縄張りにしていた魔獣は俺が退治したし、掘り返したような跡も無かったぞ」
しかもその魔獣は、魔鳥系でもなければ魔蛇系でもなかった。
魔力を帯びて変化しているとは言え、獣型であれば基本的に胎生……のはずだ。
リオンは専門家ではないし、そもそも魔獣の生態はわからないことの方が多い。
弱点ならよく知っているのだが。
なんて考えていたら、卵が動いた。
かすかに、しかし確かに動いた。
一体何時から地面に埋まっていたのか知らないが、
「こいつ――生きているぞ!」
次の瞬間【水魔術】で土を落とすと、リオンは卵を抱えて家へと駆け出した。
聞いたことがある。
冒険者の中には、魔獣を調伏して使役する者がいる。
【魔獣士】と呼ばれる彼らが魔獣を使役するには、成体を力尽くで屈服させるか、赤ん坊の時点から育てるかの二種類があるのだと。
「コイツが孵れば――俺にも仲間が、家族ができるんじゃねえの!?」
どうすればいい? とにかく温めればいいのか?
方向としては恐らく間違ってはいないだろう。
あるだけの毛布をベッドに用意する。雪山では人肌同士で温め合うとかなんとか、ということで上着も脱ぎ上半身裸になる。
「ちべたっ」
卵を抱くと濡れて冷たい。洗ったのは良くなかったかも知れない。急いで温めなければ。リオンはいそいそと卵を抱えて、毛布の中に潜り込んだ。
……後から思い返せば、この時の彼は色々と失念していた。
例えば何が生まれるのか、とか。
他にも何が生まれるのか、とか。
更には何が生まれるのか、とか。
もっとよく考えるべきだった。
つまりリオンは自分で思っていたよりも、よっぽど孤独感にやられていたらしい。
頭の中では、白い子犬に懐かれている自分の姿を思い浮かべてすらいた。
何だったら子犬に与える骨を用意しなければ、暴乱巨王牛狩って来にゃ、などとまで考えていた。
そして。
「……んぁ?」
顔に光を感じて、リオンは目が覚めた。
窓から差し込む眩しい朝日。
気が付けば寝てしまっていたらしい。それも昼から、翌朝まで。
ぐううう、と腹がなった。
「あー……朝飯、用意してねぇ。腹減ったなぁ……」
寝惚けた頭でそう呟き、妙に沢山重なっている毛布から出ようとして、違和感。
もぞもぞっと何かが、毛布の中にいる。
それは彼の両乳首を咥え、ちゅうちゅうと吸い上げてすら――
「…………?」
リオンは毛布をめくった。
四つの瞳が、こちらを見た。
輝くような金髪と、金の瞳。
青味を帯びた銀髪と、銀の瞳。
ぷっくりとした頬っぺた。
つるりとしたお肌。
それは、そのふたつは、――そのふたりは。
毛布がめくれて辺りが明るくなり、眩しそうに目を細める。
そしてキョトンとした顔をして。
俺と目が合うと、声を揃えて、
きゃあ、と笑った。
「………………………えっ?」
背に翼の生えた、
金と銀の、
女の子の、
双子の、
赤ちゃんが、
そこにいた。