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case 12【part 1】

 ここは、都内の大衆居酒屋。

 店内は明るく賑わい、若い店員さんが忙しそうに料理を運んでいる。

 俺たちの追加の生ビールまだかなぁ…そんなことを考えていると向かいに座る目の細い小柄な男が俺に声をかけてきた。

「お前まだ彼女できねえの?」

 枝豆を食べながら手持ちぶさたに質問してくる。

 いきなり失礼なコイツは高校のサッカー部で一緒だった松下大紀まつしただいきだ。ちなみに俺の名前は木之本章きのもとあきらという。

 今日はささやかな集まりだ。高校のサッカー部の同級生。と言っても上京しているのは3人だけなのでその3人で集まることとなったのだ。

 では先ほどの質問に答えるとしよう。

「できるわけねえだろ。嫌みか!俺の仕事知っててそれ聞いちゃう?てかこの前も聞いてなかった?聞いてたよね?嫌がらせかッ!もう帰って良い?」

 普段はあまりしゃべらない俺なのだが、気の知れた仲間の前では言葉が勝手に口から転がり出てきて仕方がないのだ。

「あーじゃあ倉持来たら帰って良いぞ」

 帰宅の許可降りました!いや、そうじゃないでしょ…

「嘘ですやん。冗談ですやん兄さん。まぁ帰れって言われても帰んないんだけどさー」

「はいはい。それにしてもアイツおせえなぁ」

 あと一人の倉持大司くらもちたいしは仕事が終わらず遅れるそうだ。

「アイツって実際仕事なにしてんだろうな?」

 もしかしたら松下にはホントの仕事を教えているのではないかと探りを入れてみる。

「ラインに書いてたじゃん。泥棒やってるって。凄腕だからさっさと終わらせて18時には来れるって。今何時だっけ?」

 俺は店内の時計を確認する。

「19時30分です」

「捕まったんじゃねえの?もう知らねえよ。そもそもアイツが東京来てるの全然知らなかったし。東京にパリってあったっけ?まぁパリにはいないのはわかってたけどさー」

 倉持曰く大学卒業後はパリに渡ったらしく今でもたまにそんなことを言っているようだ。


 倉持という男は自分のことを語らない。あと呼吸するような感覚で嘘をつくので俺たちは彼の話は話半分に聞くようになっていた。

 それでも彼の周りにはいつも人が溢れていた。こんな性格でも人を惹き付ける魅力が彼にはあったのだ。俺たちもそんな彼がなんだかんだ言っても好きだった。



「生2つでーす。他にご注文は?」

 店員が生ビールを持ってきたので適当に追加の注文を済ませ乾杯をした。

「で、どうなんだよ?なんか浮いた話ないの?」

「ない」

 間髪入れずに答えると松下は笑いだした。

「マジでないんだな。お、大泥棒が来たぞ」

 振り替えると奴がいた。

「おっせーよバカ」

 もうだいぶ飲んじゃったな。

「すまんすまん。向かい風だったからさぁ」

 なにくわぬ顔でそんなことをのたまう。

「どんな強風!?」

 俺は思わずツッコミを入れてしまう。

「どうも、ルパン三世です」

 席につくなりかましてきたボケをスルーして俺と松下は店員を呼んだ。


「ご注文は?」

 若い店員さんがやってきた。

「お嬢さん、バーボンはあるかい?」

 またこいつは…

「えっ!?あの…少々お待ちください」

 店員さんが困ってるよ…はぁ…

 松下が倉持の頭をはたく。仕方がないのでフォローを入れる。

「すみません。さっきのは気にしなくていいので生を1つお願いします。ホントにすみません。」

 久しぶりに会うとはりきって序盤からはしゃぐのをやめてもらいたい。

 


 暫く時間が経ち倉持も落ち着いた頃、松下が再び恋愛の話を始めた。どうやら自分のノロケを聞いてもらいたかったようだ。

 昔はこういう話は聞いているだけでムカムカしてきたが恋愛から遠ざかりもう7年くらい経つのかな…もうなんにも思わなくなってるわ…

 恋愛とはどこか別の世界の話のように思えてしまう。7間何もなかったのに30歳手前のおじさんに素敵な出会いがあるわけもなく…

 苛立ちよりも昔を思い出し、これからのことを考えると切なくなってきた…


 モヤモヤした気持ちをビールで流し込む。

 

 あぁ…あの頃に戻りたい…




 ♪♪♪

 着信音が頭に流れてくる。

「ん…うッ…いってぇなぁ…あれ?ここどこだ?」

 頭が割れるように痛い。それよりも自分の現在地がわからなくてキョロキョロと辺りを見回す。

 時刻は…8時15分…遅刻だ…

 あぁそうだ、さっき電話なってたんだった。

 不在着信は松下からだった。すぐにかけ直す。

「んぁ悪い、寝てた。昨日の記憶が途中からないんだけど…」

「途中から日本酒飲みだしたからそれでだなー店出るときにはお前立てなかったから面倒だし近くのホテルにぶちこませてもらったわーすまんな」

 なるほど。そういうことか。

「いや、むしろすまんな。世話かけたな、ありがとよ。またそのうちな」

「おう。またなぁ」


 それにしても二日酔いがヤバイな…ひとまず職人に連絡しないとな…

 塗装屋の職長に電話を入れ、遅刻することを伝えた。さて、現場に行くか。


 俺の職業は現場監督である。

 本来俺は新築工事を担当していたのだが、次の工事の間で2ヶ月程空くので勉強も兼ねて改修工事をやってこいと部長から言われた。それで今はマンションの外装改修をやっている。

 入居者がいるので作業開始を9時からとしているため始業前の連絡となり多少格好はついた。 


 現場につくと職長がいた。

「おそようございます」

「なに?飲みすぎちゃったの?」 

 ニヤニヤしなが職長の帆刈さんが話しかけてきた。

「えーまぁかくかく然々でして」

「まぁ若いうちはよくあるもんよ。俺は飲みすぎても遅刻はしなかったけどなぁ」

「次からは遅刻しないように朝まで飲んできます」

「それもありやな」

「んじゃ作業着に着替えてきますわ。足場乗るとき安全帯だけお願いしますね」

「あいよー」

 若い監督はけっこうなめられたり言うことを聞いてくれないことがある。

 それでも、立場が上だからといって偉そうにせず嘘をつかず誠実に接していけば良い関係が作れるし、それは安全な現場をつくる上で重要なことだ。 

 それでは今日もご安全に!

 


 10時の一服のときに休憩所に行こうとするとエントランスの前に引っ越しのトラックが停まっていた。


 トラックが停車する全面道路は狭くT字路になっている。道を挟んだ向かいは細い路地を入った先が駐車場となっており、以前工事の搬入のときに同じような形で停車させているとその駐車場の利用者からすごく苦情を言われたことを思い出した。

 嫌な予感がした。

 だがこのマンションの駐車場は2台しか入らず、入居者が使っていないのでうちの職人の車を停めさせてもらっていた。車が来たらその都度トラックを退かさなければならないだろう。

 そのトラックの荷台から小柄な女性が段ボールを抱えて降りてきた。

 俺はオートロックの自動ドアを出て風除室を抜けて彼女とすれ違う。

「おはようございまーす」

 とりあえず挨拶をしてみた。

「あ、おはようございます」

 にっこりと微笑み返して挨拶をしてくれた。

 なにこの子…めっちゃかわいいやん…

 あれ…なんだろうこの気持ち…なんだか落ち着かない…


 今まで女性を見てキレイな人だな、可愛いなと思うことはあってもそれ以上になにかを思うことはなかった…

 それなのに、彼女の笑顔を見てからは、ソワソワする。心がざわつき、落ち着かない。


 俺は、彼女と話がしたかった。


 【つづく】


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