フィオネーロフォムロ
「おいおい、マジ大丈夫かよ?」
「私に聞かないでよ。さっきでも君の強化魔法あってもおされてたのに、とにかくやるだけやるよ。あと数分のはずだ」
ロワから発生している力は、ルークたちとは比べることも恐ろしい。あいかわらず余裕の態度のロワだが、その目は獲物を狩る動物のそれに近い。その視線から目を無意識に背けたルークが自分の気休め程度でアリアに話を振った。アリアも余裕がなかったが、反射的に言葉を返した。そして、いまだ集中しているアリスに顔だけ向けると、
「⋯⋯はぁ⋯⋯っ」
体中から汗が流れだして、下には水たまりができていた。口も震えており、目も焦点が合わないで泳いでいた。
「アリス、大丈夫か? 十分も集中して放つ魔法だから体の負担も大きいはずだけど⋯」
「平気⋯あと⋯数分⋯⋯お願っ⋯い」
言っていることと現状が噛み合っていないアリス。必死で頑張っている彼女の身を休ませてあげたいが、この状況を打開できる策がないルークは、その願いが安易に切り捨てられる。自分の力不足に痛感するが、今はそんな暇はないと、首を横に大きく振り切り替えた。
「ルーク、さっきの魔法の効果はあとどれくらい効果があるの」
「あと五分は大丈夫なはずだ。けど、さっき動いてみて分かったと思うけど、そこまで強化する魔法じゃないからあんまり過信しない方が良いぜ」
「大丈夫さ。この魔法がなかったら今頃とっくにダウンしてたよ。確かにあんまり強化されてないけどこれなら数分は持つよ。多分⋯」
最後に発した弱々しい言葉は、ルークには聞こえなかった。彼が唱えた魔法『キニカ』は、対象者の能力を僅かであるがすべて上げる魔法だ。重ねがけは出来ず、あまり使える魔法ではないがこの状況でルークが使える中では最も効果があると彼は思った。実は、ルークが使える魔法は現段階で8種類ある。このうち、味方の補助をする魔法は『キニカ』のみで、他の魔法はすべて攻撃魔法である。この中で最も速い『ライトニング』でさえ軽々とロワはかわすと確信していた。
(さっきの不意の攻撃でさえ当たらなかったのに、さらにパワーアップしたあいつに当たる確率なんて二千パーセントねえ。けど、あいつの攻撃を中断させることぐらいは出来るはずだ。いいや、それぐらいしなくちゃダメだ!)
自分の役割を確認してロワを凝視する。自分が見られていることに気づいたロワはにっこりと笑って、
「なんだ。随分良い目でわいを睨んでくるだっだー」
「⋯そいやぁ、さっきから不思議に思ってたけどよ」
「んだ」
「あんた目包帯で巻いてるのに俺たちの場所正確に分かるんだな」
「だっだー。わいは本気を出すとき以外はこれは外せん。それにだ、見えなくても気配や音でだいたい分かるだー」
「そうか。まだ本気じゃないのかよ」
「だっだー。まだ二割ぐらいだっだっだー」
左手の人差し指と中指を立てて堂々と前に出した。アリアは手が震えていて、持っている剣がカタカタとなっている。一見すると怯えている様に見えるが、顔の表情はそれを感じさせないほど真剣そのものだった。反対にルークは、場違いにニヤニヤしていた。
(思った通りに話に乗っかってくれた。これならあと一分でアリスの魔法が発動される)
先ほどルークが自分の役割を確認した直後、疑問に思ったことがあった。
(今さらだが、何故ロワはアリスを止めないんだ。全力でなくてもアリス一人止めるぐらいあいつほどの力をもってすればなんてことはないはず。けど、今までアリスを狙った攻撃は最初の一回だけで、あとはアリアと戦ったり俺たちの会話を待っていたりしていただけ。しかもアリアと剣でやりあってた時もほとんど受けて、俺が邪魔した攻撃以外自ら攻撃をしてなかった)
アリスが集中していることは誰がどう見ても分かる。現に、凄まじい魔力が体から噴き出している。それにもかかわらずロワはアリスを攻撃しない。
(⋯かなりなめられてるな。なら、時間稼ぎと分かっても話に乗っかってくれるかもしれないな)
その考えは正しく、話に乗っかってくれた。ルークはタイムリミットまであと一分ぐらいだと思い、続けて時間稼ぎの話をしようと口を開けた時、後ろから
「だっだっだー。話も悪くないがわいは戦いの方が好きなんでの。お前は殺せないがまずは両手切り落としておとなしくさせるだーー」
ルークの正面にいたロワは風のようにルークの背後に移動して、杖を持っている右腕目掛けて振り下ろした。ルークが声に反応して振り向き始めるのと、剣が振り落とされる時間が同時に起こった。ロワはルークに対応させないで切り落とす--はずだった。
「おっさん、私の存在を忘れてるんじゃないの?」
「だっだっだー。これを止めるだーなかなかやるだの小娘。しかも、足でわいの腕を受け止めて威力を殺して止めるとはの」
振り返ったルークの視界に入ったのは右足でロワの右腕を抑えて、剣を剣で受け止めて、左足一つで体を支えていた。上から振り下ろされた剣の衝撃で左足首が船に潜り込んだが、すぐに抜け出し右足を下げると同時に左足でロワの腹をまっすぐ蹴りつけた。
「だっだっだー。なかなかの蹴りだっだがそんなんじゃわいには意味ないだ」
「ちっ、岩石みたいな体しちゃって。やっぱり切らないとダメみたいね!」
クリーンヒットした蹴りをロワは小動物が体当たりしたかのように軽く受け止める。その事実を即座に受け入れてアリアは剣を振る。上下左右から奇抜な剣術でロワを仕留めにかかるが、焦ることなくそれをすべて剣ではね返していく。ルークもいつでも援護できるように準備している。
「だっだっだー。いいぞ、もっとこい! わいを楽しませてくれ!」
「ここまで攻撃して一撃も当たらないなんて。この化け物め」
「アリア! 俺も加勢に---っ!」
後ろからの絶大な魔力にルークは無意識に後ろを振り返った。そこには、白く輝くアリスが神と服をたなびかせて目を閉じていた。アリアとロワも戦いを止めてアリスを見ていた。
「だっだっだー。なかなかの魔力だの。じゃが、簡単にそれをくらってやるほどわいは優しくないんだだだ!」
地面がめくれるほどの力でアリス目掛けて踏み込んだロワ。その人間離れしたスピードにアリアとルークは頭では反応できたが、体は反応できなかった。そのままロワはアリスの首目掛けて剣を横から振りかかった。
「っだ!」
「無駄⋯あんたの⋯負け」
アリスを覆っていた白の輝きがロワの剣を止めた。驚いているロワにアリスは杖を前に出した。その先にはロワと少し離れて横になっているカローリがいる。白の輝きが一層激しくなり、
「フィオネーロフォムロ!」
光が船全体を覆いつくした。ルークは光で何も見えなかった。数十秒で光が弱まり、ルークは辺りを見回した。息をあげているアリスとその横でアリスの背中を支えているアリア、その他には今回の受験者七人がいた。
「カローリとロワが消えた」
「ルーク、何とかなるって言ったでしょ」
「アリア、アリスの魔法は一体」
「ターゲットを⋯どこか彼方に⋯飛ばす⋯魔法」
息を上げながらアリスは先ほどの魔法の効果をルークに教えた。簡単にしか説明されなかったが要するに相手をかなり遠くの位置に飛ばす魔法らしい。
「そんな魔法があるなんて知らなかったな。魔法に関しては俺も少しは自信あったのにな。ともかく、これで俺たちのーー」
「かちにげせいこう~ってやつ? おにいさんたち、まだあんしんするのははやいんじゃないかみょ~?」
上から可愛らしい少女の声が聞こえた。