三対一
試験会場に行く船で九人の受験者と二人の乱入者が対立していた。二人の視線はルークのみを見ている。が、その瞳には敵意は感じられない。少女からは妙な親密感すら感じた。男は包帯を巻いていて分からないが。
「き、キャルト・ア・ジュエだと⋯⋯」
手足が無意識のうちに痙攣を起こしていた。それはルークだけでなくアリアとアリス、周りの受験者全員が似たような状態になっていた。
(キャルト・ア・ジュエ。おもに殺害や誘拐をしている誰もが知っている集団。だが、その被害件数はあまりにも少なく、証拠も皆無のため謎の多いが、冒険者が三十人がかりで団長の一人を倒しに行った時、戻ってくるものはいなくて数日後に再び冒険者を向かわせた時はどこにも死体はなく、あるのは黒ずんだ血痕だけだったと師匠から聞いたことがある。そんな奴らがどうして)
相手はキャルト・ア・ジュエ。しかも二人とも団長。まだ冒険者にすらなっていないルークたちでは束になってもかなわない。そんなことを決死の表情で考えているルークをただ見つめているカローリとロワ。何も言わずに近づいても来ない。それが一層ルークに精神をすり減らしてる。かえってあいつらについていって楽になりたいと思い、一歩踏み出そうとした時、アリアが左鎖骨を強めに殴ってきた。
「痛っ! なにすんだ」
「馬鹿かあんた! 最初に言ったこと忘れたの?さっきのいざこざのおかげですでにリスが準備してから三分近くは経ってる。あと七分もすれば何とかこの状況を打開できるだから」
「無理だろ! そもそもあいつら相手にそんな時間稼げるわけない。突っ込んだ男だって生きてるか分かんねえけど僅か数秒で戦闘不能になってる。七分なんて何人ひつよ」
「私を信じて!!」
船中に響き渡る大きなアリアの声、そしてその声はルークの心の中に深く浸透した。ルークは一瞬呆然としてから僅かに笑みを浮かべて、
「『信じて』か。俺は冷静さを欠いていたな。せっかく仲間になれたのに信じなきゃ仲間じゃねぇよな」
「ルーク? どうしたの?」
「何でもねえよ。それよりありがとう。なんか俺焦って大事なものが見えてなかったわ」
「礼ならいらないよ。とりあえずはあいつらだけど終わったら話し合いね」
「了解だ」
意識をカローリに向ける。どんなことがあっても七分耐えると強い気迫がカローリにも伝わったらしく、しばらく閉ざしていた口を開け、
「おにいさんうらたちとやるき? やめたほうがいいみょ。このおとこみたいになっちゃうみょ~?」
「悪いな。俺はお前ら殺人集団じゃなく信じてくれる仲間についてくことにするよ」
カローリは未だ倒れている男を指さし最後の警告と言わんばかりの雰囲気でルークに尋ねるが、ルークはあっさりそれを却下した。直後、カローリがいきなり座りだした
「なんかうらもうつまんないからここでみてるみょ~。ロワ、えものゆずってあ~げる。あのおとこはころすのは、っめだけど、ほかはみなごろし~みょ」
「なんだ、来る前はやる気だったのに。まあ良いじゃろう。おかげでわいの楽しみが増えるからの。だっだー」
ロワが剣を抜きさり右手で軽々と持つと軽く上から下に振り下ろした。そして、アリアが数歩前に出て
「おっさん、まずは私たちが相手よ。三対二は卑怯なんて言わないでよ。こっちはまだ冒険者にもなってないんだから」
「だっだっだー。勇ましいお嬢さんだ。安心しな、わいのつれは不貞腐れて攻撃してこない。じゃから正確には三対一と言うべきじゃ。それに、なんなら九人でかかってきても良いんだっだー」
「三人で⋯十分⋯⋯他⋯邪魔」
アリスが言ったことは正しい。周りの受験者は魂を抜かれたような顔をして戦う意思が微塵も感じられない。そんな状態で戦っても何の戦力にもならないし下手をするとかえってルークたちの邪魔になる可能性もある。そして、ロワが気になるとこを言っていたのをルークは聞き逃さなかった。
「カローリは戦わないのか?」
「んだ。もうめんどくさいとか言ってな。良かったな、だっだっだー」
カローリが戦闘に参加しないのは不幸中の幸いだ。状況が最悪なのは変わらないが、これが本当ならルークはロワを狙ってアリアのサポートが出来る。
「アリア、俺は魔法でお前のサポートをするよ」
「それは助かるわ。けど、カローリの注意も一応しといてね」
首を縦に振って合図した。ロワが言ったことが真実とは限らない。いつカローリの気分が変わって仕掛けてくるか分からない以上は警戒しておくべきであると思った。今は横になって短い杖を回して遊んでいるが、それがずっと攻撃しない理由にはならない。
耳を澄ましても風の音しか聞こえない。海の匂いを含んだそれは心地よく感じるはずだ。しかし、それが感じられているのはおそらく二人しかいない。止まることがない風。そして、
「じゃそろそろ行くだー」
「かかってきなさい」
「あと・・・半分」
三人の声が風に流された。そして風が止むとロワが床が抜けるほど力強く踏み込んできた。彼が狙っていたのは先ほどから魔法を使うために集中していたアリスだった。その大剣で首を狂いなく仕留める、はずだった。
「だ、だっだっだー。やりおるわい小娘」
「なんつー馬鹿力だよ! まともに受けてたら腕の骨がいっちゃうわね」
その間にアリアと剣が瞬時に入った。そして、切りかかる剣を剣で受け止めた。しかも、ただ止めるのではなく微妙な角度によって剣の軌道を左上にずらしていった。ロワが満足した顔で後ろに下がった。
(あのじいさんもすごいけどアリアの避け方もすごいな。瞬時に考えてそれを行動に移す、あいつってこんなにつよかったのー!)
ルークは動けもしなかった。否、ロワの行動すら見切れなかった。そんな自分より行動できたアリアに驚きを隠せなかった。だが、いつまでも遅れるつもりはないと意気込み、杖をアリアに向けた。
「キニカ!」
呪文を唱えると、アリアの体が一瞬赤く光った。アリアは視線は向けなかったが、小さくありがとうと言ったようにルークに見えた。そして、今度はアリアが一歩踏み出しロワに攻撃を仕掛けた。だが、当然とも言うべきか、アリアの攻撃は易々とはじかれた。それでも攻撃を止めずに素早くロワをとらえ続けた。首を、腕を、足を、胸を、何十回も剣をふるうが肉体までは届かない。そして、剣筋を見切ったロワが剣を大きく上にはじいた。その隙を逃さずに剣ではなく左の拳でアリアの顔目掛けて放った。
「しまっー」
「食らうがよい。だっだっ⋯⋯ん」
顔と拳が触れる寸前で、ロワがまた後ろに下がる。拳を受ける覚悟だったアリアも意表を突かれた顔をしていた。いい意味で。
「ルーク!」
「なんとか間に合ったぜ」
攻撃を止めさせたのはルークの杖から迸った稲妻だった。二人の攻防を一つ残らず見ていたルークがここぞとばかりにライトニングを唱えてアリアの危機を助けた。助けられたことに場違いなほど笑顔を見せてきたアリアにルークは一呼吸置いて、
「支援は任せろ! 死なない程度にやらせてもらうぜ!」
「期待してるよ」
「意外に⋯やる」
三人に良い仲間になってきたと個々が思った。初めての実戦で仲間の力量が明確に分からず、相手の実力が未知の化け物でも、ここまで出来ている。その考えがチームの和を結託していった。
「だっだっだー。やるなガキども。個々の力はともかく良いチームワークだ。わいも少しばかりなめとっだー。だから、それを認めて少々力を入れさせてもらうだー」
ロワの全身から力がみなぎっているのが三人は肌で感じ取れた。そして、さっきの比にならないほどの力強さを感じた。
アリス魔法発動まであと三分