刺客
三人は音の発信源に向かって走っていた。最初ルークは何が起こっているかが分からず、呆然としていた。アリアとアリスはそんなルークに喝を入れ、ともに来るように促した。最初は現状を確認したい気持ちで了承したが、近づくにして恐怖と焦燥感に心が支配されてきている。
「な、なあ、やっぱり危ないから引き返した方が良いんじゃないかな」
「何言ってんだよ。こんな面白い状況確かめない選択なんて端から存在しないだろ」
「リアに⋯同意見⋯⋯楽しい⋯予感⋯する」
二人は目をキラキラさせて走っている。その光景にルークは共感を覚えられなかった。
(なんでそんなに楽しそうなんだよ)
ルークはどちらかというと慎重な性格だ。時折ある極度の心配性はそこから来ているのだと自分で思うほど自覚している。いかに簡単に、確実に任務を成功させる冒険者にとってこの性格はおおむね良いと言える。しかし、何の準備もしてないで急に物事が発生した時、この性格の者はチームワークを乱す恐れがある。特に、アリアとアリスのように自分の欲望のまま駆け出す者とは意見が合わない。
「で、でも、もし敵がきてたらどうするの」
「は? んなもん倒すに決まってるだろ」
「敵を倒す⋯当たり前」
「だいたい敵だったらそれ倒して手柄立てれば、試験もちょっとは有利にしてくれるかもよ」
「あーもう分かったよやってやるよ。俺は偉大な魔導士になるんだ。その最初の試練だと思うよ。けど、何を包み隠そう俺は弱いぞ!」
ビシッとアリアに指を向けて、勝ち誇った顔で言った。
「アハハッ。大丈夫だよ。最初から期待なんてしてないから」
「少しは否定してほしかったぜ」
「場所⋯近い⋯⋯油断しないで」
そうこう話している間に目的の場所に着いた。ルークも良い感じに精神が安定してきて落ち着いてきた。アリアとアリスも警戒を強めていた。煙が広がっていてまだ何も確認できない。
「見えないな。俺が魔法で煙を払うか」
「やめといた方が良いよ。万が一のために残せるものは残した方が良い。それに何もしなくてもほら、答えが近づいてくるよ」
「敵⋯二人⋯確認」
煙の中からゆっくり影が二つ濃くなっていく。ゆっくりと近づいてくる影にアリアとアリスは冷や汗を流していた。
「ヤバッ、ルーク。さっきお前を馬鹿にしたことは謝るわ。ある二人気配が尋常じゃないわ」
「勝率⋯皆無」
「は?じゃあどうするんだよ」
三人が困惑して話していると、煙から出てきた二人の姿がはっきりと見えた。片や全身ライトブルーの少女、片や筋肉馬鹿な筋肉男がルークたちを見ていた。
「だっだっだー。早速見つけただー」
「なーんだ、すぐにはっけんできてつまらないみょ」
男の方は早く済んで満足しているが、少女の方は少し残念そうにしてた。その少女がルークの方を睨みながら、
「そこのおにいさん。うらたちといっしょにきてほしいみょ」
心が穏やかになる、いやそれ以上に好感すら持てる美しい声で少女はルークにお願いした。現状がいまいち理解できないルークでもあの二人が危険であることはアリアとアリスの反応と自分の生命本能が示していた。とりあえずルークは状況判断する時間が必要だと思い、アリアとアリスに目で知らせると二人はかったとばかりに小さく頷いた。
「何で俺についてきて欲しいのか教えてもらってもいいか」
困惑している状態でいつもの声が出せたのは、自分で自分を褒めたたえたかった。その質問に少女は何で当たり前なことを聞くの、という表情をしていた。
「ん~。なんでってやみがこころにあるからでみょ」
「や、闇? ちょっとまって。闇なんてこの男以外にも、というかだれにでもあるわ。答えになってないわ」
「だっだっだー。そこのガキが特別な闇を持ってる。それだけだー」
アリアの質問に即座に男が答える。三人とも理解不能なこの状況に混乱しているが、中でもルークが一番混乱していた。
(闇、闇って何なんだよ。しかも俺のは特別な闇って一体何なんだよ!)
「ありゃ~もしかしてまだこんとろーるできてないかみょね」
「だっだー。さらにらくに終わりそうだな」
「もうつまんないから、さっさとつれていくみょ。どうせおとなしくついてこないだろうしね」
二人がルークたちに再びゆっくりと近づいてくる。ルークは完全に足が動かなくなっていた。まるで船に引っ付いたようにびくともしない。そんな彼にアリアは彼とアリスだけに聞こえる声で話した。
「ルーク。あいつら知らないの。なんかあんたのこと超お持ち帰りしたがってるけど」
「いつもなら笑いながら乗りたいところだが、マジで知らねー。ついでに言っとくと特別な闇が何なのかすら俺にはさっぱりだ」
「まあその話は後でにするわ。今は目の前の問題から解消しないとね。本当は逃げるのが一番なんだけど船の中じゃあ逃げられない。となると選択肢は-」
「戦う⋯じゃないと⋯皆殺し」
「無表情で怖いこと言うねアリスは。その動じない心が欲しいね」
「けっこう⋯動じてる⋯⋯ルーは⋯過剰」
ルーと呼ばれたことに突っ込みたかったが、アリアが「はいはい」と手を振って今やるべきことを伝えた。
「仲が良いのは良いけど状況分かってる?とりあえず生きることを願ってね。私は男の方を、ルークは女の方を頼んだ。あいつも魔法使いだと思うから魔法使いのことは君が一番この中じゃ知ってるでしょ。その知恵を振り絞って出来るだけ時間を稼いで。無理はしないで、勝つことは考えなくていい、とにかく時間を稼いで。リスは状況に応じて私とルークの援護、それからあれも頼む」
「了解⋯⋯十分⋯稼いで」
アリアが剣を抜いて、アリスが魔法発動のため集中し始めた。
「ちょ、まった。時間稼いで勝てるの」
さっきの二人の話が鵜呑みに出来ないルークが聞くと、
「さっきも言ったけど勝つ必要はない。十分凌げばアリスの魔法で終わる」
「何かよく分からないけど、とにかく十分稼げばいいんだな」
「それで⋯いい⋯⋯あとは⋯任せて」
すでにこちらと敵の距離は十メートルまで迫ってきていた。アリアが攻撃しようと踏み込もうとした時、
「ちょーっとまってくれ。そこの可愛い少女とワイルドなおじさん」
ルークの後ろから男の声が聞こえた。振り返る前に男はルークの前を横切った。その顔を見たアリスは怒りに満ちていた。
「あなた⋯邪魔⋯⋯死にたくないなら⋯消えて」
アリアの声に反応して男が彼女を見ると、「おっと」と発し、不気味な笑い声をあげた。
「誰かと思えば俺様の誘いを断った悪い子じゃねえか。しかもこんな見た感じ弱そうなガキ仲間にして、謝ってやるなら仲間になっても良いんだぜ」
「失せな⋯ゴミが」
アリスの口からは彼女から発したとは思えないほど低い声で強い恨みがある様に聞こえた。
「っ。相変わらず気の強い子で。まあお前たちをぶっ飛ばすのは試験中にしてやるよ。それよりも俺様はやることがあって来たんだよ」
そう言いながら男は得体のしれない少女たちに近づいて行った。
(あいつがアリアたちを誘って断られたやつか。何しにここに来たんだ)
男の行動の意味が分からずにルークとアリアは男を見ていた。アリスは見ながらも魔法に集中していた。
「みょ~なにしにきたの」
「なーに簡単なことだ。お前たちも試験受けるんだろ。だったら俺様の仲間になれよ」
「だっだっだー。お前なにいってんだー。仲間になってなんの得がある」
「損得じゃないんだよ。俺様が仲間になれって言ってんだからそれに従うんだよ。今から十数える、その間に仲間になるって言えば何もしねえ。もし断ったり数え終わるまで何も言わなかったら」
「どうするんだみょ」
「手荒い真似で仲間にする」
場の雰囲気が重くなった。あの男は見た感じルークよりは強いがあの二人には到底かなわない。そんなことはこの試験に受ける者なら誰でも分かるはずだ。もちろん、あの男だって分かるはずだ。すでにこの場には今回の受験者全員が揃っていた。三人ずつ固まったグループが三つと、一人で馬鹿な行動をする男。おそらくあの男は他のグループにも断られてあの二人と交渉しているのだろう。何をやるにしても単独は愚策、こんなことは冒険者を目指す者なら片時も忘れてはいけないことである。ゆえに、あの男は切羽詰まって無理矢理仲間にしようとしている。仲間は一番自分の命を繋いでくれるから。しかし、
「べーだ。やだよ~だ」
即答。断られた男が言葉よりも行動にしてその怒りを現した。男は獣のようなスピードで少女に向かってとんだ。少女の首を掴んでそのまま倒そうとした。が、男は少女を通り過ぎてそのまま船の床に体当たりをしただけで終わった。その場にいたものはみな唖然としていた。
「きたないてでうらにさわろうとしたばつだみょ」
「お、お前たちは、いったい」
ルークが震える声で聞くと、少女は「まだじこしょうかいしてなかったみょ」といい不敵な笑みを浮かべて、
「うらはきゃると・あ・じゅえ、はーとだんだんちょうのかろーりでみょ」
「わいはキャルト・ア・ジュエ、クラブ団団長のロワだ。だっだー」
何故か肩こりや腰の痛みが酷くて辛いです。
感想等あったらお願いします