アリアとアリス
船が出発して数時間が経過した。船の中をあらかた見終わったルークは船の最後部にある長椅子に座った。そして、少し前に船長と話していたことを回想していた。
「おう兄ちゃん。俺はこの船の船長だ。一人で何してんだ」
「俺は船の見学と今回の受験者がどんな感じか、まあ偵察ってところだな」
左目に剣で切られた傷跡があり、頭にはバンダナを巻いているこの船の船長は妙に親しげに接してくる。
「ほぅ。敵知らずして勝利なしってか。若いのにやるじゃねいか兄ちゃん。よし気にいった、俺が知ってる今回の受験者について教えてやるよ」
「まじか船長! 見かけによらず優しんだな。ぜひ頼むよ」
船長は高らかに笑いながら「一言余計なんだよ」と言い、
「今回の受験者は十人、男女五人ずつだと聞いている」
「ん。は? 十? 少なすぎだろ!」
「毎回十から二十ぐらいだぞ。ちなみにこの船には君たち受験者と俺しか乗ってないがな」
「ドヤ顔で言うなよ。じゃあ他の船員は誰もいないのか。しかし人数に対して船が無駄に大きすぎるだろ」
「まあ本来は運送用だからな。いろいろな場所に行くにはこれぐらいの大きさがないと不便なことがあるからな。それよりも今回の受験者についての情報だが、実は俺もあんまり詳しくなくて七人に関してはさっぱりだ。けどあとの二人についてなら少しだけ知ってるぞ」
「偉そうなこと言って結局あんま知らねーのかよ。じゃあその二人だけでも教えてくれ」
「どっちが偉そうなんだが。ふぅ~。その二人は兄ちゃんに近い年だったな。正確な歳は分からないけど若く見えたな。二人ともリム出身でとても仲がいい感じがしたな。確か名前がアリアとアリスとかだったかな。詳しいことは知らんがチラッと見た時強そうな感じではなかったな。まあ雰囲気で言うと兄ちゃんよりは強いと思うけどな」
「あんたも一言余計だよ。結局あんまいい情報なかったしな。とりあえずその二人に会ってみようかな」
(試験もそうだがこれからどうなるのか分からない以上単独で行動するのは危険だな。丁度仲間が欲しかったところだし会っても損はしないだろう)
「まあ会うのは良いがもし仲間にするつもりならやめた方がいいぜ」
声を一段階下げて警告するような言を発した船長にルークは驚いていた。「どうして」という前に船長は理由を述べた。
「さっき俺がその二人を見た場面てのは兄ちゃんと同じで仲間集めで二人に声をかけた男が断られたところなんだ。陰気臭そうな感じだったし、怪しい感抜群の顔だったしそりゃ断られると思ったわ。たいして面白くないんで視線を外そうとしたときや、男は引き下がれないんだろうに二人の腕をつかんだんだよ。ここの責任者としてもめごとが発生しそうだったから止めに行こうとしたんだ。だが、掴まれた二人は助けを呼ぼうとせずにずっと男を見ていたんだ。あれはただ見ていたんじゃない、離れていた俺ですら恐怖で冷や汗が出たよ。男は尻もちをついて、二人は何事もなかったように楽しく笑いあいながら歩いて行ったんだ」
ルークは珍しく真剣に聞いていた。そしてしばらく腕を組んで下を向き考えた。船長も少し怖がらせたと思い、声をかけようとしたその時、急にルークの伏せていた顔が上がって、
「いいね面白そうじゃん! 俺絶対にそいつら仲間にしてくるよ。ありがとう船長!」
礼を言ってルークはすぐに走っていった。船長も止めようと手を伸ばすが思いとどまって手を下げた。
「若いって最強だな。合格を祈ってるぜ兄ちゃんと仲間たち」
空を眺め風を感じ、彼も歩き出した。
そして現在、ずっと二人を探していたが、それらしき人物は見つからなかった。
「疲れた~。この船無駄にでかすぎるんだよ。しっかし、だいたい見回ったのに発見できないとかどこにいるんだよ~アリアーアリスー」
「リス、この人私たちの名前言ってるけど知り合いなの」
「ないと⋯思う。リアこそ⋯知らない⋯の」
突然後ろから声がして振り返ってみると、そこには探していた人物らしき人がいた。
「私も知らないんだけど。君、私たちに会ったことある?」
そう言って身を前に屈みこみ、息がかかるまで顔に近づけてきたリアと呼ばれた女がアリアである。金髪のツインテールで瞳は鮮やかな朱色、細長い剣を腰に携えて銀色の身軽な服を着ている。
「いっ、ちっ、ちかっ、近いよアリアさん。とりあえず離れて」
いつもなら夢見たこの状況に興奮するのだが、突然のことで慌ててしまっている自分が少し恥ずかしいと思った。
「おいおい、顔真っ赤にして君面白いね。ごめんね、一応知ってると思うけど私はアリア、そして彼女がアリス。私の仲間だ」
手を向けられて軽いお辞儀をした先ほどリスと呼ばれていた女がアリスである。彼女は腰の位置まである銀髪の髪に、薄い黄色を基調として首周りだけ緑色のローブで身を包み、瞳はライトブラウン、先端部に天使の羽が付いたような杖を持っていた。
「アリス⋯です。どうも」
「ところで君の名前を教えてほしいんだけど」
ルークは「ああ、ごめんごめん」と言いながら立ち上がって
「俺の名はルーク。いつか偉大なる魔導士になる男さ!」
(決まった)と、ダンスを交えての自己紹介に満足して二人の顔を見ると、まるで死んだ魚の目をしていた。
「そんな目で見ないでよ! せっかくかっこよく決まったと思ったのに」
「かっこいいとは思わないね」
「理解⋯不能」
ルークは心に突き刺さる二本の刃に耐え、本題に入った。
「あのさ、もし良かったら俺を仲間に加えて-」
言いかけた瞬間、脳裏に船長との会話を思い出し、手で口を塞いだ。
(そうだ。こいつらは仲間にしようと誘ってきた男を目の威圧だけで倒したんだったよな。しかも離れていた船長にもその感じが伝わったようだ。大丈夫か?確かにこいつらの仲間になりたい。けど、断られるのは怖い。⋯⋯ああ、本っ当に俺っていざって時にビビッて嫌な奴だな。)
ルークが途中で言葉を途切れさせたのを不思議に思った二人は互いに顔を合わせて笑い始めた〈アリスはあんまり笑っていないが〉。いきなり何度と思ったルークに
「いや君、ルークは面白いな。何かをしゃべるだけなのにそんな馬鹿みたいに考えて」
「意味⋯不明⋯思考⋯残念」
いきなり罵声を浴びられて若干の怒りがルークに芽生えた。
「真剣に考えて何が悪いんだよ。こっちはいろいろと考えて言おうとしてるのに」
「仲間に入れて欲しいって言うのがそんなに考え詰めることかね」
「!? な⋯⋯なんで」
「途中まで⋯言ってた⋯⋯なら⋯分析するの⋯簡単」
ルークは自分がしたことに後悔した。もっと慎重になってから話すべきだったと、もっと会話をして互いの距離が縮まってから話すべきだったと。あの男は威圧で済んだがもしかしたらそれでは済まないかもしれない可能性が無いとは限らない。
「⋯⋯ルークどうする、リス」
アリアがニヤニヤしながらアリスに聞いた。アリスはずっとルークを見ているが質問の答えは言わない。
(落ち着け。さっきまで割と仲が良い感じだったんだ。いい答えが返ってくるに決まってる。なのに何でアリスは答えないんだ。何で何で何で何で何で)
ルークはたまに極度の心配性になる。それが今起きている。原因は分かっていない。本来ならそこまで追いつめられるまで考えないが、何かの拍子でこうなるとあり得ない事まで考えてしまう。ルークは鋭い目でアリスを睨んでいると、彼女の口が開くのが見えた。そして、
「⋯⋯いいよ」
「へ?」
その言葉を聞いていつもの調子に戻り、脱力感で地面に膝をつけた。
「どうしたの?まさか私たちが断ってルークに攻撃すると思った」
大声で笑っているアリアを見て、本当に自分が考えていたことがどれほど失礼だったか改めて思った。
「でも少し前の男には殺すような勢いで睨んだって聞いたよ」
「あれはリスが嫌って言ったのにしつこいからお仕置きしてみたの。しかも殺すような勢いで睨んでないし。でもあれだね、リスに気に入られるなんて私以外にいないと思っていたのにね」
「彼の行動⋯意味不明⋯⋯だから⋯知りたい」
「こんな美少女に気に入られて幸せもんだね。まあこれからよろしくたの-」
ドカァァァァァァァーーン!!
突如、船の前部に何かが落ちるような音がした。
最近夏なのに涼しく感じます。クーラーをつけずに済むので電気代が浮いて助かります