さよならロクベエ (童話20)
ガチャン!
台所で大きな音がひびいた。
――ロクベエ、またやっちゃったな。
恵太郎がようすを見に行くと、思ったとおりお皿のカケラが床に飛び散っていた。
「ロクベエって、ほんとにドジなんだから」
「スミマセン。アトカタヅケ、スグニヤリマス」
「あたりまえだよ」
ロクベエの毎度のドジさかげんにあきれ、恵太郎はさっさと両親のいる居間にもどった。
「お皿、また割ってたよ。今日はこれで二度目なんだから」
「家事、これではまかせられないわ」
お母さんが顔をくもらせる。
「ねえ、まだ完全に治ってないのよ。もう一度、病院で検査を受けさせてみたら?」
ひと月ほど前も、ロクベエは調子が悪くなり、ロボット病院で治療していたのである。
「そうだな、あしたにでも行ってみるか」
お父さんは読んでいた雑誌を閉じた。
「だけど、もうダメかもしれんぞ。あのとき先生に言われたんだ。そう長くはもたないだろうってな」
「そうだったの」
「ずいぶん古いだろ。たとえよくなっても、またすぐに悪くなるんじゃないかな」
「それでは不便だわ」
「先生によく聞いてみるよ。もしダメなら、新しいロボットに買いかえなきゃあ」
「ロクベエはどうするの?」
恵太郎はおどろいて聞いた。
「引き取ってもらうことになるな。役に立たないロボットがいてもしょうがないじゃないか」
「じゃあ、そのときは……」
ロクベエがいなくなると思うと、恵太郎はなんだかいたたまれない気持ちになった。
お父さんが新型ロボットのカタログを取り出してきた。それからお母さんと二人で、カタログを見ながら楽しそうに相談を始めた。
――ロクベエ……。
とてもいっしょになって、恵太郎はカタログを見る気になれない。
いてもたってもおられず台所に行くと、ロクベエは掃除機になった足をせっせと動かしていた。
「ロクベエ、手伝おうか」
「危険デス」
カケラで足を切りますと言って、ロクベエは恵太郎を台所から押し出そうとする。
「あしたね、お父さんがロクベエを病院に連れていくんだって」
「ワタシハ、モウ、ナオリマセン」
「そんなの、わかんないじゃないか。このままじゃオマエ、買いかえられるんだぞ」
「デハ、オ別レニナルンデスネ」
「お別れだなんて。ちゃんと治療すれば、きっともとのようによくなるって。そうすりゃ、ずっとここにいられるんだからさあ」
「アリガトウ、恵太郎」
翌日、ロクベエは病院で検査を受けた。
「かなりの重症です。このままでは、次のロボット検査は不合格になるでしょうね」
先生から検査結果が伝えられた。
「そんなにひどかったとは。それで治療費はどれほどに?」
「新しいロボットを買う倍ほどですかね」
「そんなにですか?」
「多くの部品を取りかえることになるんですが、今どき、あのような旧型ロボットの部品は手に入りにくいんですよ」
「そうですか……」
お父さんはロクベエの治療をあきらめ、その足で帰りにロボットマーケットに立ち寄った。
その日の午後。
恵太郎が学校から帰ると、見知らぬロボットに出迎えられた。
「今日カラ、ココデ働クコトニナリマシタ。ヨロシクオネガイシマス」
「ロクベエー、ロクベエー」
新しいロボットには目もくれず、恵太郎は玄関から奥に向かって呼んだ。けれど、ロクベエの返事は返ってこなかった。
「お母さん、ロクベエは?」
「治療にいっぱいお金がかかるそうなの。それでこのさいだから、新しいロボットに買いかえたのよ」
「そんなあー。ねえ、ロクベエはどこなの?」
「ロクベエなら、このロボットマーケットに引き取ってもらったよ」
お父さんがパンフレットを見せる。
「そんなのひどいよ」
恵太郎はパンフレットをにぎりしめ、すぐさま家を飛び出したのだった。
「あのロボットなら解体工場に送ったよ。旧型ロボットはすぐに送ってしまうんだ」
ロボットマーケットの店員は説明してから、ロボット解体工場のある場所を教えてくれた。
恵太郎はその工場に向かって走った。
――ロクベエ、ロクベエ……。
走りながら心の中で、ロボット解体工場に着くまでロクベエの名前を呼び続けた。
工場の敷地には、たくさんのこわれたロボットが山積みにされていた。手や足がないのもあれば胴体だけしかないものもあった。
数台のロボットが敷地内を忙しそうに動きまわっている。ここで働いているロボットたちで、こわれたロボットを工場の中へと運びこんでいた。
恵太郎はロクベエを探して、工場の建物の中へと進み入った。
そこにはロボットたちの長い列があった。
みんな、解体される順番を待っているのだ。さらに解体作業をしているのもロボットだった。
「ロクベエー、ロクベエー」
大声で叫ぶと、列の真ん中あたり、ひとつのロボットが振り向いた。
ロクベエだ。
――ロクベエ!
ロクベエが小さく手を振る。けれどもそれは、サヨナラの合図の振り方だった。
――連れて帰らなきゃあ。
恵太郎はロボットの列に向かって走った。
「危ないぞー」
背後から従業員の声が聞こえる。
それにかまわず、恵太郎はロクベエに向かって走った。そして、やっとロクベエに会えた。
「ロクベエ、ゴメンよ。オレが病院に行けなんて言ったから。なあ、いっしょに帰ろう」
恵太郎はロクベエの腕をつかんだ。
「ソレハ、デキナイコトデス」
ロクベエが首を横にふる。
「どうしてだよ?」
「主人ノ命令デス」
恵太郎は思い出した。
重大な命令は、お父さんの命令に従うようにセットされていることを……。
あきらめるしかない。ロクベエにどうしてやることもできないのだ。
「ロクベエ、ゴメンな」
「気ニシナイデクダサイ。ワタシタチハ、最後はコウナルノデス」
「ゴメンな、ほんとにゴメンな」
「恵太郎ニ、コンナニ思ワレテ、ワタシハ、シアワセモノデス」
「ロクベエー」
恵太郎は思いきりロクベエに抱きついた。
「こら! 危ないじゃないか」
うしろを追ってきた従業員が、ロクベエから恵太郎を引き離した。それから腕をつかんで建物の外へと連れていく。
「ロクベエー、ロクベエー」
恵太郎は振り返りながら、何度も何度もロクベエの名前を呼び続けた。
ロボットの列の中……。
ロクベエの姿が小さくなっていく。