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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 松本が事件に関与していたのは明白だが、利用されていた、というのとは少し違った。

 小枝の取り分は、換金しにくい物品も含めて約八億円相当。それで二人はこれから一緒に暮らしてくつもりだったらしい。

 二人の関係はいつ頃から? と尋ねられて、小枝が入社してすぐからだった、と松本が自供している。つまりは、計画当初から、笹尾は小枝公認のカモフラージュ要員だったということだ。

 若い岡崎刑事が、病院へ聴取を兼ねた見舞いに来たとき、憤懣やるかたない様子で盛大に漏らしていった。イケメンにそうとう恨みがある言い方だった。


 それを聞いた竹本は狂ったように松本を罵った。病院の壁に怒りをぶつけて、こぶしから出血するほどに。梅本と岡崎刑事が押さえこみ、すぐさま同病院で手当てを受けていた。

 岡崎刑事から聞いたこの事実を、あらためて笹尾に伝える必要はない。金に目が眩んで、蝦夷松の計画に乗った松本……。小枝の色香に惑わされた松本……のままでいい。これは竹本の提案だった。

 内にある考えは違っていたが、わざわざ雑務を増やすことはないと思って、梅本は了承していた。


 二階のベランダ。地面は芝生。

 顔に傷をつけたくないという女性心理が働いた結果、頭部を守るような姿勢で落下した。笹尾は片腕に片膝、鎖骨に骨折を負っている。

 彼女が本気で死のうとしたのか。発作的なことで何も考えていなかったのか。

 梅本は冷たくも懐疑的(かいぎてき)な見方をしている。が、それを竹本に言うと、彼がまたおかしくなりそうなので、喉もとで止めてある。もうどっちでもいいことだ、と思う。

 竹本は、それからも足しげく見舞いに行っているようだった。


 彼女の両親と妹が病室に駆けつけて、ひと騒動あったらしい。

「帰って来い」「心配いらない」の応酬で、見ていられなかったと、美雪から連絡を貰った。

「一度死んだんだよ。生まれ変わったと思って」……云々。

 どこぞで使い回されたような竹本の台詞だが、今の笹尾の心には響いたらしい。彼のくだらない冗談にでも、笑みを返せるくらいになったと、また別の日に咲から電話があった。

 彼女の退院予定日は来週。

 しばらくは通院と、不便なギブス生活を余儀なくされることだろう――。



(おい、聞いて驚け。昨日、ついに俺もカンネスサービスに登録してきたんだぜ)

「マジかよ? 俺は今日、そこを辞めてきたぜ」

(えっ……。びっくりした)

 まったくもって偶然のことだ。

 その十日後には、かねてから聞いていたとおり、花川が寿(ことぶき)退職している。格段に朝が楽になったと羽根をのばしきっている彼女は、梅本のところへ寄ることが多くなっていた。

 その折、結婚指輪の話から、松コーポレーションの話題になって、梅本は事のあらましを花川に話した。

 花川は驚嘆し、しかし興味は尽きない様子。幾度も客として訪れたことがある、と言っていた花川。もしかしたら笹尾と顔見知りだったのかもしれない。



 蓋を開ければ、髪の(つな)と、白っぽい油の塊がこびり付いている。よほど長い間、汚水桝の清掃をサボっていた感じ。

 梅本が園芸用のスコップと、こし網、市指定のゴミ袋に新聞紙を手にして、それの除去に挑んでいた。

 訊くと、これはあの巨乳事務員に課せられている仕事だったらしいのだが……。


「なぁ、そこで見てるんだったら、手伝ってくんない?」

「い、嫌よ。なんか服に匂いが付きそうだもん」

 花川は鼻をつまむ仕草をして、二、三歩遠退いた。


 軽量鉄骨造で二階建て、十二戸のアパート。築年数は二十年。

 その一〇一号室が梅本の新しい住処となった。

 苦情処理なども含めた管理の一切を請け負う代わりに、家賃が免除される。陣内不動産所有の物件である。

 陣内が就職祝いだといって、壁紙とエアコンを新品にしてくれた。

 引っ越しの際には、車と男手をあてにして竹本に声をかけたのだが、多忙だと言われ断られている。致しかたなく、レンタカーで軽トラを借りた。どのみち、買い取ったマットレスなどは、シビックに載せられなかっただろうから、レンタカーで正解だ。


「部屋の鍵、開いてるけど」

「あそう。じゃあ私、ご飯の支度してるから」

 料理を苦手としている花川は、退職してすぐに教室へ通い始めている。そこで教わってきたメニューを、さっそく披露したくてしかたない様子。

「自分ちの台所が汚れるのは嫌」と、我儘極まれりな酷い理由で、梅本の部屋へやって来ては、鍋やフライパンを片っ端から焦がして、帰っていく。


 花川が梅本の部屋へ向かっているときに、聞きなれたシビックの改造マフラーの音がした。こちらへ来るようだ。竹本が電話もなしに来るのは珍しい。

 梅本は作業を中断して、ゴミ袋片手に出迎えた。


「よぉ梅本。お前、不動産屋に就職したって、マジ?」

 彼は運転席の窓を下げるなり、訊いた。視線は、梅本の後ろに立つ、花川に釘づけだ。どこかで会ったと思っているのか、たんに見惚れているのか……。

「ああ。桔梗院くんから聞いたのかよ」

 梅本の視線は、助手席へ向いている。彼の隣に乗っているのは笹尾だった。

 竹本は助手席を一瞥して、言い訳でもするように頭を掻いた。

「まぁその、付き合ってる、みたいなことになったんだ」

 笹尾が呼べば、いや呼ばなくても、竹本は彼女の手足に自ら進んでなりにいくだろう。しかし、笹尾の怪我が完治したとき、はたして彼女は……。

――利用されているだけじゃねぇのか? 

 梅本は邪な懸念を押し殺した。


「マジかよお前ら。――まぁその、元気になって良かったな、笹尾」

「梅本さん。いろいろと迷惑かけてごめんなさい……」

 梅本は微笑んで、顔の前で手を振った。

「それで、これからドライブデートかよ? あっ、そういえばお前、今週はずっと桔梗院くんとか一緒だって言ってなかったか?」

「あぁ、まぁな」

「ドタキャンしやがったな……」

「ちゃんと電話しといたぞ。そういうことをできるのが派遣だろ。まぁまぁ、今日くらいはいいじゃねぇか」


 梅本の背後で買い物袋がカサッと鳴った。

 ずいっと前に出てきた花川は、ギロリと竹本に睨みを利かせた。

 竹本が運転席でギョッとする。

「派遣をナメてんじゃねぇぞ、コノヤロウ! 今からでも行けや、チンカスがっ!」

 初めて聞く男の花川の怒声が、梅本の新居に響き渡った。



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