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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 駅の東口、ロータリー内。

「じゃぁ、がんばれよ」

 梅本はおざなりに言って車から降りた。

 ドアを閉める寸前に、竹本は蝦夷松部長から呼び出しをくらったときと同じ顔で、スッと片手をあげた。罵声を浴びるために行くのだから当然か。

――あいつのことだから、被害者面で悲哀を誘って上手く立ち回るのだろうな。


 シビックが改造マフラーを響かせて去った後、そこら中に隠れている蝉が一斉に鳴き出した。駅のロータリーを縁どるプラタナスの木々を震わすような大合唱だ。梅本は、うんざりといったふうに木を見上げた。周辺温度を感覚的に上げているのは、コイツらで間違いない。

 手で(ひさし)をつくり、ロータリーの向こう岸に目を向ける。こないだ陣内と行った喫茶店がある。あそこで朝飯を済ませてしまおうと思いつき、歩きながらポケットから千円札を抜き出して、手のひらでプレスする。車の往来が頻繁にあるので、横着せずに交番前を通ってぐるりと回り込んでいく。


 そうして、いざ喫茶店に着いてみると、店内は暗くドアにはcloseの木札が掛かっていた。

 時間が早すぎたかと、店内を覗きこむように顔を近づけてみる。まだ準備中というわけではなさそう。定休日なのか?

 しかたなく駅へと戻る梅本の横を、送迎の車が停車しては走り去っていった。

 ふと、自由行動なのが自分だけのような気がして、そこに一抹の寂しさを感じた。周囲をキョロキョロとしてみる。皆は背広を小脇に抱え、駅へと向かっている。

 通勤時間帯に駅にいる行為は、きっと胎教に悪い。妊娠していなくて……、男で良かった、と梅本は自嘲して、また歩き出した。

 そんなふうに思うのは、花川のことがあったからに違いない。


 

 二晩連続で泊まっていった彼女とは、いろんな話をした。プライベートでは一切関係しなかった二人が、これから一気に距離を縮めるように喋った。そのだいたいが、勝手気ままな派遣スタッフに対しての愚痴だったが、話題が彼女自身のことに触れたとき、梅本は驚愕することになる。


 花川に好意を持たれていることは明らかだ。呼ばれてもいないのに、わざわざ嫌いな奴の家に来て泊まっていく奴はいない。

 一昨日の晩、それで拒絶される心配が薄いことから、梅本は自信を持ってキスを交わし、おさわりに移行した。花川も抵抗を見せなかった。いや、むしろ積極的に腕を絡めてきた。

 そしてその折、梅本は彼女の股間に異物を発見した。何かの間違いだと、念入りに(まさぐ)ったが、やはりそれは立派な竿だった。こんなレベルの高いニューハーフは、テレビの中か、もっと都会にしか生息していないと思っていたので狼狽した。頭が真っ白になった。

 ちょっとした間の後、頭にふわっと浮かんだ映像は、学生時代に経験した罰ゲーム。互いにほっぺたをつねり合いながらの、野郎同士の接吻。そのときに梅本は知った。唇の感触だけなら、男も女もそう大して変わらない。やはり見た目。心の問題だと。


 すっかり凍りついてしまった梅本へ、お湯でもかけるかのように花川が言った。

「ま、そういうことなのよ。気づかなかった?」

 おどけて言うが、ともすれば泣き崩れそうな表情が、諸々の心情を語っていた。拒否されたなら、すぐにでもここから出ていくと、彼女の目がそう言っているように思えた。

 気持ち悪い。(だま)しやがって――。

 梅本の胸中にそんな言葉は浮かばなかった。


 人材派遣会社に登録するため、履歴書を持参してカンネスサービスの事務所へ行ったときに、梅本は初めて花川と出会った。簡単な面接だと言って、あれこれと質問してくる花川のことを綺麗な人だと思った。

 しかしそれから二年もの間、そこで止まっていた。ストーカー騒ぎが起こり、個人的に相談を受けた際にも、そこから発展するいうありがちなことはなかった。方々で媚を売り、自意識過剰な女というレッテルを後付けで貼り、それを理由にしていた。

……違うかも。本能が拒絶していたのではないだろうか。


 どう言っていいやもわからず、梅本は口を突き出して細かくうなずいた。

「な、なるほどな。そう来たか……」

 いかにも理解があると言わんばかりに、曖昧な表情でいた。

 すると花川は破顔した。パッと花が咲いたように笑って、体を離した。

――誤解させてしまったか?

 ノーマルな梅本にとって、花川との未来はない。それならあえてドンっと突き放し、帰れと怒鳴ったほうが良いのではないかと考え直した。多少、業務連絡のしづらさは残るだろうが、今なら、ただの派遣スタッフへ戻れる。


 ところが、そんな危惧は無駄に終わった。

 なんと彼女は、年内にもカンネスサービスの所長と結婚、寿(ことぶき)退社すると言うのだ。そもそも法的に結婚できるようになったのか、と疑問は残るが、養子として戸籍に入るという話を聞いたことがある。

 そんなことよりも、あの所長だ。

 もちろん、すべて知ってのことだろう。すべてを受け入れるというのか。

――所長、すげぇ! しかし、まったく気づかなかった……。


 松本と笹尾のこともそうだ。花川も笹尾も、相手に対しての不満を梅本に語っていたのだ。

「試験の勉強やってる?」

「ううん。全然やってない」を、真正直に信じる情報弱者。自身が安堵するために聞きたい言葉。

 人はそれぞれに垣根を設けている。その内にいる者たちだけで、それぞれにこっそりとどこかへ進んでいるのだ。当然、外にいる梅本に一々報せる必要はない。


 仲間外れの疎外感にチェッと舌打ちをした。それも梅本の中だけのこと。

 それよりも襲われる心配がないとわかった時点で、警戒を解いた。友人くらいの距離を保持できるなら、是非、花川の垣根を飛び越えて中へ入りたいと思った。ここで話していることこそが、彼女から了解を得た証だった。

 梅本でも性同一性障害というのは聞いたことがある。心と体の性が、生まれつき合っていないというものだ。

 花川の場合、体も女性であるべきなので、長年悩んだあげく手術に踏み切ったそうだ。


 すっかり彼女からの信用を得たと感じた梅本は、興味から大胆に踏み込んで訊いた。それならば、なぜにの竿残し……男性のシンボルである竿は、彼女にとって、いの一番に除去されるべき忌物ではないのか? 経済的な理由か? 工事途中なのか?

 彼女は顔を少し紅潮させてシンプルに答えた。


「これが付いたままだから需要があるの。そうじゃなかったら、最初から普通の女を求めるわよ」

 今が最終形態だと言った。

――何だその理由は……理解不能だ。

 梅本は所長の仏頂面を思い浮かべて、首を捻った。

「ふ~ん、そんなもんかねぇ。――で、結婚前に他の男の所へ泊まってくってのは、どうなんだよ?」

「だって今しか遊べないもの。もちろん内緒にしといてよね」


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