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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 7

 テナントビルを出て右へ。アパートまでは、ここから歩いて三十分と少し。

 あいかわらず気は晴れないが、明日からはまた休みということで、気は楽だ。気温もだいぶ下がっている。ぶらぶらと歩いて帰るにはちょうどいいぐらいだった。


 梅本が何気に左右へ視線を走らせ、ため息をついて歩き出すと、テナントビルに隣接する駐車場から白色の軽自動車が出てきた。車は歩道をまたいで一旦停止。その車が梅本の行く手を塞いでいる形になっているので、さっさと行けよ、と思っていると、運転手が向こうから屋根の上へひょっこりと顔を出した。


「あ、梅本さん、歩きなの? ――駅方面だったら乗せてってあげるよ」花川だ。

「いや、俺、そっち」

 腕をあげて、駅とは反対の方を指した。

「そうなの? まぁそれでも送ってってあげるわよ」

 そう言われると断わる理由はない。

 梅本は周辺に目をやってから、振り返って事務所の窓を見上げた。それは所長の席の背後になる窓で、今はブラインドカーテンがきっちりと閉じられている。

 彼が花川と二人きりになることに気を遣うのは、社員や派遣スタッフの間に、つまらない噂を立てられたくないからに他ならない。それほど花川の人気は絶大なのである。それを花川自身はわかっているに違いない、と梅本は思っていた。周囲からちやほやされるのが好きな女なのだ、と。


 梅本は助手席のドアをさっと開けて、さっと乗り込んだ。

 花川の愛車はスズキのアルトワークスだった。女性に対する偏見でしかないが、意外に思ったのはマニュアル車だったからだ。

 車は、中央分離帯があるので一旦駅方面へ向かい、その切れ目でUターンする。花川の、シフトを操る指のしなやかさに、梅本は軽く見惚れていた。


「梅本さん、あの可愛い感じのバイクは?」

「あぁエイプ? 先週、パクられた」

「えぇマジで?」

 彼女はチラッと梅本を見て、すぐ前を向いた。

「うん。しかも自宅前で。朝起きたらなかったんだ」

「なにそれ、ショッキング」


 ある時期あの地区では、自転車やバイクの盗難が頻発していた。

 梅本のアパートも御多分に漏れず、何台かやられたらしい。それでスチール製の駐輪パイプが新たに設置されることになった。十か月ほど前のことだ。

 設置された当初こそ、住民は喜んで駐輪パイプと前輪を、頑丈なチェーンで結んだ。が、のど元すぎれば何とやらで、また防犯意識は薄まっていった。

 梅本のところは、元々駐輪場の立地に問題がある。車両が混んでいるときにチェーンをかけるには、前に蓋のない側溝があるので、それをまたぐ恰好のまま、しゃがまなければならなかった。一度、おばさんがスカート姿でロックをかけている場面に出くわして、笑ったことがある。側溝で用を足しているように見えたのだ。

 部屋から出てきて、パッと乗って、サッと発進。梅本はエイプのそんな手軽さを気に入っていただけに、バイクのハンドルロックだけに頼ることが多かった。二人もいればちょいと持ち去ることができるバイクだっただけに、迂闊だったとしか言いようがない。


「今頃バラバラにされて、二束三文で売り飛ばされているんでしょうね……」

 花川はときに憎まれ口を叩く。もちろん、言う相手は選んでいるのだろうが。

 可愛い私は少々のことなら許される、と彼女は考えているのでは……。梅本はそう推測している。

「そういうことを言うなよな。――あ、次の信号を左ね」


 花川が、腹が空いたと言うので、二人はコンビニへ寄った。

 互いに独り暮らしだという話はしたことがある。待ち伏せ事件の相談を受けたときだ。だからといって、梅本は彼女を部屋へ招いてみようとは思わない。反対に招かれたこともない。歳が同じで話が合う。それは確かだが、触手が反応しないというか、なぜかそういう気持ちにならないのだ。それを梅本は、彼女が単に好みのタイプではない、と結論づけていた。


 彼女は菓子パンばかり五つも買っていた。

 自炊しないの? こんな時間から? そのへんはあえて言葉にしなくてもいいことだ、と思った。


「もうすぐそこだから、ここからは歩いて帰るよ」

「ふ~ん。そうなの? それじゃここで。おやすみなさい」

 花川はあっさりとしたものだ。(五つも一人で食べるわけないじゃない。梅本さんの分も買ったんだから……今から梅本さんちに行くよー。ワインも買ったよー)とはならないようだ。

「うん。おやすみ。送ってくれてありがとう。だいぶ楽ができた」


 アルトワークスがコンビニの駐車場からゆっくりと出ていく。道路へ出てからの排気音と加速はなかなか凄かった。

 梅本はスマホを取り出した。動画で撮ってやろうと思ったのだ。

 しかし花川は、スマホのカメラアプリが起動するよりも速かった。


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