表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
就業ルイン  作者: ゆぞぅ
48/96

 48


――俺は班長でも何でもないんだけどね。


 梅本からすれば、所詮俺たちは同じ派遣スタッフであり、そこには上も下もない。給料だって変わらないはずだし、同列でひと(くく)り。

 ところが、彼らからは、おそらくこの中でも梅本が最年長だろうことから、それなりに気を遣っている感じがする。言葉遣いなんかがそうだ。若いつもりでいても、二十代前半の者から見ると、やはり三十の梅本はおっさんなのだ。

 梅本はハッと短い息を吐いた。


「もう二時間もすれば終わるんだし、無に徹して、与えられた命令のままに動いていたらいいだろ」

 あきらかに疲労困憊(こんぱい)中の梅本がこう言うと、運搬組は呆けるだろう。実際、ハト胸くんは拍子抜けしたような顔をしている。が、すぐに懸念の色が浮かぶ。

 一触即発の状況を何とかしようと思って口走ったにすぎないが、これだとどっちの味方かわからないし、運搬組の反感を買う。最初に突っかかっていった奴は、憮然とした表情を崩していない。

「でも、こいつら……」

 梅本は、花川を真似て手首を振り振り、遮った。


「今からちょっと行って、俺から植木さんに言ってみるよ。(面倒くせぇ)社員さんも見ていることだし(たぶん見てねぇよ)事情は伝わると思う。(無理かもね)俺らは体が資本だろ。(健康第一だぜ)つまらないことで怪我でもしたら、収入がゼロになるって。(バイクにも乗れなくなるしね)怪我させても、損をするのが現実ってもんだしな(ここらで納得してくれよな)」

 梅本は重い足取りで階段を上がっていった。

――お~い、一緒に行きますって誰か手をあげろよ!


(運搬組からだいぶ不満が出ています。険悪な雰囲気が漂っているので、カンネスサービスの私、梅本が代表として云々……。いえいえ、私はどっちだっていいんですけどね。えへへ)とでも言っておこうか。一つの提案もなしに、ただ何とかしてくれでは、こちらの覚えが悪くなるんじゃないのか……。


 そんなことを考えながら二階へ上がると、中央付近で総括と、植木らカブラギの社員たち数名が歓談していた。梅本はその輪の外から声をかけ、やんわりと事情を伝えた。

 社員らはそれを他人事のように、ときに苦笑し、聞いていた。その目が、下々の派遣風情が一端(いっぱし)のこと言うもんだね、と言っているようだった。


 結局のところ、班ごとにいる社員たちが状況を見ながら運搬組へ助っ人を出す、ということになり、梅本らの意見は聞き入れられた。

 しかし、それで双方丸く収まるかというと……そうでもない。

 睨み合った六人は終始険悪なままだったし、それは社員の目にも留まるほどだった。これは、名前と社名をチェックされたに違いない。

 これ以上は知るところではないと思った。帰りにでも三対三で存分に殴り合ってくれたら結構だ。

 とにかくそれ以降、助っ人がバラバラとやって来ては、大小問わず運んでいった。元の運搬組の作業は格段に楽になった。

 それでも、序盤からペース配分を間違えていた桔梗院は、ここにきて息が上がっている。最新式の冷蔵庫を運搬しながら、梅本は反対側を押している桔梗院を気にかけた。


「こういうのも怪我の功名っていうのか? いろいろ不満を言ってみるのも、あながち間違ってないよな」

「童貞じゃあるまいし……穴は間違えませんよ……」

 だいぶ疲れているのか、耳まで遠くなっているようだった。


 こうして作業はぎすぎすとした中で進み、十七時十分前に集合がかかった。

 簡単な終礼があった後、ゼッケンを返却し、各々の伝票に植木の印鑑が捺されていく。

 

「俺、速攻で事務所に寄らないといけないから、先に行きます」

 ヒョロ長い桔梗院の体が、前のめりにカーブを描いている。

「おう、おつかれ」

「梅本さんは?」

「俺はまっすぐ帰るよ」

「そっすか。んじゃお先です」

 彼は軍手を尻のポケットに差し込んでトボトボと帰っていった。


 梅本がサインを貰って、荷物置き場へ向かうと、女性二人が彼の左右に寄り添った。

「へえ、時間を書くところが、そっちのは大きいんですね」

 とくに不思議というわけでもないが、他社の伝票はそれぞれに様式が違う。合同現場が初めての者は、ピクリとそこに興味を示すのだ。

「へ? まぁそうだね」

「梅本さん、明日もよろしくお願いします」

「いや俺、今日だけなんだよね」

「えぇそうなんですかぁ」

「明日はどちらに行かれるんですか?」

 黒い子と白い子が交互に喋る。

 どこかの時点で株を上げたらしいことは、彼女らの好意的な顔付きでわかる。桔梗院ならこのチャンスを生かして、食事やカラオケに誘ったりするのかもしれない。

 ただ、久しくこういうことがなかった梅本は、懐疑的になっていた。彼女らはどこの現場でも、毎回こうしてカモを物色し、帰り際に晩飯を(たか)っているのではないだろうか。


「まだ決まってないんだよ。金もないし、何とかしないとね」

「へえ……」

 梅本はリュックをちょいとすくい上げ、伝票を放り込んだ。

「これからどうされるんですか?」

 やはり誘われているのかもしれなかった。

「いやもう、とにかくシャワーを浴びて、すぐにでも布団でひっくり返りたいんだよね」

 色白でぽっちゃりとしているほうが、なぜか少し顔を赤らめる。

「梅本さんたち、走り通しでしたもんね」と、色黒で肩幅の広い女。

「ほんと今日は疲れたよ。――また、どこかの合同現場で一緒になったらよろしくね。それじゃおつかれ」

 さっさと梅本は止まっているエスカレーターを下っていった。

 背後で彼女らの声がしている。

 疲労物質が梅本の心から冒険する余裕を奪っていた。


 梅本は彼女らに宣言した通り、どこにも寄らずに帰宅して真っ先にシャワーを浴びた。

 膝の外側、(けん)のあたりに違和感がある。足の裏が過敏になっていて、裸足で床を踏むたびにジンジンしている。回復するには何を置いても、まずは飯だ。

 タオルを頭に載せた恰好で冷蔵庫を覗きこんだ。

 今この時点で、明日は仕事の依頼があっても断ろうと思っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ