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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 仕事上のご挨拶で来ていた花川は、脱落者が出たことを知っていた。

 それで、もう散々聞かされたので繰り返さないでよと言わんばかりに、桔梗院の愚痴を、手首をくねらせることで遮った。周囲をキョロキョロと見回し、梅本たちへ顔を寄せる。


「うちからの六人は、全員元気ね。フフッ優秀だわ」

 声をひそめて言う。そして細かくうなずき、ニヤリと八重歯を見せる。

 担当者に挨拶したとき、何かしら優越感を煽られるようなことを言われたのかもしれない。

 梅本が手をあげた。「俺、昼から倒れる予定」

「ちょっとやめてよね」

 花川は睨みつけながらも、冗談だと受け流している。

 それじゃがんばって、と両手をニギニギさせて満面の笑みを浮かべた。さっさと帰ろうとしている。

 桔梗院はその仕草を可愛いと思った。

 梅本は、アンタもう三十だろ、と思った。


「俺、今日の帰りに事務所に寄りますから、行くまで絶対に金庫を閉めないでくださいよ」

 その言い方で桔梗院が金欠だと周囲に知れた。



 梅本と桔梗院が階段を上がっていくと、周囲で休んでいた者たちが、一人また一人と立ち上がった。午後の始まりである。


「――それではぁ午前に引き続きぃよろしくお願いします。作業を開始してくだぁさい」

 植木の号令で、それぞれが午前中の場所へ散っていく。

 梅本がざっと見渡したところ、四十人くらいはいる。カブラギの社員を増員したのか、派遣の補充が行われたのか、さっぱりわからない。

 カンネスサービスの班が受け持っていた箇所は、什器の設置が終わっていた。後は商品を陳列してくだけなので、体力仕事の時間は乗り越えたことになる。ところが予想していた通り……遅れている班の手伝いに駆りだされることになった。

 それなら、午前中にがんばった班のほうが損ではないか。

 面と向かって、そう抗議する者はカンネスサービスから出なかったが、梅本を含め六人の表情が、それぞれに渋くなった。

 そして悪いことに、商品を陳列する段になると、班の再編成が行われた。各班についていた社員の独断で、ひたすら商品を運ぶだけという係が選定されることになった。


 ワゴン車や台車を押して、倉庫から指定の位置までを走る走る。まるで飛脚みたいな役どころだ。とっさにヘトヘトな表情を作り、その選定から逃れようとした者は、梅本だけではないはずだ。二人減って四人になった女性たちは、自分たちが選ばれるはずはない、と端から余裕綽々(しゃくしゃく)の表情だった。


 そして梅本のすぐ横に立っていた胸板の分厚い男が、いの一番に連行されていった。

「いや俺、ただのハト胸なんすけど……」

 彼の断末魔に笑いが起きる。

 パッと見で、一番ノッポの桔梗院も選ばれた。彼は呼ばれた瞬間に梅本と視線を交わし、トホホと口を尖らせる。

 それから数人が呼ばれ、植木の横でひと塊になっている。こうして見ると、なるほど皆、たしかに体躯がいい。梅本は少し膝を曲げて、五センチほど縮んだ。


「……六、八、十……後一人くらい欲しいな。えっとじゃあ、そこの、え~梅本さん、頼みます。――はい、それでは各自お願いぃします」パンッパンッと手が打ち鳴らされる。

 桔梗院がニヤリとした意味はわからない。



「梅本さんって明日も来るんすか?」

「いや、今日、一日、だけ。ここって、明日も、やるの?」

「今日が初日で、三日間らしいっすよ」

「へえ」

 ワゴンを押し、並んで走っていた二人が別れる。また小走りで倉庫へもどると、そこで合流する。

「――次、この台車、Aの十六へ」

「はい!」

 近い場所は往復する回数が増えるだけだ。冷蔵庫やマッサージチェアといった大物のほうが、一人ではないし走らなくていいぶん、楽だった。

 倉庫にはまだかなりの在庫が控えている。そのすべてを出して陳列するわけではないと知っているが、ゴールが見えない中でのマラソンは、足腰に労わる言葉をかけてやれない。桔梗院によると三日間あるらしいから、今日のところは時間が来ればそこまでだろう。


 梅本の後ろから走ってきた奴が、しきりに腕時計を見ていた。彼も三時の小休憩を意識しているようだった。

「なぁ、今何時?」

「三時五分前っす」

 小物のワゴン車なら後一回運べばいいくらいか……。

 そう思ったときに、倉庫の出入り口でカブラギの社員が声を張った。


「はい、一旦ここで休憩にしましょう! 運搬組は今からそれぞれ二十分取ってください!」

 今まさにテレビを運び出そうとしていた桔梗院が、フーッと息を噴き上げた。

「あ、きみはそれを運んじゃってから休憩にして」

 桔梗院がガックリと肩を落とし、蛇行しながら倉庫から出ていく。梅本と腕時計の彼は、うなずき合うと密かな笑みを漏らした。


 一階のトイレから顔を洗って出ていくと「おつかれさまっす」と声がかかる。他社の知らない奴だが、運搬組には、汗の量に比例して仲間意識が芽生えつつあった。

 桔梗院も一階に下りてきていた。立ったままで、ペットボトルの水をがぶ飲みしている。


「冷房、入れてくれたみたいっすね」

 彼が立ったままなのは、ちょうど冷風が顔に当たる位置だったからだ。

「誰かが倒れてくれたおかげだろ」他社の知らない奴が言う。

「たぶん、そっすね」と桔梗院。

 そっちはいい仕事がある?

 どこも同じようなもんだろ。

 可愛い女はいる?

 昼にアンタらが喋っていたエロそうな女は誰?

 そんな情報交換が、あちこちでブツブツと騒めきになっていた。


 そのうちに陳列組の連中も下りてきて、トイレの周りにちょっとした混雑ができた。陳列組に汗を掻いている者は見当たらない。四人の女たちも昼休憩のときよりは元気を取り戻し、特有の甲高い声でお喋りしながら、トイレに入っていった。

 そして、もう五分ほどでラストスパートの始まり、というときになって、怒鳴り声があがった。


「手待ちができるくらいなら、お前らが取りに来ればいいだろ!」

 一瞬、一階が静まりかえった。が、すぐに何だ何だと騒めきだす。

「あ? だって俺ら、並べる役だし」

「それでもよ。並べる物がなくなったら、ちょっとでも手伝いに来いよ!」

「そんなの、運ぶ役のお前らが、もっとがんばればいいだけじゃねぇの?」

 その言葉に運搬組の何人かが反応した。

 かかわりたくないと思う者たちが、こっそりと階段を上がっていく。

 立って睨み合う者たちは三対三になっていた。

「え~なになに?」と女たちも聖域から出てくる。

「こっちはずっと走り回ってんだよ」と、横からハト胸の男。

「知らねぇよ、そんなことは。ここの社員に言えよ!」


 桔梗院が「どうします?」と、梅本を見た。

「イベント会場んときと同じようになってきましたね」――どこか嬉しそうだ。

 そういえば、イベント会場の設置でも、仕事も後半に差し掛かるという頃になって騒動が起こった。売り言葉に買い言葉で始まった小競り合いだった。

 梅本の記憶では、あのときに先頭に立って煽っていたのは、いま横にいる桔梗院だ。

「面倒くさいよ」

「ん……ま、そっすね」

 あのときの騒乱に梅本が巻き込まれたとき、桔梗院はすでに無傷でフェードアウトしていた。そういう奴なのだ。桔梗院に乗っかってはいけない。

 そのとき、中心でがんばっていた運搬組の同志が、急に梅本を名指しした。


「梅本さんも、何か言ってやってくださいよ!」

 年長者のありがたい意見を聞きたいらしい。

――おい、こっちへ回すなよ。

 もちろん、桔梗院は口に手をあてて含み笑いを漏らす。


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