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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
45/96

 電


 突貫工事で改装された駅近くの家電屋ビルは、今週末のリニューアルオープンを大々的に(うた)っていた。

(カブラギ電気)は、この地域の住民なら誰でも一度は利用したことがあるような電気屋だ。ちなみに梅本も、この店のポイントカードを持っている。そこから鬱陶(うっとう)しいほどにダイレクトメールが届くので、店舗改装のことは前々から知っていた。

 もちろん、まさか自分がそこで仕事をすることになるとは思っていなかった。それは梅本がまだ、仕事は誰かから与えてもらうものだ、と考えているからに他ならない。

 身近な例でいうと、各派遣会社の営業さんたちは、そんなところには必ず人手がいるはずだ、と早くから狙って連日営業をかけていたはずだし、それで実際に三十名分の仕事を獲得している。街の変化に感心がない者は、多少なりともビジネスチャンスを逃していることになる。


 梅本は指示器を点滅させ、車列の切れ目を待っていた。

 目の前に建つ家電屋ビルは、ずっと張られていた建設工事用の垂直ネットが取り外されていた。屋上の大型看板も新しくなっている。外観はすっかり仕上がっているといった感じだ。

 道路に面した来客用自転車置き場にはチェーンが掛けられていたので、梅本はゲートをくぐり、駐車場へ進入していった。商品を搬入するトラックや関係業者で、さぞかしごった返しているだろうと予想していたが、意外にも駐車場はガラガラだった。どこにでも停められそうだ。


 店の出入り口付近で(たむろ)している若い男女から注目を浴びながら、その近くの太い柱の横枠に停めた。

 あれが今日集められた派遣の連中だろう。梅本が最後といってもいいくらいの人数が、三々五々に集まっていた。

 その集団の中から、以前ここでテレビを買ったときに会ったことがあるような、ないような男が出てきて、言った。


「おたく、派遣の人?」

 その男の胸ポケットに(カブラギ電気)の刺繍(ししゅう)がある。首からぶら下がるネームプレートには(植木 保(うえき たもつ))とあった。

「そうです。おはようございます。カンネスサービスの梅本です」

「カンネスの……梅本、梅本……あぁ、あった」

 バインダーの用紙をめくり、梅本の名前を見つけてチェックを入れる。出欠を取っているようだ。

「バイクはそこに止めてもらってかまわないけど、メットとか私物は、自分でちゃんと管理してよ」

「はい」

「えっとそれで、八時ちょうどになったら二階へ上がってもらうんだけど、それまではここらへんにいてくれたらいいから」

 梅本はうなずいて、メットをホルダーに掛けてロックした。

 植木がバイクのナンバーを控えて戻っていった。代わって声をかけてきたのは、派遣事務所でも声をかけてきた、ひょろりと長身の男だ。


「ちわっす。また一緒っすね~」

 彼は耳たぶと小鼻に穴が()いている。その穴から穴へと渡していた顔の鎖は、当然外されていた。

「よお」梅本は片手で挨拶した。「うちから六人って聞いてんだけど、知ってる人いる?」

 イベントの設営で、彼と一緒になったときのことは、あの後思い出していた。見た目と違って、きびきびと働く姿が印象深い奴だった。が、どうにも彼の名前が出てこない。


「いやぁ、どいつが同じ派遣かもわからないっすね」

「そっか」

 居並ぶ顔をサッと見渡した。梅本も、その中に知った顔はなかった。

 目に留まったのは、六人で固まってワイワイとやっている女性たちだ。梅本の視線を追ってか、鎖の彼が「あの子らは全員、A社かららしいっすよ」と言った。

「ふ~ん」

――事情聴取済みか。


 募集人員に男女問わずとあっても、必ずしも楽な作業だとは限らない。適材適所という曖昧な言葉で、体格のいい男は力仕事へ回される。この場合、時給に差がつかないので、そこへ配属された男から不満がもれる。そして、そんなことで愚痴を吐く男は確実に女からはモテない。


「え~それでは派遣の方、こちらへ集まってくだぁさい。――なにぶん大人数で顔と名前が一致しないので、二階へ上がったら、胸にゼッケンをつけてもらいぃます。各々で、それに社名と名前を書いてくだぁさい」

「始めるってさ。んじゃ、行こうか」

「そっすね。あぁ、ゼッケンかぁ……ちょっと恰好わりぃなぁ」


 昇り専用のエスカレーターは作動していない。気持ち悪いほどなだらかな階段を上がり、千五百平米はあろうかという、何もない空間を目の当たりにして、どよめきが起こる。

 指定された場所へ手荷物を置くと、用意されていた布切れと安全ピンを手に取って、マジックペンの順番待ちをする。

 ゼッケンといえば、横長に使うものだと思い込んでいた梅本は、鎖の彼が縦長に留めているのを見て、心中ひそかに喜んだ。ゼッケンには(カンネスー桔梗院)(ききょういん)とある。


「桔梗院って、それ本名なの?」

 つまらないことを、つい口に出していた。こんな苗字を忘れるわけがない。前に一緒になったときは、やはり一度も聞いていなかったのだ。

「よく何て読むのって訊かれるんすけどね」

 梅本は中学生のときに、暴走族からカツアゲされたことがあった。特攻服に桔梗院連合と刺繍(ししゅう)されていて、地元では有名なチームだった。なので、読めるし、書ける。


「集合してくだぁさい。それでは作業の説明をしぃます」

 語尾を変なところで伸ばす植木が、両手をバタバタさせ、皆を呼んでいる。


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