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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 ガムテープの盛り上がっている箇所を指でなぞると、硬い感触がある。中に何か入っているのだ。

 テープは爪を立てなくても端が少しめくれていて、指でつまむことができた。難なく、ペリペリと剥がしていく。

 そしてテープにくっついてきたのは、普通によくある銀色の鍵だった。小さな金属プレートのキーホルダーがついていて、そこに番号がふってある。番号札がついていることから、同じような容れ物が並ぶロッカーを想像した。


 子供たちの間で、宝探しのような遊びが流行っているのだろうか? 上を見ろ、どこどこを探せ、といった指令書が行く先々にあって、最後にはお宝にたどり着けるとかいうやつだ。

……いや、やっぱり怪しい取引の場面を想像せずにはいられない。

 大人になると、危うきものに近づかないという知恵がついてくるものだが、さて……。

 こんな所に貼りつけてある鍵に、時間を持て余している梅本が、興味を抱かないわけがない。

 元に戻しておいて、誰かが取り来るのを見張るというのはどうだろう、とも考えた。

 いつ来るかわからない奴を延々と待ってはいるわけにはいかない。

 警察へこの電話ボックスのことを、匿名ででも通報すれば、面白いことになるかもしれない。

 それには、自分の指紋がべったりとついた、テープを替えておかなければいけないだろう……などと空想した。

 と、鍵の処遇について思考を巡らせているとき、突然に電話ボックスの扉がノックされた。

 梅本の肩がビクッと跳ねる。慌てて手の中にガムテープごと鍵を握り込んだ。――もう取りに来たのか! 顔を見られるのはマズい、と思った。


 恐々と横目で見上げていくと、ジャージ姿で首にタオルをかけた年配の女性が、心配そうな顔でボックス内を覗きこんでいる。


「大丈夫? 気分でも悪いの?」女性が声をかけてくる。

 どう見ても、ただのウォーキング中のおばさんだった。

 梅本はホッと胸をなで下ろした。背の壁を押して立ち上がり、キュイッと音を鳴らして、ボックスから出ていった。

「いえ、何でもないです。ちょっと立ちくらみがして……」

「そうお? なんか汗が凄いわよ」

 それは単に電話ボックス内が暑かったからだ。

「はい、本当に大丈夫ですから」

 梅本は女性に会釈して立ち去った。


 そうして、ロータリーの端まで歩いて、アッと立ち止まった。

――交番にスマホを取りに行くんだった。帰ろうとしてどうする。


 振り返ると、もうジャージのおばさんは見えなった。途端に胸が騒めき立った。一見して普通のおばさんに見える人が、逆に怪しいのではないだろうか、と思ったからだ。ボックス内で鍵を探しているんじゃないだろうか? あいにくと電話ボックスは樹木が邪魔で見えない。

 指定された時間に、その場所へ行くと、見知らぬ男がしゃがんでいたのだ。そして鍵がなくなっている。……自分が疑われないわけがない。鍵を横取りされたと知ったおばさんは、それからどうするだろう?

 梅本は周囲を見渡しながら、ロータリーを横切り、中央のバス停留所の島へ渡った。

 運行掲示板を盾にするようにして、そっと電話ボックスを見やる。ボックス内は暗くない。ここからでも全体がよく見えた。

 そして、べつに誰もいなかった。――気の()みすぎか。


 少しホッとした梅本は、そこから横断歩道に沿って駅へと向かい、端にある交番まで歩いていってドアを開けた。

 もし、どこからか見張られているとしたら……梅本が怪しい鍵を交番に届け出た、と考えるのではないだろうか。とりあえず今夜の取引き(そんなものがあるのなら)は中止になるはずだ、と勝手に想像していた。



 その後、梅本はスマホを受け取って家路に就いた。

 スマホは銀行のATMの上にちょんと載っていたらしい。もちろん身に覚えはないが、高々三十万を手にして舞い上がっていたのだろうか、と情けなくなる。

 さっそく着信履歴を見てみると、カンネスサービスからの着信が二件。しかし折り返すのは止めておく。明日は新しいバイクでウロチョロしよう、と決めているからだ。

 それと、知らない番号が一件。時間的に考えて、これは隣の田井中だ。見つかった、と報告しておくべきだろうか? 伝えて、ひと言礼を言いたい気分だった。


「もしもし、田井中さんですか? 隣の梅本です。先ほどはすんませんでした。スマホ、交番に届いてました。どうもお騒がせした」

(あ、そう。よかったね)

 もっと喜んでくれよ、と思うのは勝手な話で、梅本の中にも何かスッと冷めるものがある。


 帰りは尾行されることを念頭においての遠回り。途中、滅多に利用することのないコンビニに入って、雑誌コーナーから周囲を警戒し、そこから出てまた歩くと、今度は腹が減ってきたので、入ったことのない小料理屋へ寄った。

 そうして店を出る頃には、とっく警戒を解いていたし、この妄想を楽しむ余裕すらあった。道すがら、ポケットの中にへばり付いたガムテープの塊を取り出して、鍵からきれいに剥がしながら歩いた。

 時刻は九時五十分。

 汗を掻いたからか、今は涼しすぎるくらいだと感じている。雲が厚く、月がどこにあるのかまったくわからなかった。それでも明日は晴れてくれないと困るのだ。スマホで天気予報を見た。


 梅本がようやくアパートに着いたとき、横手方向から呼び止められた。向かいにある一軒家の庭先からだった。

 振り向くとそこに光る目があり、猫が軽い足取りで寄ってくる。最初の一声で、ベッカムだとわかるようになっていることに、今さら驚きはない。


「お前がこのドアから入るのって、初めてじゃないか?」

 ベッカムが短く鳴いた。

(そうかもな。そんなことより、さっさとドアを開けろよ。あっ、とりあえずお帰り~と言ってやるよ。それにしても遅かったな。どこまでスマホを探しに行ってたんだよ? まぁ見つかって良かったじゃないか。……で、ほら例の鍵、それどうするつもりだよ?)

 と言っているような気がした。

 ベッカムの短い発声と、尺がまったく合っていないので、梅本の誤訳に違いないが……。


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