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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 3


「梅本さん、昼飯はどうするつもり?」

 梅本は梶について手洗いへ行った。

「近くのコンビニで弁当でも買ってこようかと思ってます」

「それだったら、食券を一枚あげるから、二階の社員食堂で食っていきなよ」

 梶は、手の水滴を拭い、ごそごそと財布から食券の綴りを抜き出して言う。

「昼からもよろしくってことで、今日の昼くらいは奢ってあげるよ」

「ふふ、ありがとうございます」

 最近仕事がなかったので、節約しなければと思っていたところだ。じつは今日の昼飯もカロリーメイトブロック二本で済まそうと持ってきていた。

「食券は社員しか購入できないことになっているけど、総務に束で置いてあるから。明日以降も利用するなら、私に言ってよ。三百五十円であのボリュームは、お得だと思うよ」

「そうなんですか。いやぁ助かります」


 社員食堂はエレベーターを降りて二階の突き当たり。長テーブルが六つあり、それぞれに十人ほどが座ることができる。このオフィスで働く人が一斉にここで食事をするというわけにはいかないようだ。

 梅本は梶に倣ってトレイと箸を取り列に並んだ。並ばずに席を探す人がいる。弁当持参組みだ。先ほどチラリと見えたオフィス内でも弁当を食べている人が見えた。ようするに、自分のデスクだろうと、どこで摂っても良いのだろう。


 大方の人が白いワイシャツ姿という中にあって、梅本の紺の作業着は浮いていた。梶が喋りかけてくれていなければ、完全な部外者扱いで他から疎まれたかもしれないとさえ思う。実際には誰も気にしていないし、ただ目立つので一瞥していくにすぎなかったが……。

 梅本は食事行為に重きをおきながら、明日からはワイシャツにネクタイを着用しようと思った。

 そして早々に食べ終わり、茶を飲みながら梶を待っていたところへ、やいのやいのと高い声が聞こえてきた。OLさんの小グループが数組いる。

 食堂がパッと華やいだ。

 そう感じたのはおそらく梅本だけではないだろうが、感じ方は他の誰より一段上だったはず。女性が共に働く、そんな普通の仕事場へ派遣されることが、ずっとなかったことを梅本はあらためて思い気づかされた。

 その内の一人がこちらを指差している。了解とばかりにうなずいたのは、すぐ後ろにいた女性一人。

 梅本は緊張した……。

 彼女らの印象を尋ねれば、十人中おそらく九人以上が、まずは美人だと答える。スタイルがいいと言う。細面に切れ長の目。好きか嫌いかは、その人の好みによりけり。――梅本は好きだ。もう一人のほうもそうだった。同じタイプの高身長で綺麗系。髪型は違うにしても遠目だと似たような二人。ぱらぱらと入ってきたOLさんたちの中で、その二人だけがあきらかに飛び抜けている。どちらも立ち姿はレースクイーンのようだった。

 梅本はとくに女性を苦手としていないし、同性愛者でもない。ちゃんとした恋人がいた時期だってある。彼の顔が強張ったのは、その二人を部分的に足した感じが、大嫌いな元上司に似ていると感じてしまったからだ。

 そんな二人が梅本の前にある空席を目指してやってきた。


 目の前に座った女たちは、よく見ると……よく見なくても別人だった。もちろん、あの女がこんな所にいるわけがない。ただ梅本の初見通り、営業部長として突如やってきたあの女と雰囲気が似ていた。まだ印象が良かった頃の、と付け加えておく。

 梅本が以前勤めていた会社を辞めた理由の大半は、あの女にある。蝦夷松ぅ(えぞまつ)


 その女の一人が弁当箱を開きながら、梶に話しかけた。

「梶さん、国枝(こくえ)専務が先日の懇親会の件で話したいことがある、と言っていましたよ。昼からでも一度、六階へ上がってきてください」

 声まで似ている。やはり顔の骨格が似ていると、そういう音を発するのか。

 ……と、そこで梅本と女の目が合った。

 梅本はさりげなく視線をはずして、空の湯呑をすすった。嫌悪が顔に出ていたのかもしれない。


「怒っているふうだった?」と梶。

「ええ、まぁ」

「そうかぁ……うん、わかったよ。でもそれ、私が担当したんじゃないんだけどねぇ」

「あら、そうなんですか。セッティング担当者は誰だかわかります?」

「あれは、たしか……」

 梅本のわからない話が飛び交う。視線の置き場に困った。梶の箸も止まってしまっているし、どうにも居心地が悪い。この場を離れたくなった。


「あの、すんません梶さん。だいぶ混んできたみたいですし、俺はもう先に出ます。えっと、どこらへんで待機していたらいいですか?」

「あぁそう。う~ん、どこでもいいけど……じゃあ五階の休憩所にしようか。エレベーターを降りてちょっと行けばわかるよ。そこでゆっくりしててよ。また呼びに行くからさ」

「はい。五階ですね」

 うなずいて立ち上がろうとしたとき、手前側の女が小さく「フガッ」と言った。

 見ると、女の口に運ばれた野菜サラダの塊から一本の貝割れ大根が飛び出ていて、それが彼女の鼻の穴に入っていた。

 周りは誰もそのことに触れなかったが、梅本だけはグスッと噴いた。

 女がジロリと梅本を睨みつける。

 梅本はすぐに視線をはずして背を向けた。些末なことだが、鼻の穴に貝割れ大根が刺さるとか……笑えた。我慢することで、かえって肩が震える。女が蝦夷松に似ていたから余計に?


 梅本がトレイを持って去った。

 女はずっとその背中を睨みつけたままだった。


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