26
慣れないベッドでの起床。
寝返りを打つように両足で真横へ一歩踏み出し、駅のホームから転落したかと錯覚した。それで心臓が跳ね、梅本は急速に目覚めた。
細かい呼吸を繰り返し、薄明りの中で辺りを見回した。カーテンで仕切られた物置と、壁の桟に掛けられた自分のスーツ。
陣内ハウジングの奥の部屋だ。
ムッとする部屋の空気に顔を顰め、梅本はゆるゆると立ち上がった。
「おはよーございまーす」
小さく言いながら、店のほうを覗いてみる。
陣内はいなかった。
分厚いガラス越しに見る外は、すでに明るい。今日も暑くなりそうだ。差し込む光で、鎮座するタヌキのはく製がテーブルの上に影を落としている。
目を擦って壁掛けの時計を見上げた。八時前だった。
――何時頃に帰ってきたのだったか?
昨夜の記憶をたどろうと試みながら奥の部屋に戻って、ベッドの縁に腰掛けた。断片的にしか浮かんでこないが、この状況から考えて、どうにも陣内には迷惑をかけたみたいだ。
梅本はまた声にならない呻きとともに立ち上がり、キッチンで洗顔。耳裏までゴシゴシと擦って、幾分スッキリした。キッチンの収納棚の把手に掛けてあるタオルを使った。何日も替えていないのだろうか。だいぶ臭った。
吊るしてあったズボンは乾いていた。上着はまだ湿っていた。
ズボンを履きかえ、忘れずベルトも通し替える。財布とスマホはどこだと探してみると、それぞれ枕の下とベッドの下から見つかった。寝ている間に自分でポケットから抜き出して放ったらしい。
薬缶が目に留まった。そこからインスタントコーヒーとコップへ次々と視線が移った。朝の一杯のための材料はひと通り揃っているようだ。が、梅本は表の自販機で缶コーヒーを買ってこようと思った。
出入り口のつまみを捻ると、遅れて電子音が鳴り、梅本は外へ出た。
気温は思ったほど高くない。風が吹いている分店内より涼しいくらいだった。
それでも自販機の前に立った途端、体が天然水を求め、それに従った。一気に飲み干す。相当体が渇いていたようだ。ついでに缶コーヒーを一本買い、振りながら店内へ戻っていった。
すると、電話が鳴っていた。
陣内だと思い慌てて受話器を取ると、相手はセキュリティ会社だった。
ちゃんとした手順でドアを開けないと通報がいくのだ……。
やらかしてしまったという焦りからか、梅本の状況説明はしどろもどろになった。ゆっくりとした口調で訊き返され、自分の名と陣内の名を出して、ようやく事なきを得た。梅本は安堵の胸をなで下ろす。
そうすると今度は、空気の入れ替えのためにドアを開け放ったほうがいいのか、客が来ても対応できないので閉めていたほうがいいのかと、しばし考えた。
結局、鍵だけ開けた状態にしておく。
次に考えたのは、ここから退散するということだ。
使った簡易ベッドは、昨夜の記憶をたどって元の位置へ片した。二つに折り畳んで、こんな感じだったか? と物置の端へ寄せておいた。元々手ぶらで来ているので、帰り支度というほどのことは、何もない。しかし、このまま帰れるかというと、そうはいかない。店の鍵もなければ、戸締りの仕方もわからないからだ。
不動産屋が日曜日に休業することはないだろうし、ここで待っていれば、いずれ陣内は出勤してくる。それが九時なのか、十時なのか……。個人経営店はそこらへんが読みづらい。そして何より、礼もなしに立ち去っていいわけがない。
電話して指示を仰げばすべてが解決するはず。ただ、梅本は陣内の連絡先を聞いていなかった。
そこでスマホを取り出した。カンネスサービスに連絡するためだ。
「お疲れさまです。三五二四の梅本です」
(はい、おはようございます)
「えっと……」
電話に出たのは所長だった。森くんか花川なら説明がしやすいし、いろいろと省けるのだが、朝の八時台では仕方ない。
「昨夜に陣内ハウジングという不動産屋へ派遣されたんですが、ちょっと、そのまま店で泊まることになってしまったんですよ」
(は? 何で?)
「まぁそこはいいじゃないですか。雰囲気というか、流れ、みたいなもんです」
(……フゥ、それで?)
「それでですね。さっき起きたんですけど、依頼主の陣内さんが店にいないんですよね」
(なるほど。そのお客様と連絡先は交換してないの?)
「そうなんですよ。ずっと一緒に行動していたもんですから、その必要がなかったというか」
(フゥ、わかった。えっと、陣内ハウジングっと。――あぁ、あった。二十一時、零時って、梅本さん、これ何の仕事?)
「まぁいろいろ……。主には顧客訪問の荷物持ちでした」
(ふ~ん。こっちの依頼書の連絡先は、あぁ、たぶん店の固定電話だな)
「え、そうなんですか……。店の電話を鳴らしても仕方ないですね」
(転送電話になっているかもしれないから、いちおう言うよ。メモの用意はいい?)




