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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 ちょうど店にクリーニング行き予定のスーツが一着あって、梅本はそれのズボンだけを借りた。

 だいぶ大きめだが、何とでもなるので大きい分には問題がない。中のワイシャツはかろうじて無事だった。汚されたスーツは上下とも水洗いして、今は奥の部屋に吊るしてある。帰りは市指定のゴミ袋を貰い、密封して持つつもりだ。

 陣内は店の前で水を撒いている。

 自販機が店の前に設置されているせいか、気候の良いうちは、ここら辺でヘタり込む輩が後を絶たないらしい。吐しゃ物の除去も手慣れたものだった。


「自販機の場所を、変えてもらったほうがいいんじゃないですか?」

「俺の自販機だから、そうもいかないんだわ」

「あ、マイ自販機だったんですか」

「おぅよ。場所がいいから儲かるよって勧められて、それじゃあってことで始めたんだけどよ。利益は思っていたほど出てねぇんだわ。正直、ちょっとした小遣いくらいにはなるか、と期待してたんだけどなぁ……。まぁ電気代でほとんどチャラだわ」

「へえ」

 聞けば、ジュースの補充など諸々の作業より、横に設置された空き缶入れの掃除のほうが大変らしい。飲み残しも厄介だが、家庭ゴミまで捨てていく馬鹿がいる、と陣内は腹立たしげに言った。


 その後あれこれと片しおえて、派遣としての仕事は終了した。

 吊るしただけの洗濯物が三十分やそこらで乾くはずもなく、ズボンは後日返却となる。

 背広に水をぶっかけるときに、スマホと財布だけは避難させたが、梅本は出勤伝票のことをうっかりしていた。

 そのことを告げると、陣内は「そんなのはいつでもいいぞ」と言う。

 この紙が給金に化けるので、これは(そんなの)で片づけられることではないのだが、梅本は、忘れていた自分が悪いわけだし、言葉尻を取って、一々突っかかる面倒くさい奴にはなりたくない、と思った。

 そうして、梅本が洗濯物を小脇に抱えると、陣内は「オイオイ」と呼び止めた。


「これから、飲みにいくんだろう?」

「今日もですか?」

「仕事終わりの一杯は常識だろう?」

「そう……」

 あらためて見れば、これから飲みにいくというよりも、飲んで乱れた末のような出で立ちだったが、どうせ洒落た店ではないだろうと思い、梅本はニヤリとして荷を置いた。

「……ですよね」


 二人して外へ出ると、やけに飛ばした一台の軽自動車が駅のほうからやって来て、走り去っていく。花川の車と同じアルトワークスだ。それが少し向こうの交差点で、タイヤを鳴らしてUターンするものだから気になった。何だ何だ? 雑な運転だなと思っていると、それは陣内ハウジングの前までやってきて停車した。

――そんなに急ぐほど喉が渇いているのか?

 ジュースでも買うのだろうと思っただけで、梅本はそっぽを向いた。陣内も気にする様子は見せず、戸締りをしている。


 背後でその車のドアを閉まって、すぐ続いて聞き覚えのある声がした。

「梅本さん?」

 花川の暮らすマンションは、ここから駅を通りすぎた西口方面にあり、駅からそう遠くないと聞いていた。ここが通勤経路であっても、何ら不思議はない。また派遣人員トラブルでも起こって、こんな時間の帰宅になったのだろうか、と梅本は思った。


「お、花川さん。こんな時間まで大変だな。今帰り?」

 そう言ってから、彼女の服装がスーツでないことに気づいた。よくよく見ると、暗がりながらも顔の感じというか、化粧が薄い。そう思えばもうひとつ、彼女はたしか駅方面から来た。

 花川のほうは、梅本の恰好を上から下まで一瞥して、ホッと息をついた。首を左右に振って、

「やっぱり梅本さんだったの」

「お、梅本くん、知り合いか?」

 陣内が、店の鍵をベルトのホルダーに掛けながら言った。

「まぁ……はい」

 梅本が一瞬言い淀むと、彼女はずいっと前に出て会釈した。


「私、カンネスサービスの営業事務をしております、花川と申します。陣内様、本日はうちの梅本がお世話になりまして、ありがとうございます。――それと、うちの兄が大変ご迷惑をお掛けしたそうで、本当に申し訳ございませんでした」

 花川の指差す車の助手席に、先ほどやらかしてくれた男が乗っていた。苦悶の表情を浮かべて、まだ寝ている。

 梅本と陣内は顔を見合わせて嘆息した。

――ああ、そういうことか。え、そうなの?


 警察から連絡を受けた花川の母親が、その交番なら妹が近所に住んでいるということで、愚兄の引き取りを頼んだらしい。

――俺、花川さんの兄貴を殴っちゃったけど……まぁ覚えてないか。

 さっそく交番に駆けつけた彼女は、警察から詳しい事情を聞いて、すぐに梅本の派遣先に思い当たった。兄が粗相した相手が、なるべくなら顧客ではなく梅本であってほしい、と願ったそうだ。

――彼女の立場なら、そう思うのが当然かもしれない。でも、それはそれで酷いじゃないか。


 花川が財布からすばやく二千円を抜き出した。

「ごめん、梅本さん。これクリーニングに使って」

「そんなにいらないけど……」

 近所にあるクリーニング店では、たしかスーツ上下で八百円だったはず。

 ……だが、もちろん受け取る。そして、後で何を言ってこようと返さない。こんなものは自宅の洗濯機で、ジャーして、グルグルして、ポンだ。アイロンもやや小ぶりながらハイパワーな物を持っている。長らく見ていないが、探せばアイロン台だってあったはずだ。二千円は丸々いただきだ、と梅本は企んだ。

 得心がいった陣内が、慣れ慣れしく梅本の肩を抱いた。

「まぁまぁ、諸々込みの金額だよな。梅本くん、貰っておきなよ。それよりもさ、今から彼と飲みに行くんだけど、花川ちゃんも一緒に来ないか?」

「えっと……」

 彼女は梅本に視線を送った。

 その目は、社会人として上手く断る手立てを模索しているようであり、アルコールの誘惑と戦っているようでもある。

 梅本は、彼女の助け舟を求めるような視線に取り合わなかった。梅本も彼女と一緒に飲んで語らいたかったからだ。


「せっかくのお誘いですが、明日も仕事がありますし、コレを送って行かなければなりませんので、遠慮させていただきます」

 本当に邪魔な兄貴だ。コレ呼ばわりされて当然だ。


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