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組長と柳のやりどころのない視線は、自然に梅本一人へと集中する。
それで組長が尋ねてきたのは、カンネスサービスの制度についてだった。とても人材派遣に興味があるようには見えないのだが、場を持たせるための世間話程度か……。
組長は煙草に火を点け、穏やかな表情のままだ。梅本はお茶で口を湿らせた。
「……ええ、私のように、あっちこっちへ短期で派遣される人もいれば、得意分野を活かせる所を希望する人もいますね。いろんなことを経験したいとか、就職するまでの繋ぎとかの短期派と、安定と慣れを求める長期派とに分かれているんだと思います」
「安定っつったってよ、ちょっと前には派遣切りなんちゅう話も、よくテレビから聞こえてきたよな」
組長の視線を受けて、柳がうなずいた。
「そりゃまぁそうなんですけどね。とりあえず、長期で工場のラインなどへ行ってる人は、少なくとも明日仕事があるかどうかなんて心配はしなくていいみたいです。クビを切られるまで……、短期の者に比べれば、ですけど」
「ふ~ん。あぁそれだと、長期の奴らは、やっぱりちゃんと就職したほうがいいんじゃないのか?」
「それは私も思います。――単純に、自分が何をしたいのかがわからない。それでも、働かないわけにはいかないって連中が多いような気がします」
「何もしないで、家に籠っているような奴らよりは健全だな」
「はい。――えっと、あくまでもこれは特異なケースだと思いますけど。以前に、三日間だけっていう契約で、男性スタッフの欠を埋めたんですけど」
「ケツ? ほぉ、梅本くんはそっちの気があるのか?」
「あ、いえ」顔の前で手を振り激しく否定する。「欠勤者の穴埋めです」
「わかっとるよ。冗談だ」
暴力団ジョークは下品でかなわない。
「えっと……なんでもその人は、あるアイドルの追っかけをしているらしくて、そのアイドルのコンサートツアーが始まると、一緒について五大ドームすべてを回るそうなんです。もし仮に、どこかの企業に就職したら、そんなに休みも取れないですし、無理な話ですよね。だから就職しないんだ、とソイツは言うんです」
この話は組長にウケた。が、後ろで立っている柳はクスリともしない。
「やりたいことに一途な奴だな。会社に迷惑がかからないようにと考えているなら、ある意味、スジを通している」
柳が今日一番の深いうなづきを見せた。
「そうなんですかね……」
そこで陣内がソファに戻ったが、組長は派遣の話を続けた。
「たとえば、わしが梅本くんのところへ電話して、人手が足りないから、いついつに何人ばかし貸してくれって言えば、アンタらが来てくれるのか?」
――借金取りや、人殺しの依頼は受け付けていませんけど。……な~んてね。
これを言うべきか否かは検討してみるまでもない。大袈裟にも一瞬頭に浮かんだのは、用水路のゴミ取り格子に引っ掛かって、クルクルと回る自分を、自身で俯瞰している光景。
「はい。うちの営業と話してもらって、料金とか作業内容で折り合いがつけば、指定の場所、日時にスタッフが伺います」イヤだけど……。
うんうんと了解を示して、やっと組長が陣内に目をやった。
(乗りきった!)と、梅本は思った。空気を抜くように背もたれに体をあずけた。
組長は陣内の提示する金額に文句を垂れながらも、追金に応じた。百六十万円で、アパートのリフォームを請け負った業者が、引き続き工事にあたるそうだ。
梅本は分けておいた二百六万円の山から、百六十枚を数え直し、アタッシュケースを開いた。中に入っている手錠を取り出すときに、陣内の言葉を思い出す。
「こういうのは恰好から入るのがいいんだ。いかにも大切に扱ってるって感じがするだろ? 毎回やるけど、客受けがいいんだよな」
契約が締結された時点からこの金は陣内の所有物であり、たとえ帰りに強奪されようと(奪われてしまったので、もう一回金をくれ)などということにはならない。それなのに、支払った側には(あれは自分の金だ)という感覚が残っていて、それを丁重に扱うことによって信頼を得ることができる、と陣内は言っていた。
柳が延長コードをしまいにかかり、梅本もキャッシュカウンターを片す。お茶は飲みほした。
そうなると、梅本の感覚では(金さえ手に入れば、もはやここに用はない)だが、陣内はそれからも十分ほど世間話をしていた。どこどこのビルだか土地の話なので、情報交換といったほうが、しっくりとくる内容だったが。
「……長々とお邪魔してしまいました。私どもはこれで失礼させていただきます」
立ち上がると同時に、梅本の左手首とアタッシュケースが手錠で繋がれる。組長の目が少し見開かれた。柳に反応はなし。
梅本は右手にキャッシュカウンター、左手にアタッシュケースといった具合で、両手が塞がってしまった。柳が先に立ってドアを開いた。警察で使われているような物より鎖部分が長いタイプの手錠なので、難なく靴を履くことができた。
先にキャッシュカウンターを後部座席に積み、梅本がも乗り込もうとすると、背後から柳に声をかけられた。




