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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 梅本がとっさに思いついたのは証拠隠滅。今さら誰も云々……と梶が言っていたので、早期にバレる可能性はないはずだ。

 それで一応確認していくと、被害はたったの十六枚だった。台車へはスキャンしおえた順に重ねてあったので、エラーが出た箇所を探すのも大したことはなさそうだ。これなら十五分ほどで片がつきそうだと思ったので、何とか不正に手を染めずに事なきを得た。

梅本の全身から焦りが抜けていき、代わって苛立ちが湧き上がった。

 それから小一時間――。

 梶が昼を告げに来て、梅本の手はやっと止まった。


「おつかれさ~ん。おぉ! 三時間でこれかぁ。めちゃくちゃ順調だね」

 梶は糸のような目を精一杯見開き、仰け反ってみせた。

――フフ、まずまずのリアクション。途中のロスタイムを報告する必要はねぇな。


「この作業は、な~んか肩が凝りますね」

 経験者なら共感してくれるだろう、と軽口をたたいた。

「そうでしょう。とにかく面倒くさいんだよね。――あっそうだ。小休憩は取ってくれた?」

 梅本はうっかりしていたというふうに眉を上げて首を振った。

「私も忘れていたんだけど、ちゃんと休憩はしてね。えっと、それじゃ昼を一時間取ってもらって、十五時に十五分ね」

 やはり派遣にお優しいところだ。

 梅本はうなずいた。が、そんな気はさらさらない。午後からもハイペースで続けるつもりだ。


 元来、梅本はぎりぎりに出社して、規約通りに休憩するタイプだ。

 外回りの営業職だったので残業という概念こそ希薄だが、指示のないことに自分から手を伸ばすことなど論外だと考えていた。サボりたいのではなく、それが契約であり、決め事は守るべきだと考えている。

 それが、こんなふうにやる気になったのは、先月に元同僚の竹本 義和(たけもとよしかず)と仕事の話をしてしまったからだ。


 竹本は、梅本が松コーポレーションという会社にいたときの同僚だ。同時期の中途採用組で、営業成績も似たり寄ったりだった。なんとなくウマが合い、よく愚痴をこぼし合ったものだ。

 二人の居住地は近所と呼べる範囲内にあり、梅本が退職した後もその関係は続いている。今でも不定期に飲み屋や互いの家を行き来して、酒を酌み交わしては馬鹿話に花を咲かせていた。

 彼はもちろん、梅本が派遣スタッフとして働いていることを知っている。

 しかし、もともと派遣という仕事形態に興味がないのか、はたまた梅本じたいに興味がないのか、仕事内容などについて深く尋ねてくることはなかった。プライベートにまで仕事の話を引きずるのは恰好悪い、という考えは梅本と同じだ。



 先月――

 梅本は十日分の伝票を換金した。その足で家賃を振込むために銀行へ寄り、竹本と偶然出会ったのだ。二週間に一度くらい会っていた二人だが、そのときは珍しくふた月ぶりだった。

 竹本の出で立ちを見て仕事中だろうと思った梅本は、早々に切り上げるつもりでいた。

 が、これも珍しいことに、竹本のほうから「奢ってやるから、昼飯でも一緒にどうだ」と言ってきた。昼間から酒を飲むつもりはない。二人は軽食&喫茶の小さな店に入っていった。


「まだ、派遣?」

 こんなことに見栄を張ったところで何の得にもならない。この場しのぎに嘘をついて、後からバレるほうが恰好悪い。

「そう。相変わらずの派遣スタッフ。仕事内容はほぼ毎日違うけど。竹本は?」

「担当地域に変更があったけど、まぁこっちも変わらずだ」

「ふ~ん」

 梅本は、一番成績の悪かった自分が辞めたのだから、下から二番目だった竹本の成績は、自動的に繰り下がっているはず。それにより彼の境遇は悪化しているに違いない、と思っていた。

 社長の娘というだけで、いきなり部長待遇で入社してきた、あの蝦夷松小枝(えぞまつ こえだ)の横暴に耐え忍んでいるのだろうと……。


 (水曜日の特別メニュー)

 店の壁に掲げられたポップな宣伝に目が留まり、梅本はふと思った。

「あれっお前、水曜は定休日だったろう?」

 竹本の背広姿は見慣れたものだったので、こうして向かい合っていても、今までとくにおかしいと思わなかった。

 ふふんっと笑みを浮かべた竹本はテーブルの下で脚を組み替える。

「休み返上だよ」

 顔に困惑を浮かべつつも、誇らしげな様子だった。


 そういえば、竹本は誰よりも早くに出社して、あちこちを掃除して回る奴だった。(就業時間外でもがんばっている俺スゲー)誰かが見ていてくれて、いつかは認められるはずだ、と信じきっているような奴だ。

「休みは休むためにあるもんだろ」

「まぁそうなんだけどよ。――じつはさぁ今度、関連商品を扱う所が集まって合同販売会を催すことになってよ。その打ち合わせが朝からあったんだ」

 ため息をついて言うので、それに合わせてやる。

「そりゃまた面倒くさい話だな」

「訪問する先々で(一緒になって大きなイベントを打てたらいいですね)なんて言って回っていたら、妙に乗り気になってくれた社長がいてさ。(じゃぁ君が音頭を取ってくれよ)ってことになってよ」

「へぇ」

 話は面白くないほうへ向かっている、と梅本は思った。

 聞きたいのは竹本の苦痛話であり、言いたいのは慰めの言葉だ。

「それで企画書を書いて、蝦夷松部長に持っていったんだけどよ」

「ほぉ~ん」

 フ~「やってみろって言われたよ」竹本は薄く笑みを浮かべ、なぜか肩を揉みほぐしている。「それで、その六人の社長の顔を繋いでいるのが俺だからよ、休むわけにいかねぇんだなぁこれが」

「ふぃ~ん」

「言われたことだけしていたって何も変わらないし、仕事なんてのは、やっぱ自分で作んなきゃな。マニュアル通りにしていればいいってか? そんなの入社三年目くらいまでで限界じゃね?」

 竹本の顔は徐々に脂下(やにさ)がっていく。

 話を聞いているうちに嫌気がさしてきたので、梅本は午後からも単発の仕事が入っていると嘘をついて、その場から早々に逃れた。


 アパートへと帰り、畳に寝転がってボーっとしていると、知らぬ間に陽はどっぷりと暮れていた。

 梅本はずっと自問自答していた。同じ土俵にいたはずなのにこの差は何だ、と。陰ながら応援……などとは露ほども思わない。

 梅本の腹中には消化しきれない(いきどお)ろしさが渦巻くばかりだった。


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