狸
三年前まで――
梅本はジュエリー雑貨を扱う会社の外販部に籍を置いていた。会社は一階部分に店舗を構えていて、二階、三階とが事務所になっている。自社ビルだ。
笹尾葉月は、その店舗内での販売担当で、扱っている商品を身に着けて接客をこなす、昔風にいうとハウスマヌカンというやつだった。高価な商品を扱っているといっても、しょせんは田舎町のいちショップなので、彼女はけしてプライドに凝り固まったような喋り方をしない。屈託なく笑い、得意客受けは上々だった。そんな彼女が入社してきたとき、ポーッとなった男性社員は梅本だけではなかったはずだ。
梅本と笹尾は、飲み会の席が隣り合わせたのを切っ掛けに、休憩室で会えば無駄話をするような間柄にはなっていた。しかし、梅本が退職するまで、二人はただの先輩と後輩のまま。それ以上に進展することはなかった。
「うーめもーとさん、すんごい久しぶりですね」
買い物を済ませて出てきた笹尾は、目ざとく梅本を見つけた。
「よぉ笹尾。久しぶりだなぁ。今帰りか?」
彼女にとっては三年ぶりかもしれないが、梅本は店の前を掃除していた彼女を、幾度となく目撃している。最近でいうと、道路を挟んで向かいにあるテナントビルで、新規の会社を立ち上げる作業の雑用に呼ばれたときだ。
「仕事じゃないんですけど、ちょっと寄る所があって、今帰りです。梅本さんは?」
今から仕事なんだ、と言いかけて「まだ途中。もう二、三時間はかかると思う」と言った。今日の仕事は三時間だけ。しかもこの時間から……と正直に言うのが躊躇われた。
「うわ~忙しいんですね」
「まぁな。でも休みはけっこうあるんだよ」
「へえ。あ、じゃぁ今度の休みにでも、お店に来て何か買ってくださいよぉ」
「いやいや、あそこで俺が買う物なんてないし、辞めた所へはやっぱ顔を出しにくいだろ」
梅本が円満退社でないことは彼女も承知している。それを今思い出したのか、ふとした沈黙が訪れた。
(それよりも、今度二人で……いや、他に何人かを誘ってもいい。一緒に飯でも食いに行かないか?)そんな簡単な誘い文句が出かかって、喉で詰まる。
クラクションが鳴り響いたのは、そんなときだった。二人ともがビクッとするほどの音量だ。
見ると、いつの間にか陣内のベンツが駐車場内にいて、その堂々とした車体を横付けしていた。
「あ、悪い。連れが来たみたいだわ」
「あの車?」
「ん? あぁそうなんだ。じゃまた今度な」
「はい。おつかれさまです」
梅本は名残惜しそうに、その場を後にした。
「わざわざ迎えに来ていただいて、ありがとうございます。今日もお世話になります」
陣内は「よお」と片手をあげただけで、コンビニのほう、たぶん笹尾に目をやっていた。
梅本がさっそく助手席に乗り込み、シートベルトをカチッと鳴らすと、車はすぐに発進する。
「あれ、お邪魔しちゃった?」
昨晩に二人で飲んでから、陣内とは少し打ち解けたような気になっている。
「もうちょっと遅れていただいたほうが良かった感じです」と、軽口を叩いてもいいくらいにはなっていた。
「遠目で良く見えなかったけど、あの子と付き合ってんのか?」
「いえいえ、付き合ってはないですけど、まあ……」少し見栄を含ませる。
時刻は九時十五分。ベンツが田舎暗い道路へと躍り出ていった。
「それで、今から何をしたらいいんですか?」
「あぁ客ん所へね、金を受け取りに行くんだけど。ちょっと額が多いから、お供について来てほしいんだわ」
本当に鞄持ち要員として呼ばれたようだ。
「とりあえず一旦店に寄るよ。やってもらうこととか段取りは、店に着いてから説明するから」
「はい」
今どき、直接現金の受け渡しをすることに疑問を持ったが、不動産業界の知識は皆無だったので、そんなもんかと思っただけだ。
――今回は間違いなく楽な小遣い稼ぎのはずだ。
商店街と入れ替わるように、夜だけにぎわう繁華街の裏手通りを進み、車は走ること十五分で、陣内ハウジングへ到着した。
昨夜、梅本は店の外で待っていたので、中へ入るのは初めてだ。店内に接客カウンターはなく、四角いテーブルが一つと椅子が四脚。入ってすぐの壁際に、二人座るのがやっという待合ソファが一つある。陣内について奥へ行くと、ちょっとした居間があって、そこにテレビやら私物が置かれていた。
「ここって陣内さん一人なんですか?」
「いや、若い娘を一人雇ってるんだけど、あの娘、六時になるとパッと帰りやがるんだ」
陣内は、胸の前でなにやら手をパクパクさせて、ニヤついている。その若い従業員は相当な巨乳の持ち主らしい。
男女の関係なのか、と尋ねるのは時期尚早な気がして、想像だけに留めておいた。
陣内はアコーディオンカーテンを開いた。ここからのスペースを物置にしているようだ。
「このキャッシュカウンターを持ってみてくれ」
トイレに炊事場、風呂場だけはなさそうだが、布団を持ち込めば何泊でもできそうだ、なんて思っていたら、実際に折りたたみ式のパイプベッドがでてきた。
「これですか?」
パイプベッドの横に置いてある機械の取っ手部分に手をかけ、梅本が試しに持ち上げてみる。なかなかの重量物だった。
「どお?イケそうか」
「まぁ大丈夫ですね」
「それでだいたい十キロくらいだわ。一応それを持っていくからな。――あぁ、いっぺんここでやってみたほうがいいな。そこのコンセントにさしてくれ」
操作手順を教わりながら、陣内が持ってきた札の束を入れてみると、キャッシュカウンターはあっという間に計算して、液晶ディスプレイに表示した。
「陣内さんが迎えに来るちょっと前に、店で中古のバイクを買ったんですけど、ちょうどこれと同じ金額でしたよ」
言ってから、どうでもいいことを口走ってしまった、と思った。
「へえ、バイクって安いんだな」
梅本はうなだれて、もう一度札を数えてみた。




