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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
19/96

 狸


 三年前まで――

 梅本はジュエリー雑貨を扱う会社の外販部に籍を置いていた。会社は一階部分に店舗を構えていて、二階、三階とが事務所になっている。自社ビルだ。

 笹尾葉月は、その店舗内での販売担当で、扱っている商品を身に着けて接客をこなす、昔風にいうとハウスマヌカンというやつだった。高価な商品を扱っているといっても、しょせんは田舎町のいちショップなので、彼女はけしてプライドに凝り固まったような喋り方をしない。屈託なく笑い、得意客受けは上々だった。そんな彼女が入社してきたとき、ポーッとなった男性社員は梅本だけではなかったはずだ。

 梅本と笹尾は、飲み会の席が隣り合わせたのを切っ掛けに、休憩室で会えば無駄話をするような間柄にはなっていた。しかし、梅本が退職するまで、二人はただの先輩と後輩のまま。それ以上に進展することはなかった。


「うーめもーとさん、すんごい久しぶりですね」

 買い物を済ませて出てきた笹尾は、目ざとく梅本を見つけた。

「よぉ笹尾。久しぶりだなぁ。今帰りか?」

 彼女にとっては三年ぶりかもしれないが、梅本は店の前を掃除していた彼女を、幾度となく目撃している。最近でいうと、道路を挟んで向かいにあるテナントビルで、新規の会社を立ち上げる作業の雑用に呼ばれたときだ。


「仕事じゃないんですけど、ちょっと寄る所があって、今帰りです。梅本さんは?」

 今から仕事なんだ、と言いかけて「まだ途中。もう二、三時間はかかると思う」と言った。今日の仕事は三時間だけ。しかもこの時間から……と正直に言うのが躊躇われた。

「うわ~忙しいんですね」

「まぁな。でも休みはけっこうあるんだよ」

「へえ。あ、じゃぁ今度の休みにでも、お店に来て何か買ってくださいよぉ」

「いやいや、あそこで俺が買う物なんてないし、辞めた所へはやっぱ顔を出しにくいだろ」

 梅本が円満退社でないことは彼女も承知している。それを今思い出したのか、ふとした沈黙が訪れた。


(それよりも、今度二人で……いや、他に何人かを誘ってもいい。一緒に飯でも食いに行かないか?)そんな簡単な誘い文句が出かかって、喉で詰まる。

 クラクションが鳴り響いたのは、そんなときだった。二人ともがビクッとするほどの音量だ。

 見ると、いつの間にか陣内のベンツが駐車場内にいて、その堂々とした車体を横付けしていた。

「あ、悪い。連れが来たみたいだわ」

「あの車?」

「ん? あぁそうなんだ。じゃまた今度な」

「はい。おつかれさまです」

 梅本は名残惜しそうに、その場を後にした。


「わざわざ迎えに来ていただいて、ありがとうございます。今日もお世話になります」

 陣内は「よお」と片手をあげただけで、コンビニのほう、たぶん笹尾に目をやっていた。

 梅本がさっそく助手席に乗り込み、シートベルトをカチッと鳴らすと、車はすぐに発進する。

「あれ、お邪魔しちゃった?」

 昨晩に二人で飲んでから、陣内とは少し打ち解けたような気になっている。

「もうちょっと遅れていただいたほうが良かった感じです」と、軽口を叩いてもいいくらいにはなっていた。

「遠目で良く見えなかったけど、あの子と付き合ってんのか?」

「いえいえ、付き合ってはないですけど、まあ……」少し見栄を含ませる。

 時刻は九時十五分。ベンツが田舎暗い道路へと躍り出ていった。


「それで、今から何をしたらいいんですか?」

「あぁ客ん所へね、金を受け取りに行くんだけど。ちょっと額が多いから、お供について来てほしいんだわ」

 本当に鞄持ち要員として呼ばれたようだ。

「とりあえず一旦店に寄るよ。やってもらうこととか段取りは、店に着いてから説明するから」

「はい」

 今どき、直接現金の受け渡しをすることに疑問を持ったが、不動産業界の知識は皆無だったので、そんなもんかと思っただけだ。

――今回は間違いなく楽な小遣い稼ぎのはずだ。


 商店街と入れ替わるように、夜だけにぎわう繁華街の裏手通りを進み、車は走ること十五分で、陣内ハウジングへ到着した。

 昨夜、梅本は店の外で待っていたので、中へ入るのは初めてだ。店内に接客カウンターはなく、四角いテーブルが一つと椅子が四脚。入ってすぐの壁際に、二人座るのがやっという待合ソファが一つある。陣内について奥へ行くと、ちょっとした居間があって、そこにテレビやら私物が置かれていた。


「ここって陣内さん一人なんですか?」

「いや、若い娘を一人雇ってるんだけど、あの娘、六時になるとパッと帰りやがるんだ」

 陣内は、胸の前でなにやら手をパクパクさせて、ニヤついている。その若い従業員は相当な巨乳の持ち主らしい。

 男女の関係なのか、と尋ねるのは時期尚早な気がして、想像だけに留めておいた。

 陣内はアコーディオンカーテンを開いた。ここからのスペースを物置にしているようだ。

「このキャッシュカウンターを持ってみてくれ」

 トイレに炊事場、風呂場だけはなさそうだが、布団を持ち込めば何泊でもできそうだ、なんて思っていたら、実際に折りたたみ式のパイプベッドがでてきた。

「これですか?」

 パイプベッドの横に置いてある機械の取っ手部分に手をかけ、梅本が試しに持ち上げてみる。なかなかの重量物だった。

「どお?イケそうか」

「まぁ大丈夫ですね」

「それでだいたい十キロくらいだわ。一応それを持っていくからな。――あぁ、いっぺんここでやってみたほうがいいな。そこのコンセントにさしてくれ」


 操作手順を教わりながら、陣内が持ってきた札の束を入れてみると、キャッシュカウンターはあっという間に計算して、液晶ディスプレイに表示した。

「陣内さんが迎えに来るちょっと前に、店で中古のバイクを買ったんですけど、ちょうどこれと同じ金額でしたよ」

 言ってから、どうでもいいことを口走ってしまった、と思った。

「へえ、バイクって安いんだな」

 梅本はうなだれて、もう一度札を数えてみた。


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