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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 さっとシャワーを浴びて出てくると、外のほうから鳴き声がしていた。七時すぎ。いつもよりだいぶ早い訪問だ。


「俺がこれから仕事に行くと知って、今夜は早めに来たのか?」

 猫はYESとは答えないし、そんなはずもない。

 股間でブラブラしているものに反応して、飛びかかってこられては堪らないので、梅本はとりあえずパンツを履いた。

 それから冷蔵庫を開けて、猫と一緒になって中を覗きこむ。ミニウインナ―の袋を手に取り「これでいいか?」と訊いてやる。

「ウニャ!」

 それでいいから早くよこせ! 猫語訳(梅本)


 猫がウインナーを()んでいる間に、洋服ダンスを開けた。

 吊り下げてあるスーツを取り出し、カバーを外す。三年もの間、彼はこれに袖を通していない。カビの心配があったので、上下とも隈なくチェックして、ついでに匂いを嗅ぐ。

――ファブリーズでOKなレベルだ。

 上着を着ていくには暑いが、持っていかないわけにはいかない。誰が言ったか、訪問時に着用しないのは失礼という風潮。

 しかしその姿は、客からすると見ているだけで暑い。着ているほうは無論、もっと暑い。それでいったい誰が得をするのか、と梅本は今でも疑問に思う。だが、先進国のすべてのサラリーマンが、()いては、もっと上の偉い人たちが声を揃えて「もう、やめよう」と言わなければ、この風習は終わらない。


 あぐらをかいている梅本の腰あたりに、猫がすり寄ってきて鳴いた。もう一本くれ、と言っているようだ。喉元を撫でてやると、猫の首輪がけっこう食い込んでいるような手応えを感じた。

――もう一段くらい緩めてやろうか。

 ネクタイにしてもそうだ。

 昔、元同僚の竹本が酔った席で言っていた。


「ネクタイなんてもんは、会社に飼われている証。首輪みたいなもんだろ。(それがないと、やっぱりどこか間の抜けたように見える)なんていう奴は、洗脳されちまってんだよ。俺なんかは、単に見慣れているかどうかの問題だと思うけどね。――ほら、普段着だと、シャツなんてみんなズボンの外へ出してるだろ? あれだって、ひと昔前は乱れているとか、ヤンキーだとか言われてたんだぜ。――でもまぁ、それで俺だけでも、来週からはノーネクタイで出勤してやるぜぇ! とはならないけどな」

 蝦夷松部長から散々にやられた後、二人して飲みにいったときのことだ。

「うるせぇタコ……。竹本、お前が口ごたえするから、あのクソ女の説教が長引いたんじゃないかよ」


 そのときのことを思い出しながら、梅本は猫を首輪から解き放ってやった。

 首輪には抜けた毛が幾重にも巻きついていて、飼い主の人となりがわかったような気がする。

 締め付けがなくなった猫は、グッと伸びをしてから後ろ足で首元を掻いた。梅本はその意図を汲んで、猫の首周りを全体的にサカサカと掻いてやる。くぼんだ首輪の痕はそう簡単に直らなかった。

 首輪を外したままにはできないし、かといって、そのまま戻すのも汚らしいので、ゴミ箱の上で巻きついた毛をむしり取っていった。すると、革ベルトに(ベッカム)と焼印が現れた。おそらくコイツの名前だろう。出会いから二年目にしての新発見だった。

 あの有名なサッカー選手に(あやか)ったのだろうか? だとすると、ベッカムは苗字なので少しおかしい気がした。田中さん家に飼われている犬の名が渡辺、みたいなものだ。台所へいって、中性洗剤とタワシでゴシゴシ洗うと、革ベルトは深い緑色を取り戻した。


 そんなことをしているうちに、時刻は七時半を回っていた。

 自宅近くのコンビニまで、陣内が迎えに来てくれるというのだから、時間的余裕はある。

 この微妙な空き時間をどうしようかと逡巡して、梅本はバイク屋に顔を出しておこうと思いたった。

 そうと決まれば、後はワイシャツ……しばらく見ていないが、大丈夫だろうか? どこへしまったか、とタンスの奥をごそごそ漁ると、すぐに見つかった。クリーニング店から取ってきた当時のままで、ビニールがかかっている。こちらも出して虫食い穴のチェック。――大丈夫だ。


 梅本は花川とお揃い? のパンを食べた後、身支度をパッと済ませて部屋を出た。

 久々のネクタイで首元に違和感がある。いつもリュックは置いていくことにした。伝票、スマホ、財布、ボールペンは各ポケットに分散して、手ぶらで出かけた。


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