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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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「九時にあの場所へ、あの車で迎えに行くから」

 電話でやり取りしたときに、こう言われた。艶っぽい話はない。相手は五十をすぎたオッサンで、陣内という不動産屋だ。機動力を削がれた理由は話してあるので、随分と気を遣ってくれているのだと思う。

 条件といえば、地味目のスーツ着用ということだけ。何の障害にもならない。梅本は三年ほど前までは営業職に就いていたからだ。

 カンネスサービスには、それぐらいの条件をクリアできないスタッフも多い、と聞いている。冠婚葬祭の礼服すら持っていないらしい。長期のスタッフで、派遣先がそういう所なら、もちろんスーツの一着や二着は揃えるだろうが、やはり工場などへ派遣される者は、着る機会はないし、必要ないということだ。


「そいつら、就職活動のときはどうしてたんだよ?」

「私に訊かれても知らないわよ」

 花川は慳貪(けんどん)な物言いで返した。処理した伝票を収納トレイに入れると「ヨシッ」と、椅子を引く。

「それじゃ行きましょうか」

 彼女はデスクの抽斗(ひきだし)から車のキーをつまみ出し、顔の前でプルプルと揺らしてみせた。

「花川さん、帰るの?」

「何言ってんのよ。いきなりの依頼だし、いろいろと準備があるだろうから、家まで送ってあげるんじゃないの」

 呆気にとられる梅本に背を向け、花川は一番奥のデスクへ向かった。所長に報告して、了解を取っているようだ。

 約束の二十一時まで、まだ二時間半もある。徒歩でも今から帰れば余裕だと思ったが、せっかくなので梅本は乗せてもらうことにした。


 事務所に冷房が効いていたせいか、外は来るときよりも暑くなっているように感じた。二人してさっそく乗り込んだアルトワークスの車内は、もっとだ。駐車場から出て駅方面へと向かい、中央分離帯の切れ目でUターンする。車は梅本のアパートへと向かった。そして、少しだけ帰宅ラッシュに填まった。


「……で、新しい車かバイクか、買う予定は?」

「このままってわけにはいかないからな。もちろん、買うつもり。けど、何を、いつ、とかは全然決めてないな」

「それじゃ予定がないのと同じじゃない」

「まぁね」

 花川は右側の車線をチラチラと見ている。隙あらば車線を変更しようとしているようだ。

「もぉ!」隣の車に対して言っているのか、梅本に対して言っているのか……。

「――あのさぁ、出ていく金額が同じなら、来月に買うより、今月のうちに手に入れたほうがお得じゃない」

 花川の言いたいことはわかる。電車やバスの運賃にしても、早起きして徒歩で出勤するにしても、その出勤回数分、損をすると言いたいのだろう。

 そのおかげで、花川と二人きりになる機会が訪れたわけなのだが、梅本はそれをサラッと口にできるほどキザではなかった。


「まあ早いうちに、馴染みのバイク屋へ行ってくるって」

 花川がチラリと顔を向けて、ずっと見ていた梅本と目が合った。

「そう。またバイクにするの……」

「うん?」

 思いがけず残念そうな花川を見て、梅本は新しい車で、彼女とドライブする光景を思い浮かべた。彼女がそれを望んでいた、という設定で三秒ほど妄想した。


 梅本はひとつ咳払いをする

「まぁ維持費の問題もあるし、それに短期の派遣スタッフのために、わざわざ駐車枠を用意してくれる会社は少ないだろ」

「あぁそっか」

 花川は簡単に納得した。

「そうそう、こないだのコンビニでいいから」

「え、家まで行ってあげるけど?」

(あなたの部屋へ行きたいのよ)と同義な感じがして、また妄想が始まりかけた。が、目指すコンビニが迫っていたので、慌てて払い消した。

「うちのアパートまで入ってくると、軽自動車でもUターンが厳しいんだよ」

「へえ、そうなんだ。ま、私もコンビニで、パンでも買っていこうと思ってたから、ちょうどいいわ」


 アルトワークスは一台だけ空いていた駐車スペースにサクッと収まった。二人とも車から降り、並んでコンビニの来客音を鳴らした。

 店内は作業着姿の男たちで比較的混み合っている。二つあるレジに三人ずつが並んでいる。


「パンって晩飯?」

「ううん。晩ごはんまでの(つな)ぎ。お腹減ったもん」

 男性客はみな花川を見てから、梅本を見る。

――いい女を連れているだろう? そんな優越感は確かにある。だが梅本はその視線に苦笑いした。

「あ、そうか。これからまた事務所に戻るんだっけ?」

「そう。今日は八時くらいで上がれるんじゃないかな。トラブルが発生しなければ、だけど」


 彼女は雑誌のコーナーから回っていくかと思いきや、混雑するレジ前を「すみません」と声をかけながら通っていった。

 レジ待ちの男性客たちを一斉にニヤニヤとさせる、そんな彼女の行動を、梅本は好きになれないでいた。

 花川は絶対に意識してやっている、と梅本は思った。


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