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就業ルイン  作者: ゆぞぅ
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 草村は昨日のうちに給料を受け取りに来たそうだ。

 その明細記録と見比べて、花川は、二人のうちのどちらかが時間を書き間違えていると指摘した。契約にあった時間は五時半なので、どちらかというと梅本のほうが怪しい。


 昨日、梅本は二トンダンプの助手席に乗って、農道を走った。エイプが朽ち果てていたと聞いている場所を通ったときには、さすがに腹立たしさが甦ってきた。そんな話をしていると、陣内は運転席から親父ギャグを放つ。気を遣っていただいて恐縮だ。それにわざとらしく笑い返しながら、梅本はもうひと仕事だと気持ちを切らさないようにしていた。

 しかし、目的地に着いても、梅本のすることはほとんどなかった。荷台が可動するダンプなので、ザーッと降ろした後、引っ掛かっている雑草をササッと掃いただけだ。陣内が知り合いだという農家の人はみえない。あらかじめそういう約束になっているのだろうとは思うが、不法投棄の疑念も捨てきれずにいた。

 そして降ろした後は、レンタカーである二トンダンプの返却にもつきあった。


「それで草村さんが五時半で、梅本さんが六時ってわけね」

 花川は納得したようで、伝票の処理を続けた。

「実際に解放されたのは、八時すぎだったけどね」

 プリンターから梅本の給与明細が吐き出されると、それを持って奥の金庫へと立った。


 トヨタレンタリースから歩いて(陣内ハウジング)へ歩いていき、陣内の通勤車に乗りかえる。ベンツのGクラス? あまり見ないタイプだった。梅本には彼のこだわりが感じられた。この車に客を乗せて物件を回っているらしい。


「腹減ってるだろ。俺も外で晩飯にするから、一緒に食っていこうや」

 一食に千円以上もかけていては家計に優しくない。ただ、雰囲気的に断れるような流れではなかったし、奢ってくれそうな気配がプンプンと匂ってくる。

「高そうなお店は無理ですよ」

「そんな所へは行かねぇって。そうだな、駅裏の居酒屋なんてどうだ?」

 それでも厳しいとは言いにくかった。


「そうそう、梅本くんの相棒な……」

 そんな言葉から草村の話になった。二人ともビールと焼酎を一杯ずつ飲んだ頃だ。

 梅本は一応、草村は今日一日だけ同じ仕事場へ派遣されただけであって、初対面だと訂正しておいた。

「無口な奴だとは聞いてましたけどね」

「ああいうのは、本人も大変だと思うわ」

「そうでしょうね」

 陣内は以前観たドキュメント番組の内容を語った。

――顔が赤くなることを恥じらい、さらに顔が熱くなっていく。そんな自分を嫌悪して、対人恐怖症にまで陥ってしまう、という心の病。

 人前に出る。人前で自分の意見を言う。

 要は慣れの問題だと思っていた梅本は、あらためて草村に同情した。が、所詮は他人。どこか遠くの国で飢餓に苦しむ子供たちと同列に思った。

 それからは主に、四十をすぎると体のあちこちがおかしくなる、という話……。普段なら相槌を打つ程度に留めるところだが、

「ここは奢るから、もっと食え」

 と言われた後なので、さも興味があるかのように、積極的に質問した。


「それじゃ、送っていこうか」

「はい。お願いします」

 陣内が会計明細を取ってレジに向かった。

 人材派遣の扱い方がわかっていないのだろうか? いちいちこんなふうに(ねぎら)っていたら高くついて仕方ないと思うのだが。

 そうして、梅本は自宅近くのコンビニまで送ってもらった。ここまでしてもらっておいて、飲酒運転を指摘する正義感は出てこない。



「花川さんは、まだ仕事終わんないの?」

 明細書に受領印を捺しながら、言った。

「何言ってんのよ。私だってたまには早く帰りたいけどさ。六時じゃまだ終われないわよ」

 彼女はパソコンから目を離さずに、フンと鼻息を漏らす。

「そうか。残念」

 花川は髪を耳へ掛け直しているときにハッとして、梅本を見上げる。

「ちょっとぉ、私の車をアテにしないでくれる」

「ああ、それじゃトボトボと帰るよ」

「はい、おつかれさまぁ」

 梅本が踵を返すと、今度は奥から声がかかった。


「梅本さん。ちょっと待って!」森くんだ。「えぇはい……本人が今ちょうど事務所に顔を出してますので……はい、少々お時間をいただけますでしょうか……はい、それでは、すぐにこちらからご連絡をさしあげます。はい……はい」

 梅本と花川は顔を見合わせて、同時に首を捻った。


「すんません。今晩空いてますか?」

 森くんが、腰を捻ってデスクの角を避けながら寄ってくる。

「え、今から?」

「今からというか、二十一時、零時なんですけど」


 急遽応援というパターンがある。午前に入っていた奴が体調不良になり、昼から代役を務めるというものだ。

 梅本も夏場のコンテナの荷卸しに駆り出されたことがあった。また別に、着ぐるみの代役は二度とやらないと心に決めている。他人の汗でグチョグチョになった着ぐるみに脚を通したときの感覚は、今でも忘れられない。そんな、いろんな所へ派遣される梅本でも、夜遅くに三時間だけというのは経験がなかった。


「何だそれ?」

「昨日、陣内ハウジングへ行ってもらったのって、梅本さんですよね。そこからです。昨日の方に来てほしいって今連絡があったんですよ」

「あぁ、陣内さんか……」

「どうされますか? すぐに折り返しますって言いましたけど」

 花川が椅子を回して話に入ってくる。

「ご指名よ、梅本さん。良かったじゃない。昨日、ご飯までご馳走になったんでしょ。当然今日は時給七百円でも行くわよね」

「夜間料金で七百は酷いだろう」顔を顰めて彼女を睨んでやる。「う~ん。まぁ暇だから行くけど、二十一時からって、いったい何をするんだよ? まさか夜中に草むしりじゃないよね」

「顧客訪問の補助ってことでした。荷物持ちとかじゃないですかね。車の運転はさせないという条件は伝えてあります」

 梅本は、四輪の運転免許を取得しているし、とくに自信がないというわけではない。ただ、派遣会社としては、万が一スタッフが交通事故を起こした場合のことを考え、補償の観点から、基本運転手の依頼は断っている。


 梅本が了承したので、森くんは安堵の表情を浮かべて、すぐに折り返した。

 その電話の途中でまた呼ばれ、梅本は直接陣内と話をした。

 給与云々はその後のこと。会社同士の話し合いであって、派遣スタッフは口を挟めない。


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