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二手に分かれ両端から攻めていた梅本と草村は、当たり前だが中央で合流した。
そしてひと言の会話もなく、二人は黙々と刈り進んだ。お互いの間にある、どっちの領分ともいえない箇所で妙な遠慮が生まれる。彼がいちいち赤らむので、梅本まで気恥ずかしくなってくるようだった。もちろんその気はない。
「あ~腕が怠い! こんなもんだよなぁ」
裏の家の塀までたどりついて、独り言のように完遂を宣言する。
「あ、アソコとアソコ、ちょっと残ってるんで……」
草村が小走りにいった。
――細けぇなぁオイ。
とりあえず、後はダンプへ積んで均して幌をかければ終わり。途中にも小まめに運んでいたので、後片付けは十分とかからなかった。
梅本は水筒をリュックから取り、飲んだ。温いし美味くないが、体に染み入った。最後の一杯分を蓋に注いで、草村に「飲む?」と差し出す。
「い、いえ。ちょっと買いに行ってきます」
――何だよ。苦楽を共にしたら、〆の回し飲みだろ? 女が差し出してきたら喜んで飲むくせに……。俺はそんなに汚いオッサンじゃないと思うぞ。
梅本はむくれてツイッと最後を飲み干した。
草村が角を曲がって消えるやいなや、不動産屋の陣内が一つ手前の角から現れた。どこかで見ていたのではないかと思うほどタイミングが良かった。自転車の後ろに四つの箱を括りつけ、半身になって器用に片手で押さえながら、走ってきた。
「ごくろうさーん。スマンスマン遅くなったな。お、もう終わってるじゃねえか」
「今ちょうど積み終わったところです。もう一人は水分補給で近くの自販機へ行ってます」
「あそう。じゃぁキミもちょっと一服してくれ」
自転車のスタンドを立てて、箱を降ろした。
「除草シートってのはどうするんですかね?」
「あぁそれな。まずは全体にまんべんなくこの除草剤を撒くだろ」積んできた四つの箱をポンッと叩いた。顆粒タイプのものだ。「それでそのシートでぴっちりと隙間なく覆って、専用の釘で打ちつけると、もう雑草が生えてこなくなるらしいんだわ」
「へぇそうなんですか。それじゃ、やってしまいましょうか」
「いやいや、風のないし、敷く作業じたいはそんなに時間はかからないと思うから、時間もあるからゆっくりしてくれよ。そうだな、四時くらいまでは休憩しといてくれな」
「はい。――あ、それと昼にそこの家の方に、缶コーヒーとお菓子をいただきましたけど」
「あそう。ま、いいんじゃない」
スマホをチラリと見た。
――四時までといえば、後五分しかないじゃないか。
梅本が除草剤の箱にある注意書きを読みながらも、草村の行方を気にしていると、彼が帰ってきた。
草村は、陣内が来ていることに気づいて、小走りになった。
「おぉごくろうさん。キミももう少し休憩していてくれな」
やっぱり喉が渇いていたようだ。手にしている買ったばかりのペットボトルが、ほとんど空に近い。
「は、はい」
陣内も気づいたようだ。おやっという表情が物語っている。
すると、その雰囲気を察して草村がさらに赤くなった。ついには背を向けて、スクーターのほうへ行ってしまった。
陣内と梅本は視線を交わした。
おそらく陣内の目は(何だあれは?)と言っている。対して梅本の目は(今日はずっとあんな感じでした)と答えている。何ともいえない表情で、二人の口から同時にため息が漏れた。
梅本は除草シートというものを、今日初めて知った。もちろん敷くのも初めてだ。白馬村で体験したソバ打ちや、信楽焼体験を思い浮かべて、俄然やる気になっていた。
しかし、ああいうのは最後に自分で食べたり、焼き上がった作品が後日送られてきたりするから良いのであって、仕事となると途端にプレッシャーがかかって、面白くなくなる。
除草シートもそうだった。二股になった専用のクギを二十個も打てば、梅本はたちまち飽きた。仕上がりが想像できてしまい、そして、だいたいその通りに仕上がった。イメージと違ったのは、この売地の見た目がスイカみたいになってしまったことくらいか。
それは陣内が事前にホームセンターへ買い出しに行ったときに、黒色の除草シートが品薄になっていて、ちょうど半分が緑色の柄になってしまったためだ。陣内が、どうせなら一列ずつ変えようと言い出したので、こうなった。梅本と草村は陣内に従っただけなので、後のことは知らない。
そして、時刻は五時を少し回った。
「おっし、ごくろうさーん。終わるとしようか」
「おつかれさまでした。時間が少し早いですけど」
「あぁいい。タイムシートは契約通り、五時半と書いといてくれ。えっと、俺のサインとかがいるのか?」
「そうですね。二枚綴りになってますので、ここに……」
営業と契約時に話しているはずだが、梅本はひと通り説明して、挨拶を終えた。
草村はペコッと会釈して、二人が呆気にとられるほどあっさりと帰っていった。
梅本は靴を履きかえ、帰り支度をする。長靴と傘を紐でリュックに固定して、来たときよりも快適に歩けるように工夫をこらしていた。
「お~い。スマンけど自転車積むのを手伝ってくれよ」
「はい」
せっかくの早じまい。残っていると、いらない仕事が増えるものだ。
「ところで、えぇ梅本くんだったか? 歩きで来てるのか?」
「そうです。――じつは先週に、バイクをパクられちゃいまして」
「あらら、それは災難だったな。それで、しばらく徒歩ってわけか。おし、それじゃ乗ってくか?」
今朝は少し迷ったせいもあって、九十分くらい歩いた。この住宅街を出た所にバス停を見つけたので、帰りはそれに乗ろうと考えていた。が、自身でも汗臭いと感じているので、この時間帯のバスには多少の躊躇いもある。乗せてもらえるならば、そんな嬉しいことはない。
「知り合いの農家へ寄っていくからな。そこでちょっと雑草の降ろしを手伝ってくれ」
すんなりと送ってもらえるわけではなさそうだ。しかし、元々契約時間内なので、まんまとハメられたとは思わない。
ここは田舎町だとはいえ、ゴミの自家焼却は御法度だ。それでもたまに庭先で焚き火している人を見かけるが、二トンダンプ満載の量だと、コッソリというわけにもいかない。
本来ならば役所の許可を取って、焼却施設へ持ち込まなければならない。しかし、これがけっこう高額な料金を請求されるらしい。そこで、消防局に電話一本で野焼きの許可が下りる、農家の人にお願いしたそうだ。その人と陣内がどういった関係なのかはわからないが、燃やす物がただの雑草ということもあって、快諾してくれたらしい。
二トンダンプは帰宅ラッシュに填まっていた。
「ところで、残業ってのは再契約を結ぶとか、何かややこしい決まりがあるのか?」
「いえ、とくにないです。さっきの伝票を破棄して、新しい時間を書きこんで、それにサインをいただければOKです」
「そうか。そんなら終わった時点でサインすればいいな」
残業扱いにしてくれるとは、まさに僥倖。
「はい、ありがとうございます」