草
工場や倉庫など長期の派遣組には、新人の面倒を任されたり、正社員からの伝達事項を中継したり、欠員の補充までをも担うリーダー格の者がいて、短期単発主義の梅本には、そういった者から声がかかることがある。病欠が出たから明日だけでも頼む、という依頼だ。
ただ、そういった現場は、二週間くらい連続で働いて、ようやく慣れてくるようなきつい作業が多いため、断るスタッフが多い。
派遣会社としては、契約通りの人数を送りこむことが最優先なので、どうしても用意できなかった場合には、営業担当者自らが背広を脱ぎ捨てて、応援に向かう。必死になって、登録スタッフへ電話をかけまくるのも当然だ。
しかし夜が更けていくにしたがって、その人員確保できる確率は下がってくるわけで、断られ続けた疲労もあってか、依頼口調は厳しいものとなっていく。そういう口調に、脅されたと感じるナイーブなスタッフが稀にいて、後々問題になることもあるらしい。
受話器の向こうの花川は、まず愚痴から始めた。
友達と一緒にスタッフ登録して、一人が「明日、ダルくね?」と言いだすと、もう一人も「なんか、腹イタくね?」と言って、二人で「超バックレちゃう感じ?」となるとか。そんな想像上の例をあげて、彼女は怒っていた。(まったく、仕事を何だと思っているのかしら!)
「で、求人二名の欠員も二名かよ?」
(そうなの。あ、一人は草村さんが行ってくれることになったんだけど、知ってる?)
「いや、会ったら思い出すかもしんないけど……名前だけじゃ、パッと出てこないな」
(そう……。すごく無口な人で……まぁそれはいいの。それよりも、もう一人の確保よ。梅本さん助けてよ。そうそう、軍手と合羽と長靴は自前で用意してね。場所はね……)
「あ~もしもしぃ。まずは、どんな仕事内容なのかを教えてくれよ」
梅本は不動産屋からの単発依頼と聞いて、マンションフロアの清掃や、浄化槽のメンテナンスをパッと思い浮かべた。しかし、それだと専門の業者さんがいるし、費用の面でもそっちのほうがお得なはずだ。
(除草作業ですってよ)
「草むしりかよ」
(何よ、文句でもあるっての! ――フフ、なんと日当八千円よ!)
「へぇ」
それだけ出すってことは、そうとう広いお屋敷なのだろうか? それともスタッフがなかなか決まらないから、カンネスサービスが上乗せ金額を負担しているのだろうか? にしても、シルバー人材派遣という選択もあるだろうに。あの方々のほうがいいと思うのだが……。
(ちょっとぉ、もっと驚いてよ。とにかくお願いね。今回も初めてのお客さんだから、いつも以上にちゃんとしてよ)
ああ、と返事をしてしまったので、明日は草むしりへ行く。
梅本は場所と時間、顧客名をメモって電話を切った。これで花川に一つ貸しができた、なんて勘違いをするほど梅本は若くない。求人があって、それを請け負ったというだけの話だ。仕事を回してもらってありがたいとまでは思っていないが……。