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灰になっても

作者: きゅーーー

女の子が好き。

男なら当たり前のそんなことが、少し行きすぎて失敗ばかり・・・

ダメダメな中学三年


火葬場で、親族の灰を見てから思う。

俺は、俺は

「灰になっても女好き」

だんだん狂って行くけれど、人の誇りは忘れない。


不器用でどこか憎めない"彼"の物語です。


人は生きる。

息を吐き、自然とリターンが帰ってくる。

心臓は、休暇も取らずに働き続ける。

働かず黙っていては、人は生まれてすら来られない。


やがて、生き終えたら土へ還る。

「みんなね、死んだらお星様になるんだよ。」

よく聞く言葉だった。



彼が初めて人の死を意識したのは、中学三年の春だった。

彼が生まれたことをきっかけに絶縁状態にあった父方の実家の、彼にとって曾祖母にあたる人が死んだとのことだ。


「おい、俺に、塩を、投げてくれないか」


四月のある土曜、深夜。

彼の父親は真っ暗な玄関口でそう声をあげた。


彼の母親が、疲れきった父に黙って塩を投げ掛ける。


白い砂を撒いたような階段を、掃いて良いのか悪いのか?


なんとも言えず、彼は無言で冷蔵庫を閉めた。

その日は曾祖母の通夜だったと、父親は呟いた。


翌日、天が愚痴るような気持ちの悪い曇り空、葬式だけは一緒にとの父親の誘いで彼は火葬場にいた。


黒の学ランを羽織っていても、肌寒い。


その父親の実家は、都内の寂れた下町にあった。

80年代のヤンキー映画に出てくるような河川敷を、連れだって歩く。


「ここいらはそこかしこに、皮革工場があるだろう?

昔ね、いわゆる被差別身分の人たちがしていた仕事だ。

父さんが小さい頃、当然そんな嫌な差別制度は無くなっていたが、人手が足らず、あちこちからの外国人労働者を雇いまくってたよ。まあ、トラブルも多かったね・・・」


少年、ひとり思う。


社会科は得意だった。現在で言う、沖縄の基地や米兵問題。

移民受け入れの是非に関する議論の、ものすごくミクロな現場が、かつて存在したのかな。俺には関係ないが。全く、冷めた中学生だ。


人がひしめき、足の踏み場もないような葬儀場で、告別式が始まる。少し外が晴れてきたように思えた。この時期特有の、いやらしい熱気が鼻につく。


葬儀が終わり、曾祖母は霊柩車で火葬場に運ばれていった。


少年と父親、親族ら20人弱は貸切りバスで後を追う。

死者の後を追うような気味悪さを感じ、火葬場についてすぐ嘔吐した。無駄なほど磨きあげられたトイレの個室で、少年は一人踞る。


最後のお別れ。お別れを。


葬儀社の社員は声高に何かを言うが、なんのことはない。

少年にはこれが初対面なのだ。最後も別れもあったものか。


でも、棺の中で優しく微笑むその顔は、不思議な安心感がある。


なぜか少年には、「この人は、今から死ぬのだ。」そう思えてならなかった。


一時間・・・

たっただろうか。焼かれて出てきた"初対面の"曾祖母は、骨に。

というのか、灰に。というのか


彼には言い表せない。人ではない何かに。


その何かを見つめ、少年は初めて死を意識した。




「熱っっついぃぃーー!」


風呂から上がり、髪の毛をかきむしるようにバスタオルでふきあげる。ドライヤーもリキッドも、へったくれもねえや。


ただ、ヘアトニックとリンスには気を遣う。

そんな21歳。彼女、なし

交際経験、なし・・・


先ほどの少年が、6歳歳をとり、身長が10センチほど、体重が20キロ増えた形がそこにある。


彼は密かに自分をこう思っているらしい。

「灰になっても、女を愛す」


とんだ好色だ。全く

私(筆者)が、最もなりたくない漢の物語だ。




彼は言った。

「俺は誰にでも惚れてしまう。もはや病気なんだ」

・・・近頃は、誰が好きなんだい?


「今日昼に、スーパーに買い物に行ったんだ。そこのパーキング警備のお姉さん。」


・・・昨日は?

「昨日?夕方に行ったオープンカフェのあの娘かな・・・

テラスで本を読んでたら、父と娘二人の三人組が隣テーブルに座ってね」

・・・何かしてやなかろうな?

「してないしてない!姉の方が、だいたい高1、妹中2って感じだったかな」


「青みがかったフレームのだね、眼鏡をかけた。姉妹の姉の方に惚れちまったよ。」


・・・惚れたってもよ。具体的に何も出来ないのに。

「いやいや、文系女子だと俺のセンサーが働いてだね。わざと読んでる本の表紙を向けたり、色々するのさ。眺める以外にも」


・・・(こいつ、やべえ)


「カフェを出て、缶ビール飲みながらラーメン屋の前通りすぎたらさ。いや、俺そこの常連なんだが、新人の可愛い娘が入ってたから、しばらく見いっちゃったよ」


・・・先週は?

「よく聞いてくれた!俺ってめっちゃ近視だろ?

眼鏡手放せなくて、先週も新調したばかり」


・・・見りゃわかるよ。

「で、そのメガネ屋の店員の事が、俺高校時代から好きで」


・・・待てよ。一緒に高校通ったが、お前その頃ナース志望のあの子好きだったじゃないか!

その前の月まで、楽器吹いてたあの小柄な子だろ?


秋には俺の後輩にまで、なんかくしゃくしゃの、コーヒー無料券二枚差し出して。誘い出してたじゃねえか。


コンビニのコーヒー券なんか要らねえって、文句いってたぞあの子!


それに俺は、K(共通の友人)から聞いたよ。

お前高3の春に、ソープ通いしてたんだって?

何でも2年の冬から行ってたらしいじゃんかよ!


・・・「俺のバイト代だ。好きに使って何が悪い」


下世話な議論を交わすのは、彼が先ほど話していたラーメン屋だ。


日曜の午後だが、嘘のように閑散としていて、下らない激論に唾も飛ばせた。


そうなのだ。彼は女と見るや。まるで理性を欠いてしまう。


彼がその前の晩、カフェで読みふけった小説に、こんな場面が出てきた。


強姦常習犯の独白で、犯人が自らの性に対する異常さを語る場面だ。確か、自分のことを性欲的な人間で、小学一年から自慰ばかりしていたと揶揄していた。そんな場面だ。


読んだ彼は、ひとりツッコんだことを思い出す。


「俺は、4歳の頃からだ。威張るなwww」と


何も笑えない。


今彼は、旧知の女性のSNS写真。もしくはそのスクリーンショットにキスばかりしている。


・・・どうしようもないなお前は。

何年か前に、韓国のアイドルが流行ったよな。

お前そのあたりから、あまり登校しなくなった。

聞けばお前、隣国のアイドルに幻想抱いて、盛り場の韓国人キャッチ嬢にわざわざキヤッチされに通ってたそうだな。


・・・「」


彼にとって、言い分などない。何一つない。


彼はそこで3万ほどぼったくられたのだ。


ぼったくられた当時わずか16歳、その少し前にはガラケーから通販で、使用済み下着の個人オークションも使っていた。本当の阿呆なのだ。


周囲の人間は、彼がダメな一面を匂わす度に、顔を歪ませ、時に咎めた。だが、当の彼に改善の意思はあるのだろうか。


顔はそれほど悪くない。わりと端正な顔立ちだ。


彼はこのねじ曲がったスタイルさえ直せば、そこそこ幸せな恋愛が出来るのに。勿体無い。


彼の無二の親友である私は、意を決して彼に尋ねる。


・・・多少の変態さには目をつぶる。完璧にまともな性癖の人なんて、俺はしらない。


だが、思うんだ。誰か好きになるなら、一人に絞ったらどうかな

それをしなかったからお前、恋人出来なかったんだぞ。



彼は無視するように、手を挙げて餃子を注文する。

応対したウェイターは、彼のお気に入りではない。

初老の女性だ。


「怖いんだ。一人に好きな人を絞るのが。」


・・・怖い?

私は初めて、この会話が前進した思いだった。


「俺は中学時代、ひとりの人を1年以上好きだった。」

「何をしてても彼女のことばかり、聞こえてる音楽もみんな恋の歌に聞こえる」


「俺は辛抱たまらない。どうにも辛抱たまらない。

卒業式の日に、告白することにしたんだ。まだ日常会話の一言すら交わしてなかった。俺がだ。」


「式が終わって、俺はずっと校門にたってた。思いだけでも伝えたかった。玉砕って言えば響きがよくて・・・」


「式の前3日間くらい、ずっとパソコンで特攻隊の記事ばかり漁ってた。校門に立ちはじめて3時間した。もう先生たちすら誰もいない」


「彼女、友達と裏門から出たんだよな・・・」



餃子が運ばれてきた。彼はこれは俺の奢りだという。


ワタシですら彼のこの話は初めて聞く。

五分ほどは無言で餃子を食べ続けた。脂ぎった喉に、ジャスミンティーが染み渡る。


・・・それで、たしか卒業式のあの日ってさ。


「うん、言うなよ。」


そうだった。彼は彼女と会うことがもうないことを悟り、家に帰った。部屋で涙の枯れるまで泣いた。


泣き疲れて母親と二人、リビングで食事をとっていたその時。


あの災害史上に残る。未曾有の出来事が列島を襲ったのだ。


あの震災では、彼が産まれた地方が壊滅したので、詳しい説明は省く。


つまり、誰にとっても辛いのだ。


日本全体が危機管理の色を強めるなか、彼の両親は彼に携帯を買い与えた。


友人に恵まれた彼にとって、つい前の週まで恋い焦がれていた同級生の、メールアドレスをこっそり入手することは、大した労ではなかったのだ。


・・・初耳だ。それで?


「何となくメアド知った体で、挨拶から。その後何通かメール。で、俺やっちまった。メールでコクった。」


日本武士を気取っていた当時厨二病の彼にとって、最も恥ずべきことを、彼はやってしまった。


結果は悲惨なものだったらしい。


思い付く限りの罵詈雑言を山と積み込んだ返信が帰ってきて、うちひしがれた彼に更なる衝撃が。


彼の稚拙な告白メールは、地元中に転送転送、拡散されていたのだ。


だが、自業自得。これ以外に何があるのか。


さして同情もせず、私は頷く私も彼も、春生まれ。

高校進学と同時に16歳になっていた。こんな下世話な激論を交わす現在は、私も彼も21になっていた。



彼が狂い出したあの頃か?

だとして、そんなものが言い訳になるとでも思っているのか?

逃げているだけだろう。


もう、彼を目覚めさせるのは今しかない。

これきり関係がなくなっても構わない。ぶん殴ってでも、これだけは伝える。


・・・メールでコクって、フラれたと。

傷ついて、性に歪んだと。

そのさなか、楽しかった?


・・・フラれて、傷つきたくなきゃ、切り替えりゃよかったじゃん!

傷ついても、立ち直りゃよかったじゃん!

もっと言うなら・・そんな女、好きにならなきゃよかったじゃん!


一言でも・・・相談してくれりゃよかったじゃん!

あの時!


ここまで言って、取り乱さなかったのは我ながら見事だと思った。


私は言葉を続ける。


いまからだって遅くない。エロ親父みたいなキモいですアピールはやめろ。

ぶっ飛んだヘンタイをてらうのは卑怯すぎる。勝負からの逃げだ。

好きな人がいるなら絞れ、大丈夫さ、お前をフッたあと、完膚なきまで叩きのめした。あんな女ばかりじゃない。


・・・私はここまで言うと。急に恥ずかしくなった。

顔が赤らむのを悟られたくないと。黙ってテーブルに千円札を二枚置いて店を出た。


彼からは一週間、連絡がないが・・・





-エピローグ-


~風呂から上がって、無造作に頭を拭きながら、彼は髪の毛が抜けたのを感じた。指の間に挟まっていたのは、なんとも見事な白髪だ。~


「白髪かよ。」


ラーメン屋での出来事から一週間、彼なりに思うところはあったのだ。


火照った変態は、一人呟く。


「灰になるまで、女好き」


「この頭が全部白髪になっちゃうまでに、結婚はしたい。

いや、彼女が作りたい。」


折しも彼は新しい仕事先が決まりかけていたのだ。


服、俺にはどんなのが似合うんだろう?

髪型は?


靴は?


どれも、彼が生まれてこの方、初めてまともに考える不器用な「モテたい」だった。


そもそも、ちょっと早口でしゃべる癖あったな。直さねえと・・・

変態アピール。もうやめだ。今までのこと思い出すと・・・


寒い寒いよ寒すぎる。


ここまで呟いて、8月でありながらもうそこまで来ている秋を感じた。今までの自分にだけでなく。フィジカルな寒さも感じるわけだ。


気持ちを切り替える決心は、とっくについていたようだ。


"こういう、引きの美学で、始めるさ。次の季節を"

彼は好きなバンドの曲の、いちフレーズを口ずさむ。


外では鈴虫が

何かを待つように合いの手を入れていた。


いかがでしたでしょうか。

あとがきにもなりませんが、最後までお読みいただきありがとうございました。

また機会を作って(機械があれば、等といったら登場人物の"彼"の友人に叱られますからね(笑))

投稿します。


ごきげんよう!

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