小さな恋のうた 1
この章で、ようやく商品名が決まる……はずです。
決まらなかったらどうしよう。
「こんにちは。今日の打ち合わせはどちらでしょう?」
「今日は……昨日と同じ場所になっています。担当者を呼びましょうか?」
「いいえ、前の仕事は早く終わったので、ちょっと早いのであちらで待たせて貰ってもいいですか?」
今日の仕事は歴史ドラマの脚本家との打ち合わせで、近くの収録スタジオだった。
茶道の流派は役柄の利休と違うのだが、そこまで詳しく分かるように撮影はしないから自分の流派で構わないという事になった。
「構いませんよ。ここは商品開発部がメインですし。エントランスはまだ暖房を入れておりませんので暖かいものをお持ちしましょうか?」
受付嬢が気を使ってくれるが、僕は持参しているマイボトルを見せた。
「大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
そして、僕はこないだの打ち合わせで貰った資料をもう一度読み返していた。
「楓太君、呼び出してくれても良かったんだよ。澤田さんは?」
「澤田さんはいつも同伴って訳じゃないですよ。僕も前の打ち合わせが思った以上に早く終わったもので待たせて貰いました」
「そうだったんですね。お忙しいでしょう?」
「僕は……今年はそうでもないです。まだ公表できないものもあるので」
「そうだね。現役アイドルだし。そういえば、高校3年生だっけ?進学するのかい?」
「はい、推薦入試で合格を貰っています。これも、ここだけのお話で」
「それなら、CMに専念できるね。進学がどうなっているかによって企画の進め方が変わるからね」
「そう言われたらそうですね。お気遣いありがとうございます。ひょっとすると、同時進行の仕事の都合で何度か和装で伺うかもしれないのですが……」
「構いませんよ。前のCMでは和装で収録お願いしましたし」
「そういえば、そうでしたね。今回も考えていますか?」
「具体的にはまだですが、お茶に合うフレーバーを合わせたらいいって話は出ています」
「いろいろと話が決まるといいですね」
僕はそう言うと、荷物を鞄に纏めて立ちあがる。
そして、高山さんと一緒に歩き出した。
「で、今日は商品の形を決めたいんだけども、楓太君はアイデアがあるかい?」
「普通のマカロンって、丸いですよね」
「うん、今回も丸で考えているけど」
「それをハート型って出来ませんか?折角恋をイメージするのならハートがいいかなって……あれっ?僕の意見っておかしいですか?」
こないだ資料を貰って僕なりに考えてみた。よく見るマカロンは、丸い形に淡いパステルカラーのモノが多い。
パステルカラーはそのままで、ハートの形だったら女の子は手に取りやすいのでは?
「それはそれでいいね。でもハートだけだと男の子は手に取り辛いでしょう?」
「そうですね。男性的なフレーバーの時は丸くてもいいと思います。チョコレートとかコーヒーとかピスタチオとか」
僕がそうやって提案していくのを高山さんは目をキラキラさせてパソコンに入力している。
「凄いですね。お菓子を扱い機会が比較的多いからイメージがつきやすいのかな?」
「それはどうでしょう?僕は結構甘いものが好きですよ。ケーキも食べますし」
「えっ?そうなの。それはちょっと意外だったなぁ」
「僕がスイーツ男子というのは、ここだけの話にして下さいね。じゃないと大変なことになっちゃうんで」
「あはは……分かったよ。ハートの形は作る事が出来るのか、工場ラインに相談してみよう。100個に1個の割合でもいいってことだよね?」
「レア感があってそれもいいですね。すみません、商品の打ち合わせって雑談の延長みたいな感じでいいんですか?」
気がついたら、事務所でスタッフさんと会話している位に緩い打ち合わせになってしまっている事が不安になって僕は高山さんに確認する。
「僕達が、もっと偉い人と話すわけじゃないからいいんだよ。楓太君がイメージしてくれるものを僕がちゃんと受け取って形にしていって、商品化できるようにしていくのが仕事。
楓太君は、分かりやすく意見を言ってくれるから、作業がどんどん進んでいるよ」
そう言うと、僕の前に紙皿を置いてカラフルなマカロンを置いてくれた。
「まずは、サンプル品。だから形は丸いんだけども。まずはバニラとレモンとフランボワーズとキャラメル。この商品が定番品の予定なんだ」
バニラのマカロンを手に取る。白いそれは、力を入れて掴んだら崩れてしまうのではないのかという錯覚を起こしてしまう位、儚く見えた。
「これって、儚さと、甘酸っぱさとほろ苦さと脆さをイメージしているってことですよね?」
僕が思ったイメージを口にすると高山さんは立ちあがって喜んでいた。
「凄いよ。そこまでイメージができるなんて。楓太君はCMのスチールで何色のマカロンと手に取ってみたい?」
定番からというのなら……レモンかな。もしくはピスタチオとか抹茶の緑っぽい色がいい。
「この中ならレモンですね。もしくは緑色が使える味がいいと思います」
「成程ね。フランボワーズって選択は?」
「僕が男なので、あえて外してみたんですが。バニラは背景によっては、ぼやけちゃうので避けた方がいいと思います」
高山さんは僕が言っていくアイデアをどんどん纏めていく。
あっという間に時間になってしまった。
「今度打ち合わせに来るまでにハートのマカロンが作れたら試作品を用意してみよう。次回は商品名を決めないといけないね。今度は広告代理店の人も来るからね」
「はい、分かりました。次回も楽しみにしていますね」
「こっちこそ、本当に勉強になるよ。楓太君……直感でいいよ。楓太君にとって片想いは?」
いきなり高山さんに質問される。直感か……だったら……
「想い過ぎて切ないですかね?休みの日が会えなくて辛いというか」
「成程ね。そのイメージを中心にこれからは考えていこう」
「いいんですか?そんなので」
「そこからイメージが変わるなら、それもよし。そのままなのもそれでいい。恋には答えはないからね」
「はい、それじゃあ僕も考えてきますね」
「次の打ち合わせは事務所に連絡を入れるから、変更は気兼ねなく言っていいからね」
「ありがとうございます。失礼します」
企画の打ち合わせなんて初めてだったから、緊張したけど思った以上に楽しいものだった。
クールキャラで初恋未経験なはずの雅(楓太)なのに、女心を意識したアイデアを出していくので、どんどん形になっております。