閑話 リア充な僕ら
歌番組収録後の樹と里美。
「なあ、ふうって……」
「それ以上言わないであげて。本人だって分かっているから」
「ふうん。なら俺は見守るスタンス貫こうっと」
歌番組の収録が終わってメンバーとテレビ局で別れた。楓太とナツミちゃんはタクシーで、双子は地下鉄で、昌喜は買ったばかりというマイカーで帰って行った。そして俺は……マネージャーであり、彼女でもある里美の車に乗っている。
「それにしてもあのふうがね……可愛いと言えば可愛いんだが」
「樹、あなただってそんなに変わらなかったでしょう?そうやって人の恋路をおもちゃにしないの」
「分かっているよ。あいつ等はどこまで気がついているかな」
「もう、止めなさいよ」
「分かっているって。でもさ、あいつ達不器用そうじゃん。ばれないで付き合える訳?」
「付き合わないって。少なくてもふうはね」
「どういう事だよ?」
「ネックは夏海の年齢よ。あの子はまだ12歳よ」
「嘘……もっと大人びて見えた」
「だから、ふうは世間的に問題のない時まで待つつもりみたいよ。傍で見守りながらね」
「見守るって言うよりも、番犬じゃないか。実家も絡めているんだろ?噂になっても弟子じゃ突っ込みようがないよな」
「そういうこと。弟子と結婚しても交際しても何も問題ないって事よ」
「なっちゃんの気持ちは?」
「秘密。こう言う事は隠して置く方がいい事もあるのよ」
そういうと、里美は俺のマンションの地下駐車場に車を止める。
「で、今夜は?」
「樹と食事をしてから、帰るわよ。私達もあの二人を見習いましょう」
楓太め、変なところでストイックすぎるから俺まで巻き込まれたじゃないか。
俺達も6歳の年の差があるけど、里美の方が年上だから交際していて困る事はない。二人で変装して普通にデートもしているけど、あの二人じゃ無理だろう。
まあ、勉強を教えているって事は、楓太が先生の家に通っているのだろう。あの家は元々楓太が通っていたピアノ教室だ。ってことは、二人とも面識はあったのだろうか?
何がきっかけで夏海がこの世界に飛び込んだのだろうか?
「なあ、なっちゃんってどうしてこの業界に入ったの?そういうタイプの子じゃないよね」
「うーん、大人びた子だからね。そう言う意味では規格外ってことよ」
里美さんが言いたい事は良く分かった。俺にもそういう時期があったからだ。
あの頃の俺はむしろ仕事をセーブして学校を優先していた。彼女の場合はそうは申し訳ないけど見えなかった。社長たちもその事に対して特に何も言っていないって事は公認という事なのだろう。
「俺が出来る事は?」
「あなた達があの子のお兄ちゃんになってあげて。大人と過ごす事が多いから同年代の子達とのコミュニケーションが苦手なの。よろしくね」
「分かったよ、里美。メリークリスマス」
俺の部屋のリビングに入った里美を腕の中に閉じ込める。最近引っ越してきたばかりのこのマンション。セキュリティーもしっかりしていて、隣の部屋は里美の部屋だ。
社長は同棲は認めてくれなかったけど、マンションの隣の部屋というのは認めてくれた。
だから、互いの家を行ったり来たりして過ごしている。実質的に半同棲状態だ。
部屋に置いてあるものも若干違う。里美の部屋には、リラックスするものが比較的多くて、俺の部屋には仕事で利用するものが圧倒的に多い。個人のパソコンは俺の部屋の書斎として使っている部屋に里美のパソコンも置かれている。引っ越しを機会にアドレスを変えたが大手のプロバイダーなので同じ部屋にパソコンがあるとは気がつかないだろう。
「ちょっと待ってね。今夜は作り置きでもいい?」
「いいよ」
冷凍庫にストックしてある、作り置きの惣菜等を解凍して軽めの食事を用意する。俺も皿を出したりしながら里美の手伝いをした。
「さあ、食事をしましょう。明日の仕事は……一緒に行けないわ」
「ナツミちゃんの仕事の方?」
「そうなるわね。何かあればメールくれる?」
「分かったよ。って事は明日は早く仕事が終わるって事か。折角だからケーキ食べないか?」
「えっ?買ってくるの?」
「ちょっと違うけど、明日母さんがケーキを届けてくれるって。管理人さんに頼んで部屋を開けて貰って運ぶって言っていた」
「倫子さんのケーキか……頑張ってお仕事しようっと。事務所にも差し入れとして届けるって言っていたから楽しみにしていて」
「後で私が喜んでいたってメールしてくれないかな?」
「分かったよ。で、俺からはこれ」
俺はビロード張りの小さな小箱を取り出した。
「樹……これって」
「うん、俺も右手の薬指にはめるから、里美も嵌めてくれない?俺達が付き合い始めたあの日を掘って貰ったよ」
「うん。ちゃんとつけるね」
里美の右手の薬指にゆっくりとシルバーのリングを嵌めていった。
「その日が来たら左手にも用意するから、それまでは待っていてくれよ」
「うん。ありがとう」
「で、折角のイブの夜だからさ……少しだけいちゃいちゃしてもいいと思わない?」
「少しだけだからね?」
「分かっているよ。さあ、おいで」
俺は彼女の腕を引いて抱き寄せた。