会いたくて 3
無事にプロモーションのお仕事も終わって、通常だとアルバイト料は貰えないのだけど、ブログにあげたいからということで、特別に高校生のアルバイトと同じ金額を貰って僕のお仕事体験は終了した。商品を渡す度に、今度のマカロン楽しみですとか、CMソング素敵ですとか、次のCMが楽しみとか……いろんな感想が貰えて凄く嬉しかった。
コンビニの制服は、今回の記念って事でプレゼントされた。もしもコンビニを使ったCMを撮影する時は使ってくれって事だった。ってことは、コンビニの店員の設定のCMを考えろって事だよな。そうやって絆が出来て行くんだなと痛感した。
音楽番組のテレビ局に入ったのは、4時を少し過ぎてからだった。楽屋に入ると、メンバーに囲まれたナツミがいた。
「おはようございます。ナツミ……大丈夫?」
僕が声をかけるとナツミは僕の側に近寄って来てにっこりと微笑む。
「楓太さん。おはようございます。今日は見学させて下さい」
「うん、聞いてるよ。太田さんからナツミを起用してシリーズ撮りたいって」
「えっ?そんなの無理です」
「大丈夫。僕も一緒にいるから……分かった?」
「はい」
僕らのやり取りをメンバーはジッと見ていた。
「なあ、ふう。この子はうちの新人だよな?」
「そうだけど?俺の実家の弟子。それとボイストレーナーの先生の姪。要するに社長の親戚。お分かり?」
「えっ!!そんな子がここにいてもいいの?」
「いいのよ。樹」
「あっ、里美」
「この子のマネージャー私だし。この子のCMデビューはふうのマカロンだから。もうでたもんね」
「はい、本当にちっちゃかったです」
「次からはナツミと分からない様にするから大丈夫よ」
「本当ですか?」
「里美さん、ナツミちゃんって……訳あり?」
「大ありよ。現役女子中学生だもの。分かったわね?あんたたち。変な事を教えるとクビになるわよ」
「それは困るなあ。お勉強は……ふうが担当だろう?歌は先生だろうし、俺達はバラエティーでのお作法を教えてあげよう」
「はい」
瑞貴がノリノリでナツミに教えようとしている。碌でもない事は教えるなよ?
「辛い時は、困ります。分からない時は本当に分かりません。それ以外はニコニコしていたら大丈夫だよ。女の子だから体を張る様な事はないでしょう」
「そうね、それとこの子、オンライン配信を中心に歌手デビューもするから……ね?ナツミ?」
「はい、無事にサンプルが出来ました。楓太さんに聞いて欲しくて」
ナツミがポータブルのCDプレーヤーを手渡してくれたので僕は聞く事にした。
僕と歌った時の透明感が更に磨きが掛かって泉の様な清らかさが溢れている。音にも過剰なリミックスとかは一切ないシンプルな楽曲だ。なのにこちらが惹きつけられる。
「頑張ったね。大変だったろう?」
「ちょっとだけです。これからはいろんな勉強をしていかないと」
「そうだね。今日はスタジオの見学をして?太田さんがこれをなっちゃんにってくれたよ」
太田さんに頼まれた白い封筒をなっちゃんに手渡す。
「わあ。太田さん私の約束を覚えていてくれたんですね。後でお礼のメールをしないと」
「そうだね。そうやって信頼される様にするのは重要だよ。本当にいい子だね」
「うん。こんな妹ならふうの様に可愛がるわ」
「僕達の事もお兄ちゃんって思っていいからね?なっちゃん?」
「はい。よろしくお願いします」
お前達……ちょっと都合がよくないか?そんなところでアイドルすまいるを巻き散らかすなよ。
簡単にリハーサルも終えた後、メイクと衣装を着た僕はナツミを座らせて、髪の毛を緩く巻いている。
「ふう、どうしたの?」
「少しだけおめかし。いかにも中学生だと狙われるから。それと、里美さん少しだけメイクしてあげて?」
「分かったわ。ナツミちょっと我慢してね」
里美さんがちょっと色の濃い口紅をつけていく。ちょっと前までは中学生だった夏海の顔が少しだけお姉さんに近付いた。
「なっちゃんは美人さんなんだね」
「これならモデルさんもタレントさんもできるよ」
「でしょう?暫くはティーン誌のモデルをする予定なの。その後は声を活かす方向に進む予定なのよ」
「オンライン配信のシンガーは分かるけど、他は?」
「DJとか声優とかね。あんた達の番組にも出すかもしれないわよ」
「そうしたら、お兄ちゃん達はなっちゃんを甘やかしちゃうからね。早く売れてここまでおいで」
「そんな無理です。意地悪しないでください」
ナツミが少し暇を持て余しているみたいで、楽屋にあったキーボードの電源を入れた。
「ナツミ、玩具程度にしかならないけど、キーボードがあるから弾いて御覧?」
「いいんですか?」
「音は絞ればいいだろう?俺達もまだ時間があるしさ」
この歌番組は、トークと歌を収録して行く。俺達の前には労働基準法に引っかかるアイドルグループが収録をしているはずだ。俺達は双子がまだ17歳なのでこう言う時は比較的はやく順番がやってくる。
「里美さん?」
「いいわよ。こないだ、ふうと歌ったアレ披露したら?楽屋の鍵をかけてあげるわ」
里美さんが楽屋の鍵を閉めてくれたので、完全防音になった。
「楓太さん……大丈夫?」
「僕はいいよ。ナツミが始めたい時にどうぞ」
そう言うと、深呼吸をした夏海が初恋のイントロを弾き始めた。そして僕達はいつもの様に歌い始める。
「なっちゃんって、マカロンのデュエットの相手か」
「実はそうです。でもまだここだけの話にして下さい」
「うん、いいよ。凄く綺麗な声だね。歌の経験は?」
「基礎レッスンはしてましたけど、ありません。ピアノはずっとやってますけど」
「成程。だからふうには懐いていたのか。納得したわ」
樹は何となくだろうけど、事情を察したらしい。こいつだけだよな。俺の実家の隣が先生の自宅兼教室って事を知っているの。そんな樹はにやにやと笑っていた。
ああ、やりずらいなあ。その後は、なっちゃんが俺達の曲を弾いたり、アニメソングを弾いたりして出番までの時間を過ごしていた。