会いたくて 2
そして仕事開始の9時になった。僕が立つレジの前に一枚の紙が貼られた。
『こちらのレジでは公共料金等の支払いはお断り致します』
確かに、通販とかの請求書を支払う事が出来るけど、僕はやり方を聞いていない。処理に時間がかかると困るから、他のレジでの精算を促していると言う事か。
そうこうしていると、最初のお客さんがやってきた。
「いらっしゃいませ。お預かりします」
さっき受けた研修通りに仕事をこなしていく。それを移しているテレビ局のカメラと雑誌社のカメラ。ただでさえ明るい店内が更に明るくなる。
「お会計はこちらになります。千円をお預かりします」
「お釣りをお渡しいたします。大変お待たせいたしました。またのご利用お待ちしております。ご来店ありがとうございます」
無事に一人目のお客さんとのやり取りが終わる。お辞儀をして顔を上げたら大変な状況に気がついた。僕の列だけ長蛇の列になっていた。二人目のお客さん以降も、途切れることなく、いつもの笑顔を貼り付けて、教わった通りに業務としてお仕事体験を行うのだった。
ただ問題になったのは、午前のお仕事終了は11時だったのだが、11時までに並んだお客さんの対応が終わったのが11時半になってしまった事だ。
これからのスケジュールは12時から店舗のそばのエントランスホールでのお披露目会だ。要は僕の昼食時間は30分もないと言う事だ。澤田さんから受け取ったハムサンドとツナサンドを頬張りながら、お披露目会の資料に目を通す。その中にはさっきのお仕事体験の映像も披露と書いてある。だからあんなにカメラが多かった訳か。
お披露目会の後、午後のお仕事体験があるので僕に対しての質疑応答はなしで、今回の誓約書の経緯を説明するとなっていた。僕はコメントとして提出してあるので太田さんが読みあげてくれるだろう。
パサパサになってしまった口の中に、アイスコーヒーを飲んで潤す事にした。午前のお仕事の時には、普段はこんなに来店はないのに……って社員さんが言っていたので、お客さんの大半は本社ビルで働く方なのだろう。
一休みして、スタイリストさんに簡単にチェックして貰ってからお披露目会の会場に向かった。
「ふうくん、なっちゃんに会えている?」
「いいえ。偶然にも自宅も近いんですが、スケジュールが合っていないので」
「そうなんだ。ふうくんでマカロンを撮影終わったら、なっちゃんで撮影してみようかってアイデアが出ているんだ。どう思う?」
「いいと思いますよ。なっちゃん達の年代が今回のターゲットですよね」
「まあね。その時にはふうくんが相手役になって企画のアドバイザーになって貰ってもいいかい?」
「いいですよ。その程度なら」
太田さんは手帳に今回の件で了承を取ったと書きこんでいる。
「それと、伊藤から聞いた?」
「聞きました。セカンドシリーズですよね?」
「今度は通学途中で偶然知り合った二人の話にしたいんだ」
「いいと思いますよ。片想いはどこでも出来ますから。このシリーズは年間ですか?」
「半年でもいいよね。ラストはこの本社の店舗を使ってお客さん相手に片想いってどう?」
「それも新鮮でいいですね。今度ゆっくり話を煮詰めたいです」
「まずは今回のシリーズが終わらないと。セカンドシリーズは4月から撮りたいからそれだけは頭に入れてくれると助かるかな」
「分かりました。また考えておきますね」
「うん、任せたよ。そろそろ時間だね。行こうか。なっちゃん、このお披露目会をテレビで見ているって」
「えっ?」
「ほらっ、今回はnatsuだからこの場には出られないでしょう?だから事務所のテレビで見ているって。デビュー曲も出来上がったって言っていたよ」
そうなんだ。頑張って作っていたのは知っていたからほっとした。
「さあ、皆に頑張って開発したものを見て貰おう」
僕達はお披露目会をスタートさせるために移動した。
お披露目会の方は、特に混乱する事も無く終了した。今回の誓約書の経緯を太田さんは当社の恥でありますがと前置きをしてから、話せるだけ詳細に教えてくれた。
多分……一時期担当者だった渡辺さんが知り得た社内情報をSNSとか某掲示板に載せてしまって情報漏えいをしていたのだろう……と僕は思う。アレ以来彼女は見ていない。
それにこの商品も本来では年明けの発売予定でスケジュールを組んでいたけれども、情報漏えいの一件で生産ラインの最大で稼働させて発売を今日にしたという経緯があったという。その中には僕なりにちゃんと決めていった事までも漏えいしていたと知らされた。
人を羨む前にもっとやるべきことはたくさんあったはずなのに、そういったタイプの人はそれに恐らく気がつかないのだろう。
一番の被害者は、このコンビニ会社。次の被害者は……僕なのかな?多分。僕のコメントは今回の契約でお仕事している立場としては一緒に仕事をしていた仲間に裏切られたというこの結果は残念でしかありません。今回はこの程度で済みましたが、訴訟になる可能性もあることを理解した方がいいと思います。僕もブログにあげる際は画像はチェックして貰ってから使っています。それと、街で見かけたからってSNSに書きこむのもプライバシーの侵害に当たる事もあります。やっていい事と悪い事の線引きはきちんとして下さい。
ちょっと優等生だったかな。俺自身を守るのと、俺の側にこれからいるはずのナツミを守るためにちょっと厳しいコメントにしてある。これは社長からも問題なしと言われている。
僕が目撃されたってタレコミ的なものはまだない。それだけ変装もきっちりしているし、目立つような場所に行く事もほどんどない。
僕が出来る事は、今のスタンスで仕事を続ける事。信頼を得続ける事。それしかない。僕らの仕事は顔を覚えられてなんぼものだ。だからいわれのない事もままある。そんな事を気にしていたら潰されてしまう。そんな中に飛び込んできたナツミのことだけが心配だった。なにかあれば、僕の弟子でもあるから傍に置いているって回答することは事務所の中でも決まっている。そういえば、ナツミはまだうちのビビッドのメンバーには会っていなかったな。今日の歌番組に見学に来るはずだからその時に顔を合わせておけばいいだろう。
ナツミは12歳だから20時前にスタジオを後にするはずだ。うちの事務所はそう言う所だけは凄くシビアにしている。楽屋でナツミと少しでも話がしたい。マカロンの事も他の事も。午後のお仕事もにこにこと笑顔は絶やす事はなかったけれども、頭の中に占めていたのは彼女の事だけだった。