じれったい 2
社長とは、結局夕食を共にする事になりその時に父からの要請の書かれた手紙を渡す事になった。待ち合わせは午後6時に新宿にある高層階が売りのホテルのラウンジとなっていた。実家がらみだと言う事と、久しぶりに和装を着たかった俺は、訪問着を着て眼鏡をかけて社長が来るのを待っている。
早めについていたので、またCMの続きを何となく考えていた時に社長に肩を叩かれた。
「雅。待たせたな。行こうか」
「はい、すみません。お忙しい時に」
「そうでもないさ。忘年会が多いのはどこも同じだろう」
「どこに行かれるのですか?」
「久しぶりに中華でもどうだ?ここは個室だったろう?」
確かにこのホテルの中華は個室が多い。俺は素直に頷いた。
「予約はしていないが今夜は空いているだろう。では行こうか?」
俺達はエレベーターに乗って高層階にあるレストランに向かう。
予約はしていなかったが、個室はすんなりと取れて、スカイビューな一番奥の部屋に通された。
「では、要件に入ろうか。お前がその服装というと家元絡みか」
「はい、家元から預かってまいりました」
父から預かった手紙を渡す。一読した社長はゆっくりとそれを俺に見せた。
そこには業界の忘年会に俺を連れて行きたいと言う事だった。
「この日付のスケジュールはどうなっている?」
俺はスマホのスケジュールを確認する。その日は丁度、午後からは空いている。
「今は午後から空いています。午前中は年明け発売のジャケット撮影です」
「そうか。お前はそのスケジュールでいいだろう。実家の方を優先させてくれ。お前これからどうしたい?」
社長がいきなり確信をついてきた。
「そうですね。いつまでグループでいられるのだろうって漠然とした不安があります。最近ソロでの活動も多くなってきて、グループでいる事も減って来たから」
「そんな時期もあるけど、あくまでも雅はビビッドでいたいってことだね?」
「そうですね。グループがなければ僕は存在しなかったから。皆は?」
「あいつらは、お前のように家業の事を考える必要がない。お前を優先させたいって言っていた」
「あいつら……」
「だから、今のCMもソロの事もお前だから決まった事だと結果を喜んでいるぞ。だから、家業を継いでも……歌だけは続けるとかで頑張らないか?」
「そうですね。すぐに家元になる訳ではないと思うので……考えておきます」
「その時が来たら、また考えようか。それにしてもお前のその姿、本当に様になるな」
「普段は和装ですからね。俺」
「そうだったな。これから事務所に来る時も和装で来いよ。別にいいぞ」
「そうですか?だったらそうします。夏のジーンズって好きじゃないんですよ」
「そういえば、お前に着物のモデルのオファーができているぞ」
「えっ?どこですか?」
「京都の老舗の呉服店だ」
「それ……俺が柏木雅って分かった上でのオファーですね。受けるしかないのですが、会長さんにオフに会いに行ってきますよ」
「なんだ?知り合いか?」
「茶道と呉服店は切っても切れませんから。後で企画概要をマネージャー経由で下さい。家元に話してから先方に柏木雅としてアポイント取りますので」
「そうしてくれな。さあ、そろそろ飯にしよう。来週にはCMもオンエアーか。どうだ?楽しいか?」
「楽しいですよ。いろんな事が思い浮かんできます」
「お前は企画の最初から作り上げて行くのが向いているみたいだな。だったら、国営放送のアシスタントも楽しいかもしれないな」
「だといいですね」
俺達は食事をしながら、これからの事や、仕事の事を話していた。
「で、うちの夏海の事だが……お前、あいつを女として見ているよな」
社長に指摘されてドキリとする。流石にごまかせない。
「今、どうしたいなんて思っていませんよ」
「そっか。それならいい。先輩としてあの子の事を頼むな。あの子もお前には懐いているみたいだから。で、夏海がお前に告白したらどうするんだ?」
「そうですね、高校を卒業した時にその気持ちが本物ならその時は受け入れるよって答えるつもりです。その頃には僕らだってもっと実力が伴っているはずです。浮いた話が出てもそれをプラスに出来る様にするだけです」
「そうか。お前なりに決めたんだな」
社長の目が鋭く光る。俺は彼女を見守るって決めたんだ。その間はこの秘めた思いは封印する。
「遊びで恋愛するタイプではありませんし、この仕事をしていたらそんな事をした時点で命取りです。だから俺は俺らしい片想いをする事にしました」
「それをCMに活かしたいということか」
「はい、そのつもりです」
社長は俺を見て、両手を上げた。
「降参。雅は本当にストイックだな」
「それが俺です。恋で俺の根本を変えてしまう事を考えた事はありません」
「そうだな。それと、マンションは俺達の下の階でいいんだな?」
「はい、それでひょっとすると猫を連れて行くかもしれないんですけど」
「いいぞ。今の住民も猫飼っているしな。雄か?」
「いいえ、メスです」
「ならいいぞ。2月の末には入居できるけど、猫の匂いが残っていたら可哀想だからサービスで壁紙を全部張り替えてやろう。壁紙のサンプルをそのうち見せるから選んでおけよ」
「そこはちゃんと払いますよ。家賃は相当安いじゃないですか?」
「それは社宅として一部会社が負担しているからだ。ただし、夏海が部屋にいるのは午後7時まで。あの子も猫が好きだからな。いいか絶対に守れよ?」
「分かりました。社長のお宅にはいないんですか?」
「うちは今はいないんだ。うちに連れてきても必要なグッズはあるから泊まりの時は預かってやるぞ」
「ありがとうございます。おねがいしますね」
その後は、リンの話で盛り上がった。ひょっとして、社長が猫が好きなのかもしれない。
そんな事を思いながら俺達は食事を優先させることにした。
「父さん、社長がパーティーに行ってもいいって」
「そうか。当日のお前のスケジュールは?」
「午前中にスチール撮影があるだけ」
「悪いな。それじゃあ任せたから」
父さんはそう言うと、食後のコーヒーを飲み終わったのか、自分でマグカップを片づけていた。
「母さんは?」
「お風呂」
「そう。社長から、実家の方を優先してもいいよって。少しずつ雅の時間を増やしていいって。で、家元襲名しても歌だけなら活動できないか?って言われた」
「そうか。それならお前が成人してからでいいから徐々に増やしていこう。歌のほかにも吹き替えとかなら顔もでないからいいんじゃないか?」
「そうだね。その方向も社長に話してみるよ。ありがとう」
俺は一度部屋に戻って部屋着に着替えた。俺が自由に出来る時間が残り2年あるかないかということが漠然と分かった。その間にやりたいことはやれるだけやりたい。今までは皆の様にびっしりとスケジュールを組んでいなかったけど、2年間は実家の事もやりながらやれるだけやってみようかなって思う。その中で多分家業と両立できるものがあると思う俺がいるのだった。