パーティーを始めよう 3
トーク番組では、始めてのスタジオのせいか、鳴く事も動く事もなく僕の胸に張り付いていた。この番組……ペットの状態をみて私服で収録できるんだよね。
リンを連れて来て貰う時にジーンズとコットンシャツを持って来て貰ったのでスーツからそっちに着替えて収録した。
滅多にない俺の私服姿のせいか、最初にそこをいじられた。でも本当のプライベートは髪もカラコンもないからもっと地味で誰も俺って気がつかないよ。
リンのアップの時も、俺の腕の中にいることで安心したせいか大人しくなすがまま。
それよりも、俺がオフの時の映像って……リンを飼い始めてすぐに両親がビデオ回していたな。よくここで流出を決めたものだ。良く見ると、ウィッグもカラコンもついている。仕事から戻ってすぐに遊んでいた時のを選んで提出したのか。画像も良く見ると、あまり見られたくないものは一切映っていない。そんなはずはないから、提出前に事務所の方で画像処理を施してくれたんだと理解する。
この番組の怖い所は番組終了後の楽屋もアポなしで押し掛けてくること。だから、素の俺の姿を出すことはできない。そんな俺にリンはまだ戸惑っているみたいだ。
「楓太君はお家と今では違いますか?」
スタッフさんがのん気にリンに聞いているけど、普通は皆そうなんじゃないの?そんな事効かなくても分からないかな。
ちょっとイライラしていると。俺の指をリンがぺろりと舐めた。
「はいはい、ごめんね。ちょっと違う事考えていただけだよ。リンが一番かわいいよ」
そう言って、リンを抱き上げて、額同士をくっつける。リンが猫の中では一番かわいいよ……なんて本音はここでは禁句。
そんな事を言ったら大変なことになる。
「楓太君、彼女いないの?」
「いませんよ。いたとしても、今が一番忙しいので……彼女に何もしてあげられませんから、振られちゃいますよ。それにリンの躾けには今が一番重要なので……りんを可愛がってくれる女性ならいいですね」
楽屋だからってプライベートな面を切り売りなんてしない。そんな事をする位なら午前のイベントで既にしている。午前のイベントの映像は既に出ているから確認すればいいものを。
ようやく終わった楽屋訪問の後にドアをノックする音がする。
「どうぞ?」
「すみませ~ん。ちょっとお邪魔しま~す」
そこにやって来たのは、国民的アイドルグループの集団。いろんな番組で共演するので挨拶と日常会話をする程度には親密な関係ではある。でもその程度だ。
「おはようございます。お疲れ様です」
「楓太さん、猫を飼っているんですか?」
「うん、でも人見知りの酷い子だから、触れないよ。今日の収録も私服にした位だし」
「えっ?私服何ですか?シンプルだけどおしゃれさんですね」
「そうかな。ありがとね」
私服で一番多いのは和装だ。流石にそれで出演はどうかと思ったからしなかったけど。
「ところで、マカロンのCMを見ました。このシリーズの共演って決まっているんですか?」
「多分、同じ事務所の子になると思うよ。君達は事務所違うから申し訳ないんだけど」
「そうなんですかあ。残念です。次のCM楽しみにしていますね」
「CMの感想を聞かせてくれない?次以降の参考にしたいからさ」
僕は、図々しくも共演を持ちかけたアイドルの提案を拒否する。君達のグループは7人だよね?そこから誰を選べっていうのだろうか?
「最後のアレって……マコちゃんでしょう?いいの?」
「でも、マコちゃんの今日からのCMも店頭にマカロンが並んでたよ。だからコラボでしょう?」
「そういう事は、この業界ではあることでしょう?あまり人に言わない方がいいよ?」
「それって、警告ですか?」
「そんなつもりはないよ。あえて言えば忠告?僕らの方がキャリアはあるからね」
メンバーで勝気な発言をする子が噛みついてくる。だから君達はそこのポジションにいるって事は教えてやらない。芸能界にそれなりに近い世界で一生暮らしていく俺からしたら今回の事は大したことではない。いずれはCMのこぼれ話で彼女の起用の真実を明かすことになるだろうから今は適当にあしらっておく。
「セリフはないんですか?」
「次の撮影はまだなんだ。だから知らないよ」
ごめん、知ってるけど。君達はすぐにブログにあげそうじゃん。
「そうなんだ。企画に参加しているって聞いたから教えてくれるかと思ったのに」
あのさ、守秘義務ってあるの知ってる?契約書にそこの一文があるの忘れてるのかな?あまりにもお気楽な彼女達には退場して貰いたいので、彼女達のマネージャーさんを呼ぶことにした。
「お疲れ様です。すみません。挨拶したいっていうもので」
「それはいいですよ。礼儀正しいのはいい事ですから。でも……彼女達の行為に対して僕が契約違反及び守秘義務があるということをそろそろ理解させた方がいいですよ」
タレントの管理位しっかりしろよって言いたいところをぐっと我慢する。
「すっ。すみません。ほらっ、皆帰るよ」
「は~い、失礼します」
ようやく、彼女達が出て行った。あんな媚びられたって俺はそんな気にもならないって。同時期にデビューした異性にああやって集団で押し掛けられて、困っているって言うのを知らないのだろうか?中にはついていっている人もいるらしいけど。
そういえば、双子も餌食になった時に個性がない子はつまらないよって追い出したってこないだ言っていたのを思い出した。それ以来、双子を見ると距離を取るのはそのせいか。
樹は、俺は年上が好みだから、君達は恋愛対象外ね……って一刀両断。マネージャーが彼女だもんな。間違ってないよ。でも言い方がキツイって里美さんに怒られていたけど。
マー……昌喜は多分……仲のいい同時期のアイドルって扱いで終了だろう。
「里美さん……今どこですか?」
「もうすぐ楽屋よ。もう帰れるの?」
「それもそうだけど……押し掛けられた」
「あらら……さっき会ったけどもう行ったんだ。CM共演したいって?」
「正解。マコちゃんの件を盾にしてきた」
「そっか……。かなり必死なのね」
そこまでで通話が切れて楽屋に里美さんが入って来た。
「今回の件は、太田さんに直接連絡するわ。今日のイベントで変なもの付けられてない?」
「何もないですよ」
「そう、それならもう暫くは安心よ。でも自分でも自衛するなりしてね。後引っ越し当日は里佳さんが立ち会ってくれるって」
「いいんですか?間取りの方を渡して貰ってお任せですけど、あまり高くしないでくださいってお願いしてもいいですか?」
「いいけど、ベッドだけはちゃんと見て頂戴よ」
「分かりました。そうしたら……事務所のあの人の実家を利用したいのですが」
「分かったわ。そっちは手配しておくわ」
俺の引っ越しの方だけども、思った割に早くできそうだ。2月には部屋が開くと言うので今から入居準備を始めたところだ。部屋はファミリータイプの3LDK。親が来ても泊まることは可能だ。これから社長にリンと一緒に住む事を報告しないといけない。
ペットの匂いって気にする人は気にするからね。
「そういえばリンって猫らしい匂いはしないわね」
リンを抱き上げて鼻を近付けた里美さんが言う。
「お風呂は定期的に入れているし、爪切りも切り過ぎない様にしています」
「あら、ちゃんと保護者しているじゃない」
「外は出るの?」
「リードを付けて庭に出す程度です。でも怖がりますね」
「なら安全じゃない?これからはベランダで十分よ」
「そうですね。この子、避妊するの?」
「外に出す予定はないので、お腹に傷を付けるのも嫌だから」
「女の子だからそれでもいいだろうけど」
オスだったら、確実にしていたと思う。買ったペットショップでは繁殖させたいって人がでてくるかもしれないからしないでくれって言われていたはずだ。
リン……どれだけ箱入りなんだ?もしかして夏海ちゃんより上?
その後、自宅に戻った俺は帰り際に、明日は一日オフである事を告げられる。夏海ちゃんはスタジオで追い込みだから、勉強の方は見なくていいと言われた。
自宅に戻って、ウィッグとカラコンを外す。いずれは外したいけど、それはいつになるのだろう?夕食もそこそこに俺はベッドに横になった途端に意識を手放した。
マコちゃんは鏡野悠宇さんの作品【恋花事情・僕の人魚姫】の榊原真子です。
今回のCMと同時期にパンのCMキャラクターになっております。
そのため、互いにCMの中で共演しているという事になっております。
今回の名前のみの登場の件は鏡野悠宇様に了承済みです。