閑話 発信機の行方
一話閑話を挟みます。
あの発信機に振り回された大人たちの話です。
「ったく、誰よ。こんな事をするなんて」
「まあ、里美。お茶を飲んで対策でも考えたら?」
「そうね。ありがとう里佳」
楓太達をタクシーで帰る様に指示してから、私は再び里佳さんの店にいる。
「発信機……居場所の確認ね。あの子達には入っていないのかしら?」
「夏海は自分で荷物を人に一切触れさせなかったけど、雅の荷物は私が持っていたから……」
「ターゲットは里美かふうくんか。どっちだと思う?」
里佳はマグカップにコーヒーを入れているようだ。
「相変わらず見たいね。私であって欲しいかな」
雅に発信機を入れた時点で事は更に大きくなる。あの子のプライベートだけは知られる訳にはいかないのだ。メンバーでさえ知らないあの子の実家。
そろそろ自宅に戻るころだ。雅に確認のメールを入れる。もしも鞄から見慣れないものが出てきたら、水没させるようにと。
数分後に、雅から返事が来る。雅の中にも発信機らしき物体があったので水没して袋に収納したと書かれている。もう、私一人では解決できる問題ではなくなった。
「里佳。これどこで売っているものか分かる?」
「うーん、だいたいね。明日の午前中まで時間くれたら誰がコレを入手したか割り出してあげるわよ」
「いいの?お金にならないのに」
「いいのよ。あなた達は私にとって大切な友人であって、お客様だもの」
「ありがとう。報告は社長に直接して貰っていいかしら?」
「いいわよ。それじゃあ私も作業を始めるわ」
私はカップに入っているアイスティーを飲みほしてから店内を後にした。
インテリアコーディネーターを持ちながらも、電気配線も詳しい里佳はオプションで盗聴器とかがあるかどうか探してくれる。今回は発信機で済んだと言ってもいいだろう。
とりあえず、早急に事務所に戻る必要性があったので、私は事務所に戻った。
「……という訳です。雅からも見つかっています」
「成程。今日の仕事をした人の中に犯人がいると」
「もしくは、お金で雇われたかです。里佳が今入手した人を割り出しています」
「里佳さんなら明日の朝一で報告書がメールで届くでしょう。何が目的でしょう?」
「可能性は二つ。私と樹の関係を調べる為。もう一つは雅のプライベートです」
そう言うと社長は顔をしかめた。一番触れて欲しくない所だからだ。
「もしくは、夏海もターゲットになりうるのかもしれません。デビュー前の卵を新規プロジェクトのスタッフとして連れて行ったのですから」
「そっか。あの仕事から行儀見習いとして同行したらいいかなって思ったんだがな。里美はどう思う?」
珍しく、社長から意見を求められて私は答える。
「そうですね。アイドルじゃなくてアーティストとしてなら同行させてもいいと思います。現場はおおむね好評ですよ。夏海のスキルの高さに。本当に13歳なのかって聞かれる位ですから」
「そこは頼みますよ」
「分かっています。公立中学に通う女子中学生ですよって言ってあります」
「この世界はあの子の居場所になれそうかい?」
「そうですね。あの子が一人で歩き出す前は皆のサポートは必要でしょう。雅のそこのところは覚悟しているみたいですよ。まあ、それだけではないみたいですけど」
「それだけでは……ない?」
「ええ、私が樹に恋心を抱いたように、雅も恐らく……」
社長は少しだけ青い顔をしている。
「大丈夫ですよ。雅の仕事のプラスにはなっているみたいですよ」
「さて、それはどうして?」
「あの仕事は結果的に、雅が出した案がベースに企画が進行しているそうです」
「それは澤田からも聞いている。メインテーマは片想いだよな?」
「ええ、雅は夏海に片想いしているんです。年齢的な事・仕事の事もあって、積極的に自分から仕掛けてはいませんけど」
私は、持参しているミネラルウォーターを一口飲む。メンバーの中でも控えめな雅が自ら恋をしたなんて誰にも話さないだろう。あの子の事だ。あのCMの様に大事に抱え込んでいるに違いない。
「里美はあの二人をどう思う?」
「そのまま見守りましょう。夏海が告白しても、雅なら対処できるでしょう。あの子から好きになったのは、多分初めてでしょう。見ていていじらしい位にお世話していますよ。雅なら感情で行動することはないでしょう。だから、私達も見守りましょう」
「そうか。里美も大人になったものだな。樹とはどうなんだ?」
「特に。メールしたり、スカイプしたりですよ。仕事絡みでは出かけますが、個人では出かけていません」
「お前らもな……いいのか?」
「週刊誌の方が怖いですから。仕事で傍にいるだけで十分ですよ。真面目に考えていますから」
「それって……そういうことなのか?」
「結婚を前提に、今は清いお付き合いをしています。樹には早婚願望があるので、大学を出たら入籍したいと言っていますので、そのおつもりでお願いします」
そう、少なくても後5年後の話だ。彼の両親は彼の父親が高校を卒業してすぐに入籍をしている。たまに会う彼の両親はいつまでたっても初々しさのある素敵なご夫婦だ。
「一緒に暮らしたくなったら、連絡しろ。俺が部屋を探してやるから」
「ありがとうございます。暫くは結構ですわ」
その後、明日の仕事の調整をして今日の業務は終了した。
翌日、いつも通りに8時半に出社する。事務スタッフは9時が始業だ。私の場合はマネージャー兼任なのでフレックス制にして貰っている。出社するとすぐに社長から社長室に来るようにと呼びだされた。
「昨日の件だが……この女性は知っているかい?」
私はある写真を見せられた。それは、昨日現場にいた渡辺さんという女性だった。
「昨日現場にいた女性です。コンビニ会社の担当者の一人ですね」
「そうか。彼女が発信機を買ったいう映像を里佳さんが入手してきてくれました」
「さすが、里佳さんですね。でも彼女の目的が分かりません」
「そうですね。では、渡辺さんと雅と夏海以外の関係者を定時に会議室に集まれるように席を作って貰えますか?」
社長に何か考えがあるみたいだ。私は社長の指示通りに行動する。
急な変更にも係らず、先方の方からも快諾が得られた。あちらにも何かがあるようなそんな感じだった。
「すみません、昨日私の鞄にコレが入っておりまして」
時間になって、全員が集合している。社長は最終報告だけでいいですと社長室待機になっている。
私がビニール袋に入っているそれを見て、一斉に顔が強張る。
「それは……」
「今回は発信機でした。盗聴器ではありません」
「だとしても、誰がコレを」
「それと、楓太の鞄からも発信機が発見されています」
「ふうくんからも?一体誰が?」
私は一枚の写真を見せる。さっき社長に見せたのと同じものだ。
「渡辺さん?」
「だと思います。場所はそういうものが売っているお店という事にしましょうか」
「そうですか。彼女が……ですか」
高山さんは、ちょっと茫然としている。そりゃ部下がそんな事をしているのだから。
「で、肝心なのがこれからなのです。彼女の目的が知りたいだけです」
「彼女の目的?」
「ええ、ストーカーとして、今回の行動も問題なのですが、ふうの個人情報をマスコミに流出だけは避けなければなりません」
「それは、楓太君の実家の事ですよね?」
「高山さんはどこまで知っているのですか?この事を漏らさないのであれば真実をお知らせしますよ」
「真実って……一体何が?」
「あの子は、茶道柏葉流の時期家元です。師範免許も取得済みです。アイドルをする上でこの肩書を隠す為に表向きは茶道教室の息子としています。実家でも教室をやっていますので間違ってはいませんよ」
「成程。それなら、ある程度の業界慣れはしていますね」
「そうですね。それと夏海も、プライベートな情報を一切公開する予定はないです」
「なっちゃんは……13歳の中学生なのは事実ですね」
「ええ。だからです」
高山さんは少しだけ考え込んでいる。そして、渡辺さんに連絡を入れる。
「渡辺さん?高山です。今回の収録は、更に変更があったから、君は社内待機にしてもらえないかい?」
「えっ、どうしてですか?」
彼女は疑問を持つ事もなく聞いている。微かに漏れているその声で分かる。
「先方からの申し出だ。今回は最初のセッティングでミスをしたのはうちの方だ。反論できるかい?」
「……そうでした。分かりました」
やがて、通話が終わったようだ。
「どうにか、彼女の同席は免れました。次に何をしましょうか?」
「そうですね、最近社内での情報の漏えいはありませんでしたか?」
「実は……マカロンの発売開始は早まったのは、内部流出が原因なんです」
高山さんが重い口を開いた。
「最近、部署で新規開拓している製品の内部情報が、大手掲示板で流出している事が分かりました」
「ああ、あそこですね」
「ええ、社内捜査をしていたのですが、今まで誰が犯人なのか分からずじまいで、でも今回の事ではっきりしました。今まで流出しているのは、彼女が関わっている案件だけです」
「成程。見事に足跡を残していますね」
「彼女が書き込んでいなくても、彼女が情報源であることは確実でしょう。」
そう言うと高山さんは大きく息を吐いた。彼も今回の騒動の大きさに手を焼いているようだ。
「彼女をどうするおつもりですか?」
「まずは直属の上司に報告してもよろしいでしょうか?ここに直接来て貰って経緯を説明した方が早いかと思います」
高山さんがメールで上司に連絡をする。普通上司には電話連絡なのではないのだろうか?
「私の直属の上司は高校の先輩なのです。電話で連絡するのが厄介な人なので、ここまで大至急来いとメールをしました。あの人はコレで十分ですよ」
そういえば、ふうの報告だと……高山さんの上司はかなりパワフルな人だと聞いている。今のやり取りでも昔から相当振り回されていることだけは垣間見る事ができた。
「上司を呼び付けていいんですか?」
「大丈夫です。仕事のできるフットワークの軽い人ですが……トラブルホイホイなんですよ。ったく、いい年になったんだからいい加減にしていただきたいですね」
私達は、彼の上司が来るまでの間に今まで起こったトラブルを纏めて文書化することになった。
「里美さんは、本当に事務処理が早いですね。モデルの時に資格の取得を?」
「そうですね。いつまでもモデルでいるつもりはありませんでした。就職活動をしたくて社長に了承を貰おうとしたら、事務所で社員採用してくれたんです。社内のプリンターで印刷できるようにしたいのですが、いいですか?」
「他の社員さんに知られるのはどうかと」
「大丈夫です。社長秘書のプリンターに飛ばします。メールで了承も貰っています」
「そうですか。それでしたらお任せします」
私はノートパソコンで印刷支持を与えてからUSBメモリーにデータをコピーする。
「どうぞ。今回の資料だけしか入ってませんから」
私が差し出したメモリーを高山さんもノートパソコンを取り出して確認する。
「ありがとうございます。このメモリーはいずれ楓太君にお渡ししますので暫くお借りしてもいいですか?」
「構いませんよ。楓太にもその用に指示を出しますから」
「本当に申し訳ないです」
「高山さんのせいじゃないでしょう?情報の漏えいは今回の製品情報だけですか?」
「マカロンの企画に対しては……です。クリスマス限定に対しても製品情報が流出しました。水面下ではバレンタイン企画も始まっているのでもう流出はさせられません」
「成程。何かお考えでも?」
「ええ。今回はある女性をオファーする予定ですが、彼女を確実に釣り上げる為に、里美さんのお名前をお借りしたいのですが?」
「大丈夫ですか?」
「ええ。情報が出回った時に、当社に事実無根であると正式なクレームを入れて貰えたらそれで十分です。今僕が考えた罠ですけどね」
「完全なガセで……。悪い人ですね」
この短時間でそんな事を思いつくだなんて、高山さんもそれなりに頭の回転が速い人であることは分かった。ふうと二人でCMの企画を練ったと言うのもほぼその通りなのだろう。
「それ相当の事をしてくれたんです。更に罪を重ねる位大したことないでしょう。自分のした事の大きさを自覚してこの業界から去ればいい」
「解雇を考えているのですか?」
「最悪それでも。もしくは商品企画部のある社屋から追い出せればなんでもね」
打ち合わせのメインは商品企画部は本社ビルから一駅程離れている。
「今回の撒き餌で釣れますか?」
「昨日の彼女の態度から考えると釣れると思いますよ。上司の了承を貰わないと動けませんけどね」
高山さんはにっこりと笑っているのだけど、目元は笑っていない。こんな笑い方をする人を見たのはあの人以来だ。
「どうかされました?」
「いいえ。よく知っている人に似ているなあと」
「そうですか。その方とはどのような?」
「それは……プライベートなのでノーコメントで」
「成程。分かりました。では、ダミーの企画を作りたいのでお手伝いお願いしてもいいですか?」
暫く、私達は落とし穴の罠を作る為に突貫工事な商品企画をするのでした。
次回は本編に戻ります。