mystery of sound 3
11時頃に事務所に行く準備を始めていると、自宅のドアフォンが来客を告げる。モニターで確認すると、夏海ちゃんが先生と一緒にいた。
「雅?私、先に事務所に行きたいんだけど……夏海と一緒に行って貰ってもいいかしら?それと、あなた達の事務所集合が更に1時間遅れるのよ。ココでお昼を二人で食べて貰ってもいいかしら?」
また時間が変更になったという。何が起こっているのだろう?
「いいですよ。それじゃあ玄関開けますね」
俺はリビングから玄関に移動することにした。
鍵を開けて、二人の前に姿を見せた。
「おはようございます」
「おはよう。宿題持っている?」
「はい。今日の分ですよね?」
「うん、お昼は何を食べたい?」
「えっと……ビーフシチューが少しだけ残っていて……お借りしていた土鍋も持ってきました」
「それじゃあ、先生。彼女はお預かりします。先生も事務所にいるんですよね?」
「急遽呼ばれたわ。だから時間変更なのよ」
ふうん、先生の存在も重要になってきてしまったのか。夏海ちゃんに対しての事務所の対応が過保護になっていないか不安になってきた。
「大丈夫。社長には釘を差すから。しっかりご飯を食べてきなさいね」
そう言うと先生は手をヒラヒラさせて事務所に向かうようだった。
「それじゃあ、お昼の支度をしようか」
土鍋をキッチンに移動して中身をチェックする。しっかりと二人分というにはちょっと心許ない量だ。冷蔵庫に入っているミックスチーズを乗せて焼いてグラタン風にしてしまう事にする。
冷凍庫に入っている温野菜をさっき解凍したから、マヨネーズとケチャップでオーロラソースにして小皿に置く。
「なっちゃん。お昼はパンでもいいかい?」
「構いませんよ。朝はご飯でしたから」
彼女の快諾にホッとしながら、イギリスパンを適度な大きさに切ってトースターの中に入れた。
「収録が伸びたら困るから、簡単にお弁当作ろうか?」
「今から間に合いますか?」
「大丈夫だよ。なっちゃんが一度お隣に戻って昨日買って貰ったお弁当箱とスープジャーを取っておいで。でも……あり合わせで作るから栄養バランスとかはちょっと我慢してね」
「そんな。私が作った方がいいんですよね」
「僕ね、料理嫌いじゃないんだよ。冷凍してあるおかずから作るからそんなに時間はかからないから。ほらっ、行っておいで。」
夏海ちゃんがお弁当箱を取りに行っている間に、冷凍庫から小分けにしておいたお弁当用のおかずを冷蔵庫に入れて解凍を始める。回答が終わると、冷凍食品の焼きそばを解凍させる。同時に薄焼き卵を焼けるように準備をする。おかずも煮物が多いので茶色くなってしまうからオム焼きそばにする予定だ。最後にさっき夕飯で食べてもいい様に作って置いたラタトゥユをシリコンカップに食べやすいサイズを選んで詰め込んだ。
「ただいま戻りました。雅さん、それ全部作ったんですか?」
「まさか、冷凍食品もあるよ。コロッケと卵焼きの下は冷凍食品。後は作って冷蔵庫に入れておいたんだ。高校では弁当持って行っていたから。で、少し和総菜が多かったからラタトゥユを入れてカラフルにしたつもりだけど?それにフルーツを用意するよ」
「そんな一杯食べれません」
「大丈夫。残ったら僕が貰うから。スープジャーはコーンスープ?パンプキンスープ?それとも、クラムチャウダー?缶詰めの元を使うけど、ミックスベジタブルを多めに入れて野菜を取れるようにするからね」
「雅さんって……凄いです」
「どうして?僕は元々料理が好きなんだよ。それにさ、両親も仕事柄家にいないしさ。仕事を始める前は裏の喫茶店に行っていたけど、今はそうはいかないから自然と作る様になったんだよ。仕事で出る弁当ってどうしても高カロリーになるからさ。事務所だとかなり管理されているからいいけれども。今日は食堂までいけなそうだから作っているんだ」
俺はそう言いながら、スープジャーに入れるスープの準備を終えた。
手早くスープジャーにスープを入れる。お弁当箱の方は、少しさめてから詰める事にした。
「さあ、先にご飯にしようか?こっちもかなり手抜きだけどバランスは良くできているはずだよ」
チーズを乗せて焼いたビーフシチューに温野菜のサラダ。パンは胚芽入りのモノ。
それとヨーグルトを添えた。
「さあ、どうぞ」
「今度お料理教えて下さいね」
「大丈夫だよ。社長の家に行ったら、少しずつ教えてもらえるよ」
どんな番組に出ても大丈夫なように、デビューしながらいろんなレッスンが待っている。
その中には料理の基礎を教えてくれるものもある。
「やっぱりアイドルって大変ですか?」
「うちの事務所は、どんな活動でも、皆アイドルと同じレッスンを受けるんだ。最初はモデルでも、女優になったり歌を歌う事もあるからね」
「そうなんですか?」
「特に、なっちゃんは何をするのかってまだ決まっていないよね?だから本当にいろんなことをするからね。レッスンも自分の経験に繋がる事だから楽しんで受けて欲しいな」
「ってことは、ダンスレッスンもあるんですか?」
「ヒップホップはともかく、社交ダンスは必須だよ。それと、盆踊りね」
「盆踊り?」
「うん、事務所の側の町会の夏祭りには皆で参加するんだよ。皆で輪になってね。うちの事務所は地域との共存を目指しているから、僕達もボランティア活動もするし」
「大変ですか?」
「そんなことないよ。世間知らずにならない分、仕事の幅が広がると思うよ」
俺が夏海ちゃんに説明すると、彼女は感心している。自分もそのレッスンを受けることになるのにね。
「楽しみですね。レッスンって普通は厳しいのに」
「まあ、それはそれなんだけども、この仕事を止めて次の世界に進む時に引き出しが多い方がいいからってのが、社長の方針。ほらっ、里美さんも前は売れっ子モデルさんだから」
「今は……ケーキのCMやってますよね」
「正確にはケーキだけね。他は基本的に一切受けてないから」
「どうして?」
夏海ちゃんは不思議がるけど、今は教えてあげられないな。あの二人のプライベートのことだから。
「そのうち分かるさ。レッスンもいろいろあるからね」
「いろいろって?」
俺は、仕事の資料を入れてあるリビングの棚を開けて資料を探す。
一枚の紙を取り出して彼女に手渡した。
「凄い数の講座がありますね。あれ?雅さんもやるんですか?」
「ああ。僕は茶道と、男子に着付けを教えているよ」
「凄いですね。学校の補習みたいのもあるし……公文式?もあるんですか?」
「うん。モデルさんのお母さんが教室を運営していて週に一度だけ教室があるんだ。これは最終的に半額は事務所が負担してくれるからお安くできるよ」
「雅さんも……勉強したんですか?」
「したよ。基本的には無料だからね。それと別にレッスンもあるからマネージャーと相談しながら勉強するといいよ」
「やっぱり里美さんと相談しなきゃだね」
「うん。それに事務所のタレントさんとも仲良くなれるよ」
そう言うと夏海ちゃんの笑顔が消えた。やっぱり他の人と関わるのが怖いのだろう。
「大丈夫。皆、仕事を併用でやっているから嫌なこととかは聞かないよ」
「本当?」
「本当」
ちょっと早めのランチを僕達は仕事の話をしながらゆっくりと楽しんだ。




