Can you keep a secert? 3
「ナツミちゃんは、歌手志望なの?」
「どうしてですか?音楽に関わる事はやりたいとは思っていますけど」
高山さんがいきなり夏海ちゃんに質問してきた。
彼女は最終的には音楽教師になりたいから、音楽教育は普通の人よりは受けている事は、俺は既に知っている。
歌の下手なアイドルとの歌唱力勝負なら、確実に勝てるだろう。
「あのね、今の二人の歌を今度はピアノ付きで歌って貰ってもいい?」
「はあ、分かりました。いいかい?ナツミ?」
里美さんから指示が出たので、自分達のタイミングを揃える。
歌い終わって暫く、スタッフさん達で話し合いたいからと俺達はスタジオで他の曲の練習でもしてないさいと言われて放置されてしまった。
「一体何があったんでしょう?」
「さあ?里美さんがいるから安心してくれていいよ」
「普通、スタジオのピアノって調律が狂っていることがあるんですか?」
「なっちゃんが嫌がる程までは少ないんじゃないかな。絶対音感がある分気持ち悪かったろう?大丈夫?」
「平気です。調子が良ければ収録というのは、本来の目的じゃない気がします」
なっちゃんは暫く考えてから自分の意見を述べた。
「何かがあるってこと?」
「クラッシックをやっていても、大なり小なりあるんですよ。私としては偶然であって欲しいですね」
言葉を選びながら答える彼女の真意がみえた。彼女は渡辺さんを多少なりとも疑っているようだ。
「まあ、性善説だけではやっていけない世界だけどもね。今は考えるのを辞めておこうか」
「そうですね。次の練習は何をしますか?」
「とりあえず、ここら辺にしておこうか?」
僕達は、時間を無駄にすることなく他の曲を合わせたりして次の支持を待つ事にした。
「明日と明後日に事務所のスタジオで収録ですか?」
「そういうこと。事務所なら時間の制約がないから詰め込み収録にはならないでしょう?」
「えっ?あのピアノで収録する気だったんですか?」
里美さんから今日は終了と言われて、俺達は早々にスタジオを後にする。
里美さんが車に乗ってから、明日以降のスケジュールの変更を告げられた。
「どうやらね。そんなにピアノの音酷かったの?」
「学校の音楽の授業程度ならいいでしょうけど。CDの音源となると嫌です」
なっちゃんはきっぱりと言い張る。
「そう言うと思って私もそこは引かなかったの。で、その結果が二人には申し訳ないけど」
「別に俺はいいですよ」
「私も構いませんよ」
俺達はスケジュールの変更に同意する。
「それに、事務所のピアノの方がグレード上ですよ。あれ相当高いものですから」
「そうだよね。誰があれを持ち込んだのか……俺も怖くて聞けないよ」
事務所のピアノはかなりグレードの高いピアノが置かれている。
どうしてそこにあるのかなんて恐ろしくて言えない。
そのせいか、事務所には常勤で調律師が勤務している。彼の通常業務は幼児向けのピアノ教室の先生だ。
「そうなの?私そういうことには無頓着みたいね」
「普通はそうだと思いますよ。おじさんとお姉ちゃんのせいだと思います」
なっちゃんは言葉を選んで答える。
「確かに事務所のスタジオの機材って何気なく最新のものですよね」
「そうね。専門学校の生徒さんが実習で来る位だもの」
里美さんも、ようやく事務所の機材がかなりいいものを使っている事に気がついたようだ。
「で、明日の立ち会いはどうなるんですか?」
「明日は今日のメンバーよ。ナツミも練習の様にのびのびとやって御覧なさい?」
「いいんですか?」
「二人で歌った方が、凄く印象が良かったからそれで行く事になりそうなの」
「そんなに違いますか?」
俺が里美さんに確認すると、里美さんが一枚のCDをデッキに差し込んだ。
聞こえてきたのは、今日の収録の音源だった。こうやって聞いていると確かに部分的にピアノの音がぶれている気がする。
確かにCMのイメージに合わせるとなると、なっちゃんと二人で歌った方が圧倒的にいい。
「でね、コレ合唱曲のソプラノとアルトよね?」
「はい、そうです」
里美さんが確認すると、なっちゃんは答える。今回のなっちゃんはアルトパートを歌っている。俺はソプラノパートの音階をテノール音階にアレンジしたものだ。
「これを四部パート収録して合わせたら楽しいかしら?しつこいかしら?」
俺は暫く考える。その案も悪くはないけど、二人で歌うのだからちょっと無理がある。
「それならば、一番は今のままで二番は俺がアルトでなっちゃんがソプラノでもいいですよね?」
「事務所に帰って練習する?それとも先生のもとで練習する?」
先の事を見越して里美さんは提案してくる。ここは……後者を選択すべきだろう。
「今日はこのまま先生の教室まで行きます」
「分かったわ。それじゃあ、夏海は先生に連絡をして?」
「はい」
里美さんの支持を受けてなっちゃんは先生の所にメールを送る。
「そうなると、雑貨屋さんは?」
「大丈夫よ。今から寄って行くわ」
そういうと、里美さんはにっこりと笑ってくれた。
やがて、雑貨屋さんの側のコインパークに車と止めた。
「さあ、行くわよ」
里美さんは、なっちゃんの背中を押した。
「大丈夫なのですか?」
「平気よ。私達がいる間は貸し切りだから……ね?ふう?」
「そうだね。基本的に普通にお買いものできるよ」
そういうと、雑貨屋さんの裏口に回る。ドアの三回ノックするとゆっくりとドアが開いた。
「久しぶりです」
「いらっしゃい。欲しいものは一応探しておいてあるわよ」
店の真ん中には大きなテーブルがあって、そこでハーブティーをサービスしてくれる。
今日はそのテーブルの上にランチボックスとスープジャーが置かれていた。
「スープジャーが必要なのは?楓太?」
「なんだ、ばれちゃった。里佳さんは本当によく分かるね」
「基本的に楓太は夏でも熱いものを飲むでしょう?この子は新人?」
「どっちの方向で進むか分からないけど、クラシックピアノでそれなりの実力者よ」
「はじめまして。ナツミです。よろしくお願いします」
「あらっ、お行儀がいい子ね。欲しいものがあったらいつでも言って。取りよせておくわ」
俺達は、テーブルの上の商品を見て、欲しいものをお買い上げする。
里佳さんが、里美さんの耳元で何かを話した。里美さんの顔色が少しだけ悪い。
「里美さん、ここからは自宅はそう遠くないですから俺達ここで別れてもいいですよ」
「そう?だったら、ふうは素顔に戻してタクシーで帰りなさい」
「分かりました。なっちゃんちょっと待ってね」
俺はウィッグを外してから、カラーコンタクトも外した。
楓太の目はヘイゼル色っぽいものを使っている。本来の自分らしさを消す為のものだ。
「とりあえず、ふうには後で連絡するから。仕事のスマホ持っていてね」
「分かりました。それではお疲れ様でした」
俺達は来た時と同じように裏口から店を出た。
「里美さん、どうしたのかな?」
「大丈夫。俺達のせいじゃないよ。多分ね」
お店を出た俺達は、表通りでタクシーを拾って自宅まで戻る事にした。
とは言っても、この雑貨店は自宅からひと駅手前の場所にある。
だからそんなに遠いという距離ではない。ただ、平日の学生の帰宅時間と同じ位の時間帯なのでそんなタイミングで、なっちゃんをバスに乗せたりしたくなかったのだろう。
「ありがとうございました」
ピアノ教室の前でタクシーを止めて貰って、僕らは一度別れる事にした。
「なっちゃん、裏口開けて貰っておいてね。後から行くから」
「はい、分かりました。勉強するなら付き合うよ」
「いいんですか?」
「今日の課題はまだやっていないでしょう?その位構わないよ」
「分かりました。戻って確認しながら勉強してますね」
今の時間帯はまだピアノ教室の時間だ。だったらぼんやりと待っているよりも時間を有効に使いたい。
簡単なやり取りをして俺達は帰るべき家に戻って行った。
「ただいま」
「あれ?早いのね」
「うん、微妙なトラブルがあったから、収録は明日に変更になったから。少し休んでから隣に行くから」
「お勉強の相手?」
「それもあるし、明日の仕事のアレンジを先生に頼もうかなって思って」
「成程。だったら、食事は先生のところに持って行ってあっちでもいいかしら?」
「えっ?どうして?」
「家元と母さん、急に外出しないといけないのよ」
ため息交じりに母さんが言う。障子の鴨居に喪服が掛かっているのが小さく見えた。
「成程。泊まりで行ってもいいよ」
「そう?だったら変更させて貰おうかしら」
母さんは、父さんの携帯に連絡を入れているようだ。
「じゃあ、泊まり前提で行くから、戸締りはよろしくね」
分かったよって答えてから、俺は一度自分の部屋に行った。
「さてと、里美さんからメールが来ているはず」
俺は自分仕様のスマホを取り出してメールをチェックする。
里美さんから数通メールが来ていた。
里美さんの荷物の中に、発信機が入っていたという。盗聴器でなかった事が幸いといっていいのだろうか?
でも、発信機を入れる目的は一体何なんだろうか?俺だったら、とっくに入っていてもおかしくはない。けれども今日ってことはあまりにも不自然だ。
ピアノの事と言い、発信機の事もタイミングが揃い過ぎて不気味すぎる。
とりあえず、発信機は壊してしまったから大丈夫とメールにはあったけどこれからは俺達の荷物も少しは気を付けないといけないなあと思った。