Can you keep a secert? 2
「夏海、あなたのプロフィールよ。確認しなさい。ふうも見ておいて」
移動の為の車に乗り込んでから、里美さんは彼女に資料を見せる。
「えっ?私13歳じゃないですよ」
「その程度は夏海自身をカモフラージュするためよ。それに13歳が定着する頃には本当に13歳になっているでしょう?」
「なるほど。これは社長のアイデアですね」
俺は社長が多分考えたであろうプロフィールをなっちゃんと一緒に眺めている。
「社長……なっちゃんが俺の弟子ってプロフィールにのっけているし……」
「そこも、おじさんの苦肉の策ってことですか?」
「夏海は本当に賢い子ね。でも、そんなに大人に急いでなる事はないのよ」
「そうだね。なっちゃんはなっちゃんのままで。仕事ではナツミって呼ぶからね」
「はい」
「くれぐれも、雅って言わない様に。はい、練習」
「楓太君」
「はい」
俺に練習と言われてなっちゃんは、俺の芸名を呼んでいく。
「ねえ、ふう?それ何かの意味がある?」
「慣れるかなって。慣れるまでは自分から呼ばないって方法もあるよ」
「じゃあ、どうして呼ばせたの?」
「なんとなく?女の子に呼ばれたいと思うのは男としては普通の欲求だと思いますよ?」
里美さんに突っ込まれて、俺はやらせたかったからって素直に答える。
「本当に、見た目と実態のギャップが。夏海もふうが何かやらかしたらすぐに言うのよ?」
「うーん、楓太君に甘やかされている気がしなくもないんですけど」
「……ですって。ふう?どうするの?」
「どうも何も。甘やかしてはいませんよ。なっちゃんが自分に厳しいんです。でも、今日の勉強は帰ってからやろうね?」
「はーい」
里美さんは意外そうな顔をしていた。
「夏海、勉強はどうしているの?」
「今は、朝に先生が課題を持ってきてくれるので次の日に提出しています。分からない時は、楓太君がくれたノートで復習していて、更に分からないと楓太君に教えて貰います」
里美さんは更に目を丸くしている。そりゃそうだ。メンバーにでさえ勉強なんて教える事なんて滅多にしないんだから。
「今の話……あいつらには絶対に言えないわね」
「言う必要性はありません。彼女は義務教育期間中ですから、この仕事を始めて成績が下がったなんてとんでもないです」
「でも、今回の仕事が決まったら、あいつ等と一度は顔を合わせるわよ?」
「分かっています。そこは任せますよ」
やがて、車は音楽スタジオの駐車場に到着した。
「さあ、仕事よ。しっかりと稼ぎになる仕事をしましょう」
里美さんは俺達の背中を思い切り叩いた。
「楓太君、久しぶりです」
「すみません、今日はサポートメンバーにしたい後輩とマネージャーを連れてきました」
スタジオには、先に渡辺さんが来て準備をしていた。僕が一人じゃないのを意外そうな目で見ていた。里美さんが早速渡辺さん相手に打ち合わせをしてる。
「もしかして……元モデルの美里さんですか?」
里美さんはモデルの時は美里という名前で活動していた。
「ええ。今は事務所スタッフとして、ビビッドとこの新人のマネージャーと事務処理をしているんです。モデル時代は弊社にも大変お世話になりました」
綺麗は頬笑みを貼り付けて、マネージャーとしての仕事をしてくれている。
夏海ちゃんは、スタジオにあった、ピアノを軽く弾き始めた。
「ピアノ……音がずれてます。練習にはいいですけど、この状態では収録できません」
一番、ピアノに向きあう時間が長い彼女が言うのだからまず間違いがないだろう。
「ええ?どうしましょう。もう時間があまりないのに」
「自分の技術でベストの演奏はできますが、ピアノがベストでないので楓太さんの声の魅力を最大限に惹き出せません」
確かに、彼女の言う事は一理ある。後……収録が出来そうな所は事務所のスタジオ位。
「ナツミ、どうしたの?」
里美さんが彼女の変化に気がついて耳元で聞いてくる。
「ピアノの調律が狂っているみたいで、練習ならいいけど収録するのを躊躇ってます」
「成程。このスタジオを抑えるよりも事務所のスタジオを抑えた方が早そうね?」
そう言うと、里美さんは事務所にスタジオを2日程抑える様に支持を出していた。
「ナツミ、スタジオは抑えたわ。期日は明日から2日間。今日はリハーサルでいいわね」
「すみません。我儘を言ってしまって」
「いいのよ。その耳があなたの戦力よ。ピアノの件は、私から言うから安心しなさい。こういう事はちゃんとしておかないとね」
里美さんは、渡辺さんに今後の日程の変更を依頼している。
渡辺さんとしては、今日収録をしてみたいと思ったみたいだけど急遽の変更は困るって言っている。でも、里美さんがそれを上手くカバーしてくれた。
「二人とも、とりあえずリハーサルってことでいい?最初はナツミから。音に意識を取られ過ぎないようにね」
里美さんに促されて、俺達はレコーディングルームに移動した。
「ナツミ、それじゃあ渡した楽譜の順番に弾いてくれる?ふうはイメージを作り上げて?」
「はい、それでは初恋から始めます」
そう言ってから、彼女は俺が歌いやすいピッチでピアノを奏でる。
午前中の練習で現曲より少しだけピッチが速くなっている。この方が確かに歌いやすい。
その調子で、何度か奏でてから、僕らが合わせる事になった。
「楓太君、発声しますか?」
「いいかい?それじゃあ頼むよ」
彼女の提案で俺は発声練習を始める。本来の声域で歌えるからかいつもより音量がある気がする。
「ナツミ。そろそろ始めよう。それでは始めます」
俺は夏海を促すと、リラックスしていた夏海に緊張が走る。
「大丈夫。何度も一緒にやっただろう?」
「そうでした」
耳元で俺が囁くと、彼女はその事を思い出したようだ。
やがて、俺達は俺達の初恋を奏で始めた。
「これでCMソングを作ってもいいじゃないですか?」
渡辺さんが俺達のリハーサル音源を聞き直して高山さんに言っている。
「でも、奏者が納得していないものを終了にするつもりは俺はないけど?」
「楓太君の歌だけ抽出して、ピアノは後日収録でもいいんじゃないですか?」
渡辺さんは食い下がらないで、更に提案している。ピアノの調律が狂っている件を棚上げている事に気が付いていないのだろうか?本来なら中止にもできたはずだ。
渡辺さんも絶対音感を持っているのなら……変に疑いたくもなる。
「高山さん、カラオケの音源ありますか?それに合わせて俺が一度歌ってみましょうか?」
カラオケ音源で歌えなくもないから、あえてその提案をしてみる。
「いいのかい?それじゃあ歌ってくれるかい?」
高山さんが持参していたカラオケ音源で俺だけもう一度歌い始めた。
スタジオの向かい側では、スタッフさん達が俺達の歌を聴き比べていたようだ。
中途半端な俺は、ピアノのそばに寄りかかって、なっちゃんに提案する。
「ねえ、折角だからなっちゃんの歌も合わせてみない?」
「いいんですか?」
「暇だからさ。どう?」
「……やってみたい」
俺達は打ち合わせをしている皆を無視して二人で歌い始める。
何気ない遊びでやっていたその事が俺達のCMに変化をもたらす事を知らなかった。