歌うたいのバラッド 3
先生の家に着いて、僕達は先生のリビングでお茶をすることにした。
先生の気分で緑茶が飲みたいと言う事で僕がお茶を入れている所だ。
抹茶じゃないんだから、自分で入れればいいと思うのに「日本茶は任せるから」の一言で終わりだ。
マナーの一環でちゃんと美味しい日本茶だって淹れる事は出来るけど。
お湯を沸かしている間に勝手口から出て、一度自宅に戻る。
多分、お茶菓子になりそうな何かがあるはずだ。
リビングに行こうとすると、ダイニングで母親が夕飯の支度をしていた。
「お隣で煎茶飲むんだけど、いいお茶菓子ある?」
「ちょっと待ってなさい」
暫くすると、母が菓子盆に程良い量の和菓子を入れてくれる。
「家じゃ食べきれないしね。ご飯は?」
「流石に家で食べるよ。行ってくるね」
そう言って俺は再び隣の家の勝手口に向かうのだった。
「あらっ、こんなお菓子あったかしら?」
「お湯を沸かしている間に家に帰って持ってきましたよ。夏海ちゃんもお疲れ様」
僕は茶卓に湯飲みを置いて、隣に茶菓子を懐紙の上に添えた。
「あの……私これからどうしたらいいんでしょう?」
「僕のスケジュールと一緒でいいんだと思う。CMの打ち合わせに同席して貰うけど、初回は先生も同席ね。あの会社だと先生もCM受けた事あるでしょう?」
「ええ、ジングルだけど」
夏海ちゃんは、キョトンとして見ている。
「あのコンビニ会社のあなたと私の~♪のアレは先生なの」
「歌を止める直前のだからアレだけども」
「私知らなかった」
「僕のこの仕事初めて知った事でね。他にも製薬会社とか銀行とか……残っていますよね」
「たまたまよ。夏海は基本的にピアノがメインで、オファーがあったらモデルやってみなさい。人に見られるのになれるのもいい事だから」
先生はそう言ってから僕が淹れたお茶を飲む。
「雅。あんたの暫くの仕事は?」
「えっと……明日は歌のレッスンで明後日は街探索番組のロケです」
「レッスンは事務所?」
「ええ。今回はグループの新曲のレッスンなので夏海ちゃんは呼ばれたらおいで」
「今は言われてないと思います」
「それなら、ここで勉強ね。勉強もしっかりする事がこの仕事をする条件だったよね?」
「はい、また分からない所があったら教えて下さいね」
「その位いいよ。皆に僕らが知り合いっていうのは自然と知られるにはいいけど言う事はないよ」
「どうして?」
「夏海ちゃんのピアノの技術も知らずに悪く言う人もいるから。同じピアノ教室に通っていますって説明で問題なし。それよりも社長の親戚だし、コンクールの受賞歴があるんだから自分に自信を持って。礼儀正しくしていれば何事もなく終わるからね」
「ふうん」
「雅の言う通りね。事務所内では言われる事はないと思うけど。ナツミとしての活動計画を具体的に出して貰う様にしましょう」
先生は早速社長に電話をしているようだ。
「なんか……大変な事になっちゃいました」
「そうだね。でも皆、夏海ちゃんの居場所を作ろうとしているんだ」
「居場所?」
「そう。学校以外に夏海ちゃんがいられる場所。仕事だとナツミだけど」
「いいのかな?」
「いいと思うよ。才能があるのだから、可能性を広げることは悪い事じゃない」
不安げな彼女に僕はアドバイスをする。
「そういえば、CMソングってどうなるんですか?」
「とりあえず、広告代理店とかが、カバーソングの手配はしてくれるって言ってた」
「さっきのリストの音源あるからさらっと聞いてみる?」
「お借りしてもいいですか?」
僕は仕事用のMP3を夏海ちゃんに貸し出す。それと同時にリストも見せる。
「雅さんはそれがなくても今は大丈夫なんですか?」
「僕は……こっちにも入れてあるから」
そう言って、自分のスマホを夏海ちゃんに見せた。
「それは……こないだ見たのと違います」
「そうだね。これは仕事用。夏海ちゃんは僕個人の方を教えたでしょう。アレは絶対に内緒だよ」
「分かりました」
「まあ、仕事用を持たされるから、仕事の時は持ち歩かなくてもいいよ。マネージャーも澤田さんと里美さん……僕らと同じにみたいだから」
「それって異例ですか?」
「僕の実家の事を深く知っている都合上だね。里美さんは元モデルさんだからアドバイスも貰えるよ。普段は事務所だけど、夏海ちゃんだったら同行してくれるよ」
「良かった。一人で行くのかと思っていました」
「一人で行くモデルさんもいるけどね。最初からなんてありえません」
「そうなのですね。これからもよろしくお願いします。雅さん」
「仕事の時は違うからね?」
「はい、楓太さん」
それから、僕は先生が戻ってくるまで、事務所の事を説明したりして過ごした。
まさか……君までも僕と同業者になるだなんて思っても見なかったよ。




