歌うたいのバラッド 1
歌うたいのバラッド
翌日の鉢合わせは、コンビニ会社の本社からほど近いカラオケ店の前。
いつもの様に、10分程前に着いた僕はプレーヤーで音楽を聴いている。
普段は、スマホにダウンロードしたピアノ曲だったりするけれども、昨日歌の練習をしておくように言われていた「初恋」と「なごり雪」とか家にある恋に関する曲が入っている。
音源のCDはたまたま両親が持っていたから借りる事が出来た。
両親が若い頃の歌って、古いけれども歌詞に個性があって俺は嫌いじゃない。
仕事柄たまにカラオケに行くことはあると、大抵ニューミュージックをメインに歌う事にしている。
おじさん達の年代の受けもいいし、一曲当たりの演奏時間が短いから俺にとっては手ごろいいというかなんというか。
後は、80年代のアイドルソングも歌う事もある。男性アイドルを歌うのは被る事が多いので女性アイドルとメインに絞っている。
シンガーソングライターが書いているモノが多いので結構いい曲なんだよね。
アイドルの歌?そこのところのコメントは自粛させていただきます。
俺、まだこの業界で仕事していたいしさ(笑)
「ねえ。カラオケ行くならうちらと行かない?」
「結構です。ここで待ち合わせなだけなので」
同年代の女の子にナンパされたけど、そんなホイホイついて行く訳ないだろう?
他のアイドルはナンパされてついて行ったなって話をしていたりするが、少なくても僕らは興味がない。双子は、そこをファンサービスと割り切ってお茶だけして帰るんだとか。
お茶だけでもゴシックになりかねないのに、そうならないのは「僕らを見つけてくれてありがとう」ってファンサービスに徹するから。
そんな双子はファンの皆が恋人だよって公言しているから、お茶したってこともバラエティーのネタにしている位だ。
ナンパに失敗した子達は、ブツブツ文句をいいながらカラオケボックスに入って行く。
会員制のカラオケだけども、僕らが使うのは最上階のいわゆるVIPになるだろうから、彼女たちと会う事はない。僕は再びイヤホンから流れる音楽に集中する。
「ごめん、遅くなってしまったね」
今日は高山さんと太田さんと伊藤さんと女性が一人ついてきていた。
「いいえ、時間前ですよ。お仕事お疲れ様です」
「とにかく、VIP抑えたから部屋に入ってからにしましょう」
僕らは言われるままにVIP室に移動する。
「ごめんね。今日は楓太君の歌声を聴きたいんだ。なので、ここ」
「それはいいんですけど。カラオケですか?」
「うん、CMソングをカバーソングにしたいなあと思ってね」
部屋に入ると今日の主旨を明かされる。確かに僕らの曲も恋の歌はあるけれども、今回のコンセプトに沿っているかというとかなりかけ離れているという自覚はある。
今の楽曲はある程度使われているフレーズが多いから仕方ないと思う。
ところで、この女性は誰なんだろう?
「ああ、彼女は僕らのチームの渡辺さん。彼女は絶対音感の持ち主でね。君の音程はしっかりしているからカバーソングで言ってみたらってプレゼンをしてくれたんだ」
「はじめまして。渡辺です。今回の企画ではスチールとCMの担当になります。これからは一緒に打ち合わせをする事になりますので」
「分かりました。よろしくお願いします」
「高山から聞いたんですけど、今までの企画は楓太さんのアイデアもあるんですって」
「たいしたことではないのですが、こうだと更にいいなって程度のアイデアで」
「いいえ。スチールの絵コンテでイメージが製品と遭わない時に楓太さんのデッサンを見せて貰ったんです」
昨日、高山さんに何気なく見せたやつだ。
「本当に絵心がなくてすみません」
「スケジュール的にスチールよりCMが先になりそうで。最初のCMのコンセプトをスチールのイラストから起こすことにしたんです。そこのシーンからスチールを撮影します」
「時間的には効率的ですが、皆さんは大変なのではないですか?」
「そうでもないですよ。私たちでは気がつかない目線でのアイデアなので大変貴重です」
表面で褒められているわけではなさそうだ。僕はありがとうございますって答えた。
「で、同時進行でCMソングで行き詰まってね。DVDで初恋歌っていたよね?アレを聞いてちょっと思い浮かんだので、数曲歌って貰ってリストアップしようと思います」
渡辺さんからリストが渡される。そこには楽曲のリストが書かれていた。
「それは、社内ネットを使って女子社員にアンケートを取って出た結果です」
男性アイドル・女性アイドル問わず楽曲が書かれている。
最後の方に手書きで走り書きを見つけた。そこには最初は定番を使用し、第2弾ではちょっと躍動感のある楽曲というようにCMのイメージも変えていくように楽曲も変化させたい。
「分かりました。リスト見た感じだと全部曲として知っていますのでランダムに入れて下さい」
僕はそう答えると、立ち上がる。
「流石は楓太君。君の本来の声で歌って下さい。」
僕は頷いて答える。画面に出てきたのは初恋の文字。昨日練習もしているから問題はない。
僕はBGMを設定して歌い始める。
そんな調子で、少しずつ歌っては次の曲というようにリストの曲を全て歌った。
「女性の曲でも音程変えずに行けるのでやっぱりカバー曲で進めましょう。太田さん」
曲を聴きながらメモを書いていた渡辺さんが、ようやく顔を上げて太田さんに伝える。
「そうだな。普通なら出る人の少ない高音のある曲も難なく歌っちゃうんだから、アイドルは凄いなあ」
「太田さん、それは違いますよ。ビビッドはデビューまでびっしりとレッスン漬けだったろ?」
伊藤さんが僕を見る。デビューの時にお世話になっているので僕らの事を知っている一人だ。
「そうでしたね。苦手な分野に一番時間を割いたのでメンバーと同じではありませんでした」
「楓太君は、何に時間がかかったの?」
「日舞は出来るのですが、ヒップホップダンス等は初心者なのでダンスレッスンですね」
樹は、マナー講座、昌喜はボイストレーニングで元々ダンサーだった双子は演技レッスン。
今思えばあの時が一番辛かった。今もダンスレッスンは続けているけど辛くはない。
「デビューしてからは?」
「メンバーによっては一般教養。僕は殺陣を教わりましたよ」
「樹がちょっと変わっていたよね?」
「いわゆるクラシック音楽の勉強ですね。ミュージカルにトライしてもいいようにゴスペルもやっていたはずですよ」
「楓太君、今回ピアノ弾くかい?」
「いいえ、誰か弾いて貰える人を探します。ダメなら別録りでお願いします」
その後は、そのままスチールとCMの打ち合わせをしてした。
メインに使いたいマカロンが黄色いレモンなので、甘酸っぱさをイメージしたいということで、初恋のサビに合わせたCMを作成することになった。




