冬が始まるよ 2
いつもは週に一度の打ち合わせのコンビニスイーツが、急遽今日の打ち合わせが入った。
本来の打ち合わせだと明日の午後になっている。それが変更という訳ではない。
何が原因で今日の打ち合わせになるのか分からないけれども、そろそろ商品の開発は終了のはずだ。こないだの時点でパッケージと商品名まではアイデアを出した。
残る所は、CM制作の部分のはずだ。ここは本来広告代理店とコンビニさんの方である程度決めてくれている事が多い。前回のケーキの時も大まかな設定は決まっていて、それに沿ったものだった。っていうのが、僕を含めた4人。樹だけは……実はノープランで、ケーキを出してから彼女の耳元で囁く事って指示があったそうだ。相手が里美ちゃんだったおかげでそんないい加減(なのかどうか不明)でもできたんだろうけど。
僕のもセリフはノープランだったけど、最後にはコピーを言う様に指示があったっけ。
今回は一体どうなるんだろう?片想いってイメージからすると、最初は確実に学園モノ設定だよね。ってことは制服を着てぼんやりと何処かを眺めていると、視界の片隅に片想いの相手がいることに気が付いてその彼女を見つめる。そして、見えなくなってからコピーを呟くのが定番な気がする。
もしくは、僕自身がスタッフさんと打ち合わせをしているシーンで、キャッチコピーを聞いて、今時そんな奥ゆかしいのってありですか?何て軽く受け流して打ち合わせ終了。一人になってから、サンプルのマカロンをもってスチールの絵コンテを真似してコピーを言う。何、コレ……結構いいんじゃん……でCM終了。
CMソングは僕が歌うのでなくても、切ない歌のサビを使えばいいんじゃないかな?
現場に向かう自転車を漕ぎながら僕はそんな事をぼんやりと考えた。
いつもの様に、コンビニ会社の開発センターに到着する。
いつもは受付に真っすぐ行くのだが、今日は自転車なので、警備さんに教えて貰って自転車を置かせてもらう。
「アイドルさんも自転車に乗るんですね」
「実は自宅から15分位ですよ。いつもは運動不足なので帰りは歩いていましたよ」
「以外に努力家なのですね?」
「僕は、分刻みに仕事をしている訳ではありませんから」
自転車を預けて、鍵をかける。
「すみませんけど、置かせて下さいね」
「はい、お預かりします」
自転車を置いた僕は受付に向かった。
「こんにちは。待たせて貰ってもいいですか?」
「いいですけど。帽子は被ったままで眼鏡をかけて貰えますか?今のままだと楓太さんって分かっちゃうと思うので」
受付嬢は言葉を濁した。あまり内部的な事を明かさないまでも、以前もグラビアタレントが空気を読まずに僕を覗こうとした事もあった事を思い出した。
「とりあえず、PCカットタイプならあるので、それでもいいですよね?」
「十分です。担当を呼びますので、もう暫くお待ちください」
僕は一番奥の分かりずらい所を通される。僕からは見えるけれども相手からはパーテーションで見ることは出来ない。僕が来なくなってから一体何が起こったんだろう?
僕はさっきのアイデアを纏める為に、手帳を取り出して、書き出していく。
更にアイデアが浮かんだので、そのアイデアも書きこんだ。
エレベーターホールから、甲高い声が聞こえて来る。
今話題の会えるアイドルさん達の声だ。グループとしての共演があるから知らない人ではない。
本来なら挨拶をすべきだろうけど、僕が関わっているのはまだプレスリリースしていないから要件を明かすわけにはいかない。考えて僕は見知らぬ人を貫くことにした。
「今回のCMで私、センターやりたいです」
「何言ってるの?今度の新曲とタイアップなんだからあんたはセンターにいないでしょ?」
「でも、フレッシュが売りなら、新鮮さを出してもいいじゃないですか」
彼女たちが言っている事は凄く分かるけど……かなり口外していていいのかと思う様な事を口にしている。それともリークを前提にしているのだろうか?だったら怖いな。
これからも共演の機会はあるだろうけど、彼女達の見方がちょっとだけ変わった瞬間だった。
そんな時に、僕の仕事用のスマホが着信を知らせる。画面を見ると、メールで確認すると後5分はその場所にいてくれというものだった。どうやら今僕が動くのが良くないという事なのだろう。すぐに移動ができる状態に整えて、僕は手帳にアイデアを書き留めているのだった。
「ごめんね。さっき会えるアイドルちゃん達がいたでしょう?彼女たちとのCMもあってね、彼女たちと通路ですれ違うのもどうかと思って待って貰ったんだ」
「そうなんですね。高山さんも大変ですね」
「大丈夫。若い女の子のパワーは凄いね。オジサンぐったりだよ」
高山さんは冗談めかして肩をすくめている。高山さん……オジサンって言うけど、まだ30歳にはなっていないと思うんだけど。
「オジサンって年じゃないと思いますよ」
「楓太君は本当にいい子だね。あの子達の相手の後だと癒されるよ。同年代なのにね」
「気のせいです」
僕らはいつもの会議室に入る。僕はコーヒーを止めて、ほうじ茶を淹れて高山さんに渡す。
「今はこちらでいいですか?カフェイン取り過ぎている気がしましたから」
「オフィスの女の子に聞かせたい言葉だね。ありがとう貰うよ」
僕の手からほうじ茶の入ったカップと受け取る。そして新しい資料を渡してくれた。
「はい、今日から使う資料ね。商品名は君想いマカロンで決定したから。後はスチール撮影とかCM撮りとか、一番重要な部分になるんだけど……一緒に考える?」
「はい?僕も一緒に絵コンテとか考えるんですか?」
「そう。今までだって、採用されたアイデアが多いから、この際楓太君のプロデュース的に全ての企画に参加して貰ったらどうか?ってなったんだ」
そうして、僕の前に今までで決まった、製品のパッケージ込みのサンプルが置かれた。
「プラスチックケースも半透明にして、側面を更に紙で包むことにしたんだ。だから見ただけでは分からないようにして、ドキドキ感を増す様にしてみたんだ」
「コスト的に大丈夫ですか?」
「大量生産だから、それは僕らが頑張るだけの事だよ。メインの方は決まったけど、味がまだ絞れていないんだ。そこで8種類位定番として今日のうちに決めてしまいたいんだ」
高山さんが僕に告げる。
「今まで決まったのは、レモン・バニラ・フランボワーズ・カプチーノでしたっけ?」
「それで残りなんだよね」
僕が頭の中でパッと浮かんだ味を浮かべて、言ってみた。
「抹茶・ブルーベリー・キャラメル・紅茶・ピスタチオ・オレンジ・ラムネ?」
「成程、それなりに定番でも売れそうだね。ラムネって?」
「あの炭酸の弾ける感がいいかなって思っただけで気にしないで下さい」
まあ、僕が思い浮かべたのはジェラートのフレーバーだったり、ムースのケーキだったりしたんだけど・・・・・それは内緒だ。
「じゃあ、この味の部分は明日の次位に決まると思うよ。それとキャッチコピーも楓太君が考えてくれたアレに決まったから」
「それって……もしかして?」
「そう。君に会いたい……だから君を想うだよ。簡単なラフで書いてくれたスチール案をイメージした絵コンテ風のスチールがこれ」
高山さんが一枚のポスターを見せてくれた。
そこには夕焼けが印象的な放課後の教室のベランダで立っている僕がマカロンを大切そうに持っているってイメージで書かれた絵だった。
商品のイメージを高めてくれると思うけど、マカロンを大切そうに持っているって言うのがちょっと違う気がする。
「何か……足りないような。こっちかな?」
僕はサンプルのマカロンを両手で支えて軽くキスするようにポーズをとった。
「それ!!いいね。マカロンが相手にも自分の心にも見たてられるね。ごめん写メで撮らせてそこからスチール画を変えてみるから」
高山さんはそう言うと、ノートパソコンで撮った画像を取り込んでスチール案を修正した。
「こんな感じ?」
「いいんでしょうか?高山さんが見せてくれたのもいいと思いますけど」
「そこは会社の会議にかけて決めるから安心してね。ちょっと急ぎで決めたい事はもう終わっちゃった。今日のサンプルは、全部持ち帰っていいからね。僕達は一杯食べたからさ」
そうだろうなとも思うし、僕がさっき言ったフレーバーのサンプルもコレから作るんだろう。僕が何気なく言った一言がどんどん形になっていくのが楽しくもあり怖くもあった。




