YELL 3
「ふう?今外か?」
「ええ、そうです」
「分かった。雅、午後にスイーツの打ち合わせが入ったから行けるか?」
「大丈夫ですよ。詳細をメールで送って下さい。分からない所は先方に確認します」
「どうだった?オフは?社長からちょっと聞いたけど、大丈夫か?」
「何も、問題ありませんよ」
「そっか。途中で投げ出すなよ」
「仕事があることは話してありますよ。それではメールお願いします」
僕はそう言うと通話を切った。
「雅さん、仕事ですか?」
「うん。午後からね。仕事の前は勉強見てあげられるし。明日も午後からだから学校の件は今日行ってから決めようか」
夏海ちゃんは僕の仕事の事を気にしているみたいだ。
「僕がついていけない時は、必ず誰かが付いてくれるから。夏海ちゃんが一人でいいってなるまで絶対一人にしないからね。トイレはちょっと無理かな」
「その位は……大丈夫です」
その声はとても強張っていた。どうやら何かあったのはそこの様だ。
やっぱり校内で一人にさせるなんてできない。
「雅さんの仕事って何ですか?」
「一つは家の家業関連ね。これは昨日お稽古したから分かるでしょう?」
一つ目は茶道家としての僕。子供達に教える時は僕の事が多い。
これだけは、僕も楽しみでやっているので、休むなんてない。
「一つってことは、もう一つ?」
「うん。そっちは今は秘密。事務所から夏海ちゃんに言ってもいいって言われたら教えてあげる。もうちょっと待ってて」
「分かりました。悪いことじゃないんですよね」
「僕が悪いことすると思う?」
僕は夏海ちゃんの顔を見る為に少しだけ屈む。
「そんな風には見えません」
「でしょう?その時まで秘密だから、何なのか想像しておいて」
「はあい。もうすぐ学校ですって、雅さんも卒業生ですよね」
「そうだよ。僕は先輩だからね。入れ違いだったけど」
学校が近付くにつれて不安になって来た夏海ちゃんはどんどん歩みが遅くなる。
「無理なら、ここで帰ろう。それでも大丈夫だよ。学校に今いるところを報告はしないといけないけどね」
「もう少し……頑張ってみます。いつまでも今のままじゃいけないから」
夏海ちゃんが右手を力強く握っている。その姿が無理をしているように見えた。
「心には正直でいよう?そうじゃないと、心が壊れちゃうよ。僕も親御さんも先生も夏海ちゃんが頑張っていることは分かっているよ。皆の期待に応えようなんて思いから学校に行くことは反対。その無理が必ず夏海ちゃんに戻ってくるから」
そう言って、僕は夏海ちゃんの右手を包み込む。
緊張しているせいか、夏海ちゃんの手はとても冷たかった。
「ダメだよ。こんなに冷たいじゃないか。そこまで緊張して学校に行くのは違うと思うよ」
「今日だけ……我儘を聞いて下さい。後100メートルだから」
「今日だけだよ。それ以上の我儘はダメだよ。僕が客観的に決めるから」
そう言って、僕は先生に学校まで後100メートルであることを告げた。
夏海ちゃんの足は更に遅くなっていく。そこまで意固地になることはないと思うけど、中学校の世界が大半の彼女達にそんな事をいうのはもっと無責任だろう。
だったら、ギリギリまで頑張るという彼女を見守るのも僕の役目。
これ以上彼女が傷付かないように守るだけ。
後、50メートルの所で、学校の先生が迎えに来た。
「夏海、頑張ったな。今日は先生に挨拶して彼と帰りなさい」
「どうして?」
「夏海は学校が怖いって体中で表しているから。学校は怖くないって、先生は言わないといけない立場だけども、今の夏海は……先生も怖いんじゃないのか?」
「夏海ちゃん?誰も怒らないから。心の隅っこにある本当の気持ちを言ってみようよ」
僕はそう言うと、繋いだ手に力を込める。
夏海ちゃんがハッとして僕を見つめる。
「いいの?」
「いいよ」
僕が簡潔に答えると、夏海ちゃんは深呼吸をしてからポツリと答えた。
「皆の目が怖い。あの件で皆の目が怖くて話をするのが辛い」
先生の目を見ることすらできない夏海ちゃんが全てを物語っている。
確実にセカンドレイプに遭っていたのだ。学校でも、学校の外でも。
「夏海。先生達が楽観的に考えていたんだな。ごめんな」
先生は夏海ちゃんに近付いて、膝たちをした。
この先生はちゃんと向かい合ってくれる。
だから、時間がかかっても最後には学校に戻れる事を僕は確信した。
「今度は、家庭訪問もするから、まずはこの課題を解きなさい。期末テストの対策プリントもあるから、しっかりやれよ」
「はい。テスト当日は?」
「そうだな。校長先生と話し合って。直前の土日で全教科受けるか?流石に部活は休みだから生徒は校内にいないから、公正さはあるだろ?」
「お母さんに聞いてみます」
「そうだな。雅、お前も忙しいかもしれないけど済まないな」
「いいんですよ。ここまで頑張った夏海ちゃんにご褒美あげないとね。さあ、帰ろうか?」
僕達は、のんびりと来た道をゆっくりと戻り始めた。