何度でも 2
「雅、それって……」
「好きなように解釈してくれていい。でも、すぐに夏海ちゃんをどうしようなんて思わない」
「本気?」
「13歳だよ?まだまだ一杯経験することあるよ。僕はそれを見守りたい」
そう言うと、先生が淹れてくれたコーヒーを一口飲む。
「それでいいの?」
「今度僕、片想いをテーマになるCMがあるんだ。いい結果が出せると思うよ」
「ふうん、その相手が夏海……ね。本人もびっくりね。夏海が雅を好きならどうなの?」
「今はダメ。吊り橋効果だから。僕自身を見てくれてから僕を選んでくれるって言うのなら話は別だね。その時には僕の仕事も明かさないといけない」
「うーん、夏海は以外にそう言う事はあっさりしていると思うわ。ああ見えて、プロとのジョイントコンサートとか、地域のオケとやっている位だし」
先生はあっけらかんと僕に伝える。そうか、それじゃあ……。
「僕のピアノの指導って夏海ちゃんに頼めるって事?」
「そこで何かあったら困るけど、雅が本気なら認めましょう。あの子が16になるまでそういった素振りは一切見せないこと」
容赦ない条件を言ってくるって思ったけど、後3年か、その頃には僕は21歳だ。
それに彼女が両親の了承を得るという制限付きで婚姻が出来る年になっている。
可愛い従妹が故の本気さを見せろってことか。
初めて自分から好きになった女の子を3年位見守る位大したことじゃない。
樹たちだってアレだけ長い時間かけて恋を成就したんだから、僕だってできる。
「できるよ。僕……女性受けはいいけど、業界の人との付き合いは悪いからね」
先生の目を反らさずに僕は即答する。僕の意思が全てを変えることが出来る、そんな気がしたんだ。
「分かった。降参。この話は私達の間だけにしましょう。あの子の親に知られるのはちょっと今は問題だから。分かるわよね?」
「そこは、大人に任せますよ。そろそろ夏海ちゃんが不安になります。戻りますね」
僕はカップの中のコーヒーを飲み干すとダイニングを後にした。
僕がリビングに戻ると、夏海ちゃんは応用問題を解いていた。
「分からない所……ある?」
「今は、大丈夫だと思います」
終わったところを確認させて貰うと、間違いは一つもない。
「全部合っているよ。残りはお家の宿題にしようか」
次の教科を出す様に僕は促した。
次に出てきたのは英語だった。まず、授業でどこまでやったのか確認する。
数学と同じように、分からない所を確認する。ここでは分からない所はないという。
折角だからということで、僕が受けた時のテストのコピーを彼女に渡す。
「これ、解いてごらん?今回のテストとほぼ同じ範囲だから」
「はい」
「高校の事、考えている?」
「どうしてですか?」
「音大の付属に入りたい?」
「いいえ。普通科でレッスンをして音大を受験する予定です」
成程、そこそこ自分の意見を持っているわけだ。だったら、僕が進んだ高校でもやっていけるだろう。
「僕は、ちょっと変わった仕事をしていて、時間が不規則になると思って通信制高校に通ったんだ。その分時間に融通が聞くからね。夏海ちゃんもそういう選択もあるからね」
僕が進路の進み方の一方法を言ってみる。夏海ちゃんは目を輝かせた。
「ピアノのレッスンは?」
「ちゃんとやっています。サボる訳には行かないから」
「偉いね。ちゃんと自分を見失わないなんて」
「でも、不安なんです。学校に戻れるかどうか」
そう言うと夏海ちゃんはほろこんでいた表情が沈み込んだ。
「最初から教室じゃなくていいんだよ」
「えっ?」
「最初は正門にタッチして帰ってもいいじゃない。その位嫌なのだから」
僕がそう言うと、夏海ちゃんは目を丸くする。
僕が聞いた限りでは、夏海ちゃんが悪い事をしたということは聞いていないよ。なら、夏海ちゃんが元の生活に戻る為に、皆が最大限努力すべきだと僕は思う。
それが出来ない学校ならば、見切りを付けて離れた方が正解だと思うよ。
「そんな……それでいいのですか?」
夏海ちゃんは不安そうに僕を見る。僕は微笑んで質問する。
「転んだら、夏海ちゃんはどうする?」
「立ちます」
「そうだよね。出来ない縄跳び克服する時どうした?」
「何度も練習しました」
「何度でも、やり直せるんだよ。なっちゃん」
「何度でも?」
僕は頷いて答えた。
「英単語を覚えるのも、何度でも書いたり読んだりするでしょう?それと同じ」
「うん」
「辛くて立ち止まりそうな時に、助けが必要なら助けてあげるから、夏海ちゃんが何度でも諦めなければ、ちゃんとその努力を見てくれる人はいるよ」
「う……ん」
「逃げちゃだめだよ。辛くても、何度でも立ち上がらないと。僕と一緒なら頑張れそう?」
「雅さん……いいの?」
目を真っ赤にして僕を見る。肌の白い彼女が真っ白いウサギに見えてしまう。
恐怖に怯えている可愛いウサギ……生きる力を付ける為の努力は一緒にしよう。
力がついたら、僕は側で見守っていてあげる。僕という役割がいらなくなるまで。
僕の恋が成就するとか、失恋するとかそういう事とは関係なく。
「君は、まだ甘えてもいいんだよ。そう言う時は終わりが来る。今は甘えておきなさい」
僕は今にも涙を零しそうな彼女を引き寄せた。それを切っ掛けに彼女は声を出して泣きだした。
「ずっと……我慢していたんだね。もう、我慢しなくてもいいんだよ」
「嫌だったの。本当の私を知らないのに、勝手に妄想されるの……」
「そっか。それは、なっちゃんが可愛いからだよ」
僕のシャツに縋って泣き続ける彼女を僕は泣き止むまで腕の中に閉じ込めた。




