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泣かないで 2

会議室に入ると既にもう一人の人……広告代理店の人がいた。

「久しぶり、楓太君。今回もよろしく」

「あっ、はいよろしくお願いします」

僕は定位置になっている椅子に腰かけた。

広告代理店の人……伊藤さんは前のケーキで一緒に仕事をした人だ。

少しだけ緊張が融けるのが自分でも分かった。

「それでね、太田さん達から聞いた今までの楓太君のアイデアを見せて貰ったんだ」

「そうですか。すみません、図々しくて」

「そんなことないよ。今回は楓太君がメインだから楓太君のイメージを優先したいんだよ」

伊藤さんはそう言うと、僕にファイルを一冊渡してくれた。

「今までのアイデアを纏めてみたよ。まずは商品名。楓太君のアイデアを採用」

「えっ、それでいいんですか?」

僕は驚いて、伊藤さんと高山さんを凝視してしまう。

「うん。片恋って一方通行のイメージが強すぎるだろ?そうなると恋が成就しないってマイナスイメージがつく可能性もあるからね」

「君想いって、自分が一方的に想うというより、相手の事を想いやりながら想うって感じがいいじゃないか。楓太君の持っているイメージにも合うことだし」

二人は微笑んで僕を見ている。冗談ではなくて現実だと認識できた。気軽に言った意見なのに、売り上げを左右することになる可能性があるのは怖い。

一瞬眉間に皺を寄せた僕の表情を伊藤さんは見逃してはくれなかった。

「怖い?」

「はい。本音を言うと」

僕がそう言うと、伊藤さんはうんうん、そうだよねって言いながら僕の側にやってくる。

「その気持ちを忘れて欲しくない。君たちがCMを務める商品にはたくさんの人が関わってきている。受け入れたからにはそこを理解して自分なりにベストを尽くしてほしいんだ。君が提案した事だけで、工場が新たにラインを確保したりしている。そういう事を言ったんだという事を、君は今ここで理解したんだ。これはとても重要だよ。だからってアイデアを言ってはいけないとは言ってない。」

「いいんですか?」

「そう、君が言ったアイデアを僕らが聞いて、実行できるか考える。出来なければ不採用だ。ほら、深刻に考えなくていいんだ。君にアイデアを貰う前に僕らがしっかりしていないといけないのが本音なんだけどね」

伊藤さんの言葉の後を高山さんが続けてくれた。そうだ、高山さんは出来るはどうかは別にして、思いついた事を言ってごらんって言ってくれた。

こないだの打ち合わせでも、僕は僕のままでいいって言われた。その僕のままというのを僕が履き違えなければいいという事だろう。

「分かりました。これからもよろしくお願いします」



「で、このファイルは楓太君もまだ知らないけれどもほぼ決まって来た事が書いてある。それでも、納得できないのならアイデアを言う事はまだまだ時間があるからね」

僕はファイルを捲って確認をしている。パッケージの所は空白だ。

僕は鞄から家で考えたアイデアを纏めた紙を高山さんの前に出した。

「これはパッケージのアイデアでいいのかな?」

「はい。あまりお金を使う訳にはいかないと思うんですけど、商品が見えない方がいいかなって思うのが本音です」

「成程。それはどういう意味でそう考えたのかな?」

「ランダムでハートの形を入れることになっていましたよね。透けて見えていたら最初からそれが売れる事が明白です。だったら形が分からない状態でドキドキしながら買って貰う方が楽しいのではないのかなって思ったんです」

僕は思った事を正直に話す。普通のマカロンを売る事に重点を置くのならこの方法がいい様な気がしたのだ。

「透明のパッケージに半透明になる紙でコーティングしてもいいってことかな?」

僕の意見を聞いた伊藤さんが、ある提案をしてくれる。

そう、どんな形でアレ、マカロンの形状が分からなければいいのだ。

「そうです、売り場で形が分からなければ、一番コストのかからない方法を取って貰えればいいんです」

「分かったよ。コスト面は僕らの仕事だ。任せてくれ」

高山さんが、僕のアイデアから商品化の方向を示してくれて、具体的な検討に入る事になった。



「で、キャッチコピーなんだけども……これも考えてくれてあるのかな?」

そう言われて、僕は再び用紙を提出する。

いくつか自分なりに考えたキャッチコピーだ。

前作のケーキは、すべてお膳立てされたものに乗っかっただけで僕らは何にもしていない。

この作業は将来自分で作詞をするのなら、有効だなって自分では思った位だ。

「どれも、片想いらしいコピーだけども、俺はこれかな?」

高山さんは、いくつか出したコピーの中の一つの隣に丸を付けて伊藤さんに渡す。

「かなり考えてくれているね。俺も高山さんと同じ意見かな。太田さんからの指示はどうなっています?」

「今日は絞り込む程度で留めて、最後考えようって事でした」

「でも、これだけ的確だと手を加えることはないと思うよ」

二人は暫く話合った後に、僕に紙を返してくれる。

丸印は、君に会いたい……だから君を想うだった。

「いいんじゃない?この一途な感じが片想いっぽくて」

「そうですね。恋をする人なら誰もが思うと思いますし」

二人とも、コピーはこれで決まると思うよ。コピーライターに転身してみる?なんて冗談めかして言ってくる。大人の冗談は冗談じゃない時もあるから本当に怖い。



今度はスチールの絵コンテだけども……これはコピーが決まった時点で改めて決めることになった。僕のアイデアをまた伊藤さんが褒めてくれる。

「ねえ、本当に高校生?本当は大学生じゃないの?」

なんて言ってくるから、僕は持っている学生証の名前を隠して二人に見せた。

そこの記載されている生年月日からは僕は現役高校生しかあり得ない年が書かれている。

「名前って……ごめん。失念していた」

伊藤さんはすぐに分かってくれたみたいだ。広告代理店業界では僕の実家の事は知られているようだ。

「楓太君て……芸名?」

「そうです。この話はここだけにして貰えますか?実家の都合があってこれで活動することにしていますので」

「成程。とにかく現役高校生で18歳なのは分かっていたし、君が落ち着いている理由も分かった気がしたよ」

二人はこの話はこれでお終いって事にしてくれる。

けれどもたまにいるんだよね。しつこく聞いてくる人が。

事務所に報告して僕は終わりだけど。その後?そんなの知らないよ。

僕の実家周りを調べて公開したら、僕は引退するだけだから。

それが僕の芸能活動をする時の条件。たまに忘れている時もあるけどね。

いろいろ、確認したりする事があって、フレーバーまでは決める事が出来なかった。

その為、サンプル品のマカロン達をお持ち帰りして食べて来るという宿題が出された。

そして、次回の打ち合わせの日程を決めて今日は解散になった。



ビルを出ると、打ち合わせに来た時よりも雲は更にどんよりとしてきている。

いつ雨が降ってもおかしくないし、暗くて時間が何時なのかも分からない。

僕はコートに入れてあるスマホを手に取る。時間は午後5時半を差していた。

この時間なら、まだ歩いて帰れるし、雨が降ったら途中でバスに乗ればいいやと思って僕は自宅に向かって歩き出した。

いつも通りの道を歩いて行くと、僕が打ち合わせをしているコンビニチェーンの店の側を通る。ちょっと前に撮影したスチール写真が貼られている。

発売してもうすぐ1年になるケーキのCMキャラクターは、マカロンと並行で続けていくことは聞いている。また暫くしたら新しいCM撮りの話が来るんだろうなとぼんやりと眺めていた。

僕の少し手前には、女子学生が、僕と同じようにスチール広告を眺めていた。

そういう光景は何度となく目にした事があるからいつもの事とその時は思っていた。

けれども、すぐにその光景がいつもと違う事に気がついた。



だって、その子は僕達ビビッドのスチールを見て涙をポロリと零してからあんまりだよって呟いたのだから。


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