泣かないで 1
「こんにちは。待っていてもいいですか?」
「どうぞ。頂き物のハーブティーがあるんでどうですか?」
こないだの打ち合わせから約10日程過ぎた。
僕のアイデアを太田さん達が更に肉付けをして商品名が正式決定されたと事務所経由で報告があった。それによって、早急に発売予定のフレーバーの決定とパッケージの打ち合わせとCM撮影前の打ち合わせが必要となった。
前回来ると言っていた広告代理店の人は僕が帰った後に来たらしい。
だから、今日初めての顔合わせになるけど、多分前のケーキの担当の人になるのでは?と僕は思っている。
人にもよるんだろうけど、僕はいわゆる業界のノリの人はあまり好きではない。
その事は高山さん達も理解してくれているようだ。前のケーキの時は、最初はいわゆる業界の人ってタイプの人で、僕と樹がかなり苦戦したんだ。途中で一緒に立ち会う様になった担当の人が、かなり仕事のできる人で僕達は救われた様なものだった。
高山さんからは特に宿題は出されていない。勝手に僕がまたアイデアを纏めて来ると思っているのだろう。まあ、きっとその通りなのだけども。
前のケーキはOLさんをターゲットにしていたので、ちょっと大人っぽいクラシックな感じのパッケージだった。結果的には女性全般とスイーツ男子からの指示されたのだが、今回はどういう方向がいいのだろう?
ポップでキュートなパッケージがいいんだと思うけど、それを形に起こすのはやっぱり難しい。高山さん達の仕事は大変なのだなと。改めて痛感した。
透明なパッケージよりも、半透明というか、乳白色のパッケージでマカロンの形が分からない方がいいかなって思う。じゃなければ、最初から紙の箱でも構わない。
それと前は金色のリボンを装飾で使ったけど、今回は柔らかい色調の紐みたいな、もしくは赤い紐でもいいかなって思う。赤というのは運命の赤い糸にかけてみたつもり。
恋する人をエールを送るって意味ならそれでもいいよね。
CMで僕の小指に赤い紐を括りつけてその先は商品のパッケージでもいいよね?
それって凄く商品イメージもいいんじゃないか?
僕はそんな感じで思いつくままにイメージを書き留めていく。メモ書きだったり、簡単なイラスト付きだったり。
「楓太さん、どうぞ」
「ありがとうございます」
結局僕は、受付嬢の好意を受け入れることにした。
僕が貰ったのは、リンデンとジンジャーのハーブティー。11月の中旬にも係らず、空はいつ雨が降ってもおかしくない位どんよりとして底冷えがする。
フロアーにハーブティーの柔らかい香りが広がる。
口に含むとジンジャーの刺激とリンデンの香りがホッとさせる。
ここの所、例のドラマの撮影のスケジュールがかなりタイトで疲れていたようだ。
「お仕事忙しいそうですね。時間前に無理に来る必要もないと思いますよ」
「そう見えてしまいましたか。申し訳ありません。時間前は僕の性格みたいなものです」
「楓太さんは本当に几帳面ですよね。あっ、すみません。ここだけの話にして下さいね」
「ここに来る人は僕以外にもいっぱいいるでしょうね」
「えぇ。何かあったらすぐに高山経由でいいので教えて下さいね」
受付にいる彼女たちがそんな事を言うなんて珍しい事だ。僕が来なかった10日の間に何かがあったと僕は判断した。
「もう暫くすると高山が来ると思いますので……今日はこっち側に体を置いた方がいいですよ」
普段ならそんな事を言わない一言がちょっと気になったが、僕は言われた通りに座席を移す。
受付嬢は僕が通る人から顔が見えないようにさり気なくパーテーションも移してくれた。
一見すると、誰かを待っている人にしか見えないだろう。
覗かれても困るだろうから、僕は持っていた小説を手にした。最近話題の社会派作家の最新シリーズだ。
やがて、エントランスが騒がしくなった。
この業界は、自己主張する事が重要なのは分かるけど、過剰なものは個人的に好ましくない。
「ねぇ、私もコンビニスイーツのCMがしたいなあ」
甘ったれたこの女性の声は、最近露出の多いグラビアタレントだ。
頑張ればできるだろうけど、どんな人がいるか分からない場所でその言い方はどうだろう?
アピールしているつもりだろうけど、それはどう考えてもマイナスな気がしてしょうがない。
「あれぇ?あそこに人がいるねぇ。誰だろう?」
僕の方にカツカツと歩いてくるのが分かる。
「ほらっ、そういうことはしてはダメだっていつも言っているだろう?」
「もう、マネージャーったら。分かってますよお」
何とか僕に近寄らないで二人は奥に行ったようだ。
暫くしてから高山さんがやってきた。
「大変だったんだって?」
僕を見て、確認してくる。うーん、さっきのことかな?
「あんなことは、他の仕事ではよくあることです。ですが、好ましくないですね」
「あの子は、自分のイメージDVDの営業で来たみたいなので暫く来ませんよ」
「成程。本当にいろんな人がここにはいるので、気が引き締まります」
「楓太君は、礼儀正しいから大丈夫だよ。あれ?ハーブティー貰ったの?」
「はい、受付の方から。おいしかったですよ。ホットにするにはいいですね」
僕は素直に感想を口にする。
「成程。またアイデアを貰った気がするよ。ありがとう」
僕達はいつもの会議室に歩きはじめる。
「さっきのハーブティーね。今度自社商品で売り出す予定のサンプルだよ」
「そうなんですか?ミルクティーならマカロンにいいですね」
「ストレートで考えていたよ。家カフェでハーブミルクティーにすればいいってことか?」
「ええ。ストレートは無理でもミルクティーならって人もいますよね?」
「マカロンにも合うってことは、家カフェとコラボしてもいいってことか。そのアイデア太田さんに伝えてもいいかい?」
「いいですよ。でも仕事が増えませんか?」
「そういう仕事が増えるのはいい事なの。僕らも楓太君も評価があがるよ」
「僕は……そういうのに興味はないんですけど」
「君達の評価がいいのは、事務所がちゃんとしているからかな?」
「どうでしょう?これからも期待にこたえないといけないですね」
「気追う事はないよ。楓太君は楓太君のままでいいよ」
そう言うと、高山さんは僕の背中をポンと叩いた。
担当者なんだけども、澤田さんの様に頼れる気がしてきた。