桜色
「次の人ゲートへどうぞ」
教師らしき人物の声によって彩の意識は現実へと引き戻された。
自分の順番が目の前に迫っていたことに気づかないくらい、
桜のことが気になっていた自分に少なからず驚いていた。
「これが、友達っていうことなのか……。私にはそれすらわからないのか」
『友達』というたった二文字のフレーズは、
どうあがいても彩には手に入れることのできない魔法の言葉だった。
それは家柄だけでは手に入らず、実力だけでも手に入らない。
万能だと信じていた魔法の辞典にすら、手に入れる方法など記されていない。
友達の作り方すら知らない彩にとって、
桜は自分の感情を動かした初めての他人だったのだ。
指示に従ってゲートをくぐると、
そこにはいくつもの魔法陣とゲートが様々な色彩を放ち輝いていた。
「君はゲートAだ。右から2番目の桜色のゲートに行きなさい」
カプセルのような形状をした透明のネックレスを首にかけられると、
小さなタブレットを渡されゲートの先へと促された。
「また、桜色なんだな」
嬉しそうに、それでいて哀しそうに目を細める。
「さて、入学案内に書いてあった儀式について目を通してありますか?」
桃色のゲート前に立っていた教師の声は、
少女のように若々しく、マントから覗く金色の瞳は繊細な硝子細工を思わせる。
「入学案内の内容は全て暗記しています」
「そうですか。ですが恒例の儀式なので説明させて頂きますが、宜しいですか?」
「お願いします」
彩の答えに小さく頷くと、儀式の内容を朗々と読み上げる。
「新入生は一般科は桜色、特進科は橙色に分けられています。透明のカプセルは渡されましたね?
儀式ではこのゲートを行き来できるようにする為、貴方をゲートに覚えてもらう役割があります。
そしてもう一つは生徒の特性、つまり得意な系統を把握する儀式です。」
一息吸うと、教師は自分の首元にかかっていたネックレスを取り出した。
「私のネックレスの外側はこのように緑色になっています。これが貴方達でいう桜色です。
そしてその中に入っている泡のようなものが特性を表しています。私は青色ですから水ですね。
これを取り出し自らの使い魔を召喚することになりますが、今は関係ないので省きます」
淡々とこなされる説明を頭の隅へと追いやると、儀式への期待と不安で鼓動が高鳴り始めていた。
「では、魔法陣へ」
ゆっくり光の中へ足を踏み出すと、先ほどまでは非にならないくらい眩い光に目がくらむ。
恐る恐る目を開けると自分の体が桜色の光に包み込まれていた。
『そなたの望みはなんだ』
この世のものとは思えないほど美しく、人ならざるものの声が直接頭の中へと響いた。
『そなたは何故、その力を手に入れる』
なぜか意識が朦朧として、勝手に答える自分を外側から傍観していた。
まるで心の奥に隠していた内側の自分が答えているような、そんな気がした。
『そなたは、変わりたいか――?』
その言葉に反応するや否や、光はネックレスへと吸い込まれていった。
未だ実感のわかない彩に向かって目の前に立っていた教師は小さく微笑んだ。
「儀式の成功を祝福します。これで貴方も正式に我が学院の生徒です」
その言葉を聞き自分の胸元を見つめると、
桜色に染まったネックレスが淡く輝いていた。